神様
フワフワと浮かんでいるような心地がした。水上に浮かんでいるような感じだ。
「……い、聞こえ……」
ぼんやりとした奇妙な感覚の合間に、誰かの声が届いた。聞いたことのない声だった。
「おーい、聞こえてるかーい?」
軽い調子で再びかけられた声に、俺はゆっくりと瞼を開く。初めに映ったのが白一色だったので少し困惑したが、すぐににゅっと何者かの頭が現れた。
「おお、起きた。よかったよかった」
ケラケラと笑うのは、少女と言うべきか少年と言うべきか、はたまた青年と呼ぶべきかどうかも定かではない、見た目では年齢も性別も曖昧な存在だった。
「……誰だ? そんで、ここはどこだ?」
上体を起こして辺りを確認するが、目に入るのは白のみ。果てがあるのかも分からない空間にいる。
「僕は神様だよ。それで、ここは天上の世界。神樹の延長線上にある、僕たち神様の家なんだ」
……こいつ、サラッととんでもないことを言ったな。
まぁ、一応信じておこう。この世界は魔法やら何やらが普通に存在するんだ。神の一人や二人、いたっておかしくはない。
「……その神様が、俺に何か用か? 後一つ聞きたいのが、俺の今の状況なんだが」
「あ、僕が神様だってことはスルーなんだ。話が早くていいけどさ」
信じない方がよかったのかよ。
「えっと、君への用事は後にして、先ずは君がどうなっているのかを説明しようか」
用事ね。気にはなるが、催促することではないだろう。今の俺についても気になるからな。
「君、意識を失う前に、知らない女の人から攻撃されたよね?」
頷く。油断していたこともあって何の対処もできなかったが……もしかしてアレで死んだのか?
「安心して欲しいんだけど、君は生きてるよ。ただ気絶してるだけ。沈んだ意識を、僕が天上まで引っ張ってきちゃったんだ」
……よかった。もしも死んでしまったら、あいつらに会えなくなる。
「つまり今の君は意識だけの存在ってこと。ここまでは大丈夫?」
大方理解した。納得とは違うが、受け入れはしたぞ。
「それで、次に君を攻撃した女の人についてなんだけど……実は、アレも神様なんだよね」
溜息混じりに話す様は、俺のステータスを見たゲルグの爺さんに似ている。
「……って、ちょっと待て。俺は何で神様に攻撃されたんだ」
「あー……それは、その……申し訳ない。あの子、暇潰しの道具を壊されて怒っちゃったんだ。具体的に言うと、暇潰しに扇動していた戦争の流れを断ち切られて、怒ってたんだよ」
……は?
「扇動したって……あの女が改革派の奴らを唆してたってことか?」
「……うん。ちょっと運命に干渉したみたいでね。本当はやっちゃいけないんだけど……」
話によると、目の前の神様は「最高神」と呼ばれる存在らしい。そして、俺を襲った女は、異世界「アーク」を任された最高神の部下だという。神の世界にも上下関係があるんだな。
で、その女……女神は、世界の管理に飽きて人々の運命を弄くり出した。その結果として、様々な事象が起きている。
それが、
「あの違和感の正体か……」
改革派リーダーの急な変心、異常に強い熊の魔物、ロード族の滅亡。
これらのことが、女神の道楽によって行われた。ただの「暇潰し」として。
……なんだよ、それ。
「彼女を管理から外そうとしてたんだけど、神の世界も複雑でね。時間がかかるかかる……」
項垂れる最高神。これが全ての頂点にいる存在だとは到底思えない。
「あの女神のせいで、死ななくていい人が死んだのか」
そこには、全ロード族、マリナの両親、そしてその他の数え切れない命があっただろう。暇潰しが何度あったかは知り得ないのだから。
「……本当、申し訳ない。彼女の上司として、一人の神として」
深々と頭を下げる。仮にも最高神がそんなことをしてもいいのかは疑問だが、俺は別に最高神に怒っているわけではない。そこまでする義理は無いだろうに、こいつも律儀だ。
「じゃあ、俺の馬鹿げたステータスもあいつのせいでいいのか?」
「あ、それは違うよ。君のステータスは、項目は違ったけどそもそも狂ってたよ」
……ど、どういうことなんだ?
「気を悪くしないで欲しいんだけど……君はこの世界に来た当初から人間辞めてた」
えー……そんなのありかよ。
聞けば、俺は最初、知力と魔力がずば抜けて高かったようだ。中でも、知力は測定不能だったらしい。
「知力は魔力運用の効率の高さを示す……要は、元から高い魔力も合わさって、君は無限に等しい魔力量を備えていたんだ」
衝撃である。本当なら俺は魔法が使えたのか……
「ん? それじゃ、なんで俺の魔力は低いんだ? 知力も正確な値が出てるぞ?」
「そこは彼女のせいだね。彼女が下手に君のステータスを弄ったせいで、他の値が壊れちゃったんだ」
「そ、そうか。どうして女神は俺のステータスを弄ったんだ?」
「それは今の状況にも繋がる話なんだけど……実は、君のいた世界の仕組みに、『一定以上のステータスを持つ者は神と同等の存在になる』んだよ。君は最初から、人間というよりは神様だったわけだ」
……完全に人じゃねぇな、俺。
「君ほどのステータスだと、軽く彼女の力を超えてしまう。それこそ、僕の足元に届くランクだったんだ。それを危惧した彼女は君のステータスを改竄し……何があったか、結局は神に等しい筋力値を手に入れることになってしまった」
俺の壊れステータスには、そんな秘密があったのか。
「筋力値に合わせるように耐久値が上がっていったのは面白かったよ。そのおかげで、君はまだ死んでないんだし」
そういうことか。普通に考えて、神の攻撃を喰らえば人間が生きていられるわけがない。それを耐えるほどの耐久値があったからこそ、俺は気絶程度で済んだ。
「とまぁ、こんな感じかな。早速本題に移ろうと思うんだけど……」
「俺への用事か。できれば無茶は言わないで欲しいがな」
「それは大丈夫だよ。安心して」
随分と自信があるようだ。最高神からの頼みだから難易度も高いと思うんだが、そうでもないのか?
「君には、あの女神をぶっ飛ばして欲しいんだ!」
どこも大丈夫じゃない。
「……俺は何に対して安心すればいいんだよ」
「ちょちょ、怒んないで! さっきも言ったじゃん、『君は神に等しい筋力値を手に入れた』って!」
……確かに言ってたな。認めたくなかったから忘れかけてた。
「だから、半分以上神様な君に、最高神である僕のお手伝いをして欲しいんだ。僕が直接彼女に罰を下すことはできないから……お願い」
またしても深く頭を下げる最高神。礼節を知っていると思うべきか、こいつの頭を安いと思うべきか。
ま、そんなことは頼まれずとも。
「やってやるよ」
「ほ、本当かい? やった!」
当たり前だ。
あのクソ女神には、色々と思うところがあるんでな。個人的な恨みなんかも合わせて、絶対に許さない。
「あいつを殴るのはいいとして、俺を元に戻してくれないか?」
このまま天上にいたのでは何もできない。最高神が引っ張ってきたのなら、戻すこともできるだろう。
「うん、お安い御用だよ!」
ご機嫌な最高神が指を数度振ると、俺を柔らかな光が包みこんだ。少しして、意識だけの身体が薄れていく。
「……ああっ! 忘れてたー!」
唐突な叫びに、嫌な予感がした。
「ごめん! 君、下界だと今、海のそ……」
俺が聞き取れたのは、ここまでだった。




