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カグラの尻尾

番外編その一です!

「シンイチさんっ!」


 ある日のこと。


 もはや溜まり場となってしまった狐人族の里でのんびり寛いでいる時、顔面蒼白なエレンが部屋に飛び込んできた。


「た、大変です! カグラちゃんが……」


 その後に飛び出た言葉は、俺を動揺させるのに十分なものだった。


「カグラちゃんが倒れましたっ!」











「……原因は分からないわ」


 眠っているカグラを診ていたリリシアがそう言う。布団の中のカグラの顔は赤く、呼吸も乱れていて苦しげだ。


「少なくとも、私が知っているどの病気とも違うわ。治癒の魔法を使っても快復しない……強いて言えば魔力切れに近いと思うけど、それともまた別なのよね」


 現状、俺たちの中で最も長く生きているリリシア。長命故に知識の豊富なエルフでも分からないとなると、新種の病気という可能性もあるか。


「カグラちゃん、大丈夫なの?」


「それも分からないの。もしかしたら、何事もなく快復するかもしれないけど……」


 そこで口を噤んだリリシアに、俺は最悪の想像をしてしまった。背中に嫌な汗が流れる。


「むぅ、どうにかならないのか? 我はカグラを助けたいぞ!」


「俺もだ。何か方法はないか?」


 バロックの想いに、俺も頷く。大切な人が苦しんでいるんだ。何とかして力になりたい。


 リリシアもカグラを助けたいと思っていたのだろう。少しばかり思案してから、ゆっくりと口を開いた。


「一つ、あるわ。かなり危険だし、本当のことかもハッキリしないけど……」


「教えてくれ」


 可能性があるのなら、どんな手でも尽くしたい。


「……分かった。これはお母様から聞いたことなんだけど……」


 リリシアの話はこうだった。


 この世界アースに存在する神樹ナーガスティアには、年に一回だけ「果実」が生るのだという。その果実は神樹の力を秘めた、まさに神樹の結晶とでも呼ぶべき代物らしい。


 その果実が何なのかというと……エルフ族の言い伝えでは、不治の病に侵された人を完治させたというのだ。


 つまりは、その果実が万能薬としての役割を果たすということだった。


 その果実があれば、カグラを治すことができるかもしれない。


「ただ、これが事実かどうか……」


 リリシアが零した懸念は尤もだ。あくまでも果実は言い伝えでしか存在を確認されていない。しかも、神樹は恐ろしく大きな樹であり、そのどこに実が生るかも分かっていないのだ。


 これを探すのは無謀というものだろう。


 それでも。


「探してくる」


「え?」


「神樹の果実を探してくる。さっきの話だと、今が果実の生る時期なんだろ?」


「シンイチさん、それは……」


 エレンが心配そうに見上げてくる。以前に何度も迷惑をかけたが……それでも、譲れないことはある。


「僅かでも可能性があるなら、試さなきゃならない。カグラを助けるためだからな」


 この世界で最も大切な人を守るためだから。


「じゃ、行ってくる。カグラのことを看ててくれよ!」


「ちょっと、シンイチ!?」


 リリシアたちの制止も聞かずに飛び出す。人外の力をもって、神樹までひとっ飛び。


「待ってろよ、カグラ……!」











 辺りが暗くなる中、俺は巨大な枝の上を移動しながら目を凝らす。


『マスター、この近くには無いようです』


「そうか。なら次に行くぞ」


 直径が俺の身長ほどもある枝の上を跳び回りながら、ハルのフォローを受けて果実を探す。


 現在、俺は高度三千メートル付近にいる。下は神樹の枝葉で殆ど見えない。


 異常な視力のおかげで神樹の下部の捜索は手早く済んだのだが、結局成果は上がらず。キリルさんの許可を得て神樹に登り、直に探すことにしたのだった。


『……マスター、一度休んだ方がいいのでは?』


「問題無い。それより、この辺には無いのか?」


『……それらしい反応はありませんね』


 ハルが珍しく心配してくれたが、それには及ばない。体力は人一倍……いや、人百倍以上あるからな。徹夜するのは良くないが、今はそうも言っていられない。


 黙々と探し続けるが、どこにも果実らしき物は無い。ハルの魔力探知に引っかかることもないので、少しずつ焦る気持ちが増してくる。


 もう完全に夜になったが、俺は探すのを止めない。更に上へと跳び上がりながら、周囲をくまなく見つめる。


 ……くっ、まだ見つからないのか。


 一周がとてつもなく大きい神樹を細かくチェックしていくのは、酷く時間のかかる作業だった。それはいくら神と同等の身体能力を持つ俺であっても変わらない。


 時間が過ぎ、俺は遂に視界内に神樹の頂端を捉えた。


 ……やっぱりただの伝説だったのか?


 もう太陽が顔を出している。それだけの時間が経ってしまったのだ。


「……次に行くぞ」


 跳び上がろうとした時、上手く力が入らずに俺は枝を踏み外してしまった。ここから落ちたとしても死にはしないが、このままでは神樹の根元が危ないな。


 少しフラフラする頭でどうにか落下を止めようとした瞬間だった。


 キラリ。


 神樹の頂端近くで何かが光った。


「ハル! 変形してくれ!」


『分かりました!』


 俺の意図を汲んでくれたハルが鉤爪のついたロープ状に変化する。それを投擲し、近くの枝に絡ませて落下を止める。


「もしかして……」


 今度は踏みはずことのないように慎重に移動し、先の場所へと向かう。


 果たして、そこには一つの果実があった。


 それは不思議な光を放っていた。ぼんやりと白い光を纏う果実は、見ているだけで心が安らぐ気がした。


 優しく、その実を捥ぐ。硬いようで、柔らかいようで……強い力を感じる果実。


 ハルに頼んで果実を保護してもらい、俺は神樹から飛び降りる。


 カグラの元へ急ぐために。











「カグラ、無事か!」


 狐人族の里へ駆け込むと、大急ぎで彼女の元へと向かう。


 扉を開けた先には。


「……は?」


 痛々しい沈黙が待ち受けていた。


 いや、沈黙ではない。そこにあったのは、すすり泣くような声。


 目に映るのは、両手で顔を覆って泣くエレン。沈痛な面持ちで俯くリリシア。そして、呆然とした表情のバロック。


 彼女たちの中心には、一人の少女がいた。布団の中で眠る銀髪の少女の顔は、死んだように白い。


 ……死んだ、ように?


 果実を取り落としたのも気にせず、俺はカグラの側に歩み寄る。


 座り込み、その真っ白な顔を見つめる。


 呼吸音は、聞こえない。


「う、嘘だろ……」


 間に合わなかった? 折角見つかったのに、間に合わなかった?


 思考がぐちゃぐちゃになって、視界が霞んで。


 気づけば、俺はカグラを抱きしめて泣いていた。嗚咽を漏らす自分を、まるで他人事のように感じながら何度も同じ言葉を繰り返す。


「カグラ、カグラ、カグラぁ……!」


 俺は、守れなかったのか。


 ただただ、無力感が募った。



 その時。



「……ぷふっ! あははは!」



 そんな笑い声が聞こえた。


 あまりにも場違いなその声に振り向くと、リリシアが腹を抱えて転げ回っていた。


 何が可笑しいんだよ。


 例えリリシアであっても、それは許されないだろ。


 そんな思いで彼女を睨むが、リリシアはそれを気にも止めずに笑い続ける。


「……チ」


 でも、俺は動けない。体に全く力が入らない。


「……ンイチ」


 もう、何をする気力も湧かな……


「……シンイチ!」


 むにゅー。


「……………………ふへ?」


 突然、ほっぺたを引っ張られた。間の抜けた声を上げて振り返ると、眠た気ながらも不満気な銀の瞳。


「……無視は、ひどい」


「…………へ? はふら?」


「……意外と、可愛い」


 むにむにむにむに。小さな手が俺の頬を弄ぶのを、抵抗すること無く受け入れていた。痛くはないが、くすぐったい。


 すると、ついさっきまで泣いていたはずのエレンまでもが笑い始めた。


「ふ、ふふっ! やりました、成功ですっ!」


「え、ええ。これは、くふっ、本当に面白い……あはははは、うっ、げほげほっ!」


 愉快そうな、イタズラが成功したことを喜ぶ子どものような、そんな感じで笑うエレンたち。リリシアは笑いすぎて咽せてしまっている。


「い、一体、何が……」


「……シンイチ、大好き」


 ぎゅっと抱きついてくるカグラを見て、俺はやっと気づいた。


「なっ!? 生きておったのかカグラ!!」


 驚愕を露わにするバロックの言葉で確信する。


 ……どうやら俺は、まんまとドッキリに引っかかったようだ。











「……なるほどね。俺の泣き顔が見たかった、と」


「そ、そうよ。シンイチはいつも無表情だから、別な顔が見たかったのよ」


「ごめんなさい、つい出来心で……」


「……泣いてるシンイチも、可愛いと思う」


「むぅ、何故我に教えてくれなかったのだ」


「わ、私は止めようとしたんだけど……その、渡良瀬くんの泣き顔が見れると思ったら……」


「シンイチ、にゃきやめー」


 よしよし、とユリアに頭を撫でられながら話を聞き終えた俺は、安堵の溜息を吐いた。


 大まかに説明すると「俺の色んな表情を見たい!」ということだったらしい。それで泣き顏が出るのはどうかと思うが……カグラが無事で何よりだ。


 聞くところによるとヤヨイさんもこの件に一枚噛んでいるらしく、下の階から幻影魔法を使用していたようだ。カグラの呼吸音を消したりしたのはこれだろうな。


「それにしても……」


 リリシアがちらりと見やるのは、淡く光る神樹の果実。


「まさか、本当にあるとは思わなかったわ。お母様の冗談だと思っていたのだけど」


 これは意外だったみたいだ。事実無根……かと思いきや実在するなんてな。


「それに、妙な魔力を感じるよ。神樹の力が秘められてるっていうのも本当なのかも」


 御堂曰く、そうらしい。魔力とは縁のない俺にはサッパリだ。


 とにかく、一件落着……


「……美味しそう」


 と思ったのがフラグだったのか、膝の上に座っていたカグラが果実に手を伸ばし、あろうことか齧りついた。


「か、カグラちゃん!?」


 エレンがその光景に驚く中、カグラはいつも通りの寝ぼけ眼でもぐもぐと咀嚼した後、ごくんと飲み込んで幸福そうな顔になる。


「……結構、美味しい……?」


 食後の感想を述べたカグラが首を傾げた。


 直後。


「……!!!?」


 半開きの目が大きく見開かれた。銀の狐耳がピンと立ち、髪の毛が逆立つ。


「お、おい、大丈夫か!」


 予想外の出来事に焦るが……



 もふっ!!



 動揺する俺の顎に柔らかな感触。なんというか、モフモフしたものが直撃した感じだ……って。


「…………何、これ?」


 落ち着いたカグラの疑問に、その場にいた全員が答えた。


「「「尻尾……?」」」


 カグラの小ぶりなお尻には、いつもより尻尾が二本多く生えていたのだった。




 女神を殴った後の人外さんの日常は、こんな感じで平和に過ぎていく……




最終章で何故か増えていた尻尾の裏話になります。女神を倒してから数か月後の一幕です。


今後も短編的に書いていきます。楽しみにしてくださっていた方に、少しでも面白いと思っていただければ幸いです!


蛇足的に宣伝も。

新作の「シリアスブレイク!」を投稿しました。予告とはタイトルが変わっていますが、内容は変わらずコメディーです。暇があれば見てやってください。更新頻度は遅いですが……

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