人外
「ホント何なの!? こんな展開つまんない! バカなの!?」
改革派をとっちめた直後、魔王城の一部が跡形も無く消し飛ばされた。その原因であろう存在は、空中を浮遊しながら苛立ちを抑えられない様子で喚いている。
「あ〜もう! もう! 信じらんない!!」
ヒステリックに叫ぶ謎の襲撃者は、ふわりと風にそよぐ明るい茶髪を掻きむしった。相当にキレている。
……何だこれ?
頭の中が疑問符で一杯になった。状況を整理しようとするが、如何せん鍵が少なすぎて何も纏まらない。
なぜあいつは魔王城を襲ったのか。「つまんない」とはどういうことなのか。何に対して激怒しているのか。
そして何より……あいつは誰だ?
未だ騒ぎ続けている謎の人物を観察する。容姿は見惚れるほどに整っている。怒りで歪んでいる顔も、どうしてか美しく感じられる。身に纏う衣服は純白で、汚れ一つ無い。
見た目は完璧だった。
更に言えば、その雰囲気というか、オーラが違った。
どこか近寄りがたい、神々しさを感じさせるオーラ。
目に見えるものでも耳で聞こえるものでもないけれど、ハッキリと分かる。
「……綺麗」
小さく、御堂が呟いた。謎の人物は女性なのだろうが、同性の御堂からしても、惚けてしまう程度には魅力的だったわけか。
ただし。
「納得いかなーい! 面白くないー!」
……その性格までが美しいわけではなさそうだ。思わず聞き入ってしまうくらいの美声で不満を爆発させてる辺り、碌な奴ではないと察することができる。方向や程度は違えど、ヤヨイさんやレインに近い種類だ。
残念美人、という類なんだろうな。
その残念美人さんはやっと怒りを発散し終えたようで、呼吸を整えてこちらを睨んできた。
「アンタのせいで……!」
彼女の射殺すような視線の先にいるのは、俺だ。剥き出しの敵意が突き刺さってくる。
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟かれた言葉に、首を傾げる。
……彼女とは初対面のはずだ。自分の記憶力には自信があるが、少なくとも彼女に似た人物に会ったことすら無い。どこかで彼女の関係者に迷惑をかけたのか……?
いや、違う。何を考えているんだ。大事なのは過去ではなく、今だ。
つまり、たった今起きたことに対して、彼女はキレていたんだ。
間違い無く俺と彼女は初対面。それに今までの状況を加味していくと……彼女の怒りの原因は、恐らく改革派の計画を潰したことだろう。
だが、それでなぜ彼女が怒る? 見た感じで魔族じゃないことは分かるし、空に浮いてることを除けば人間にしか見えない。浮遊については魔法の力か何かだろうし……
「本当に、邪魔しないでよね!」
俺が正体を掴みあぐねていると、不意に残念美人が動いた。
思考に耽っていたせいもあるだろう。
突然の出来事に混乱していたせいもあるだろう。
俺は、彼女が目の前に現れるまで、何の反応もできなかった。
「消えなさい!」
向けられた掌。そこから眩い光が迸り……
俺は意識を失った。
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「えっ……」
気がつけば、渡良瀬くんはそこにいなかった。突如現れた女性が彼に手を翳した瞬間、光とともに彼の姿が消えてしまった。
「あー、やっとスッキリした! 雑魚のくせに頭だけは働くんだから。あれ? そういえば、元のステータスでも知力だけは……」
ブツブツと何か呟いた女性は、けれどそれに執着することなく顔を上げて笑った。
「ま、何でもいっか! どーせあいつはもういないんだし」
その言葉に。
私は、震える声で尋ねる他なかった。
「あの……」
「ん?」
何を気にした様子も無く、こちらを見る女性。
「……そ、そこにいた男の人、渡良瀬くんは、どこに……?」
「ワタラセ? ……ああ、あいつ? 知らないけど、結構力こめたし……」
女性の視線の先には、何も無い空間だけ。つい先ほどまで、魔王城の壁があったはずの所。
次に女性が満足げな笑みで放ったのは、聞きたくない言葉だった。
「……死んだんじゃない?」
刹那。
私は女性に向けて、一つの魔法を撃った。
上級魔法「プロミネンス」を、容赦無く撃った。
私の中に眠る膨大な魔力を糧として生み出された業火は、瞬く間に女性を飲み込んでしまった。
灼熱はうねりながら魔王城の外へと飛んでいく。後には何も残らなかった。
……やった?
そう思った時、全身に悪寒を感じた。
即座に身体強化をかけてその場を離脱すると、一瞬前まで私がいた場所を一筋の閃光が撃ち抜いた。
呆気にとられる魔族たちを放置し、魔王城の外へと駆ける。視界の上端には、ハニーブラウンの長髪が揺れていた。
「……いきなり何してくれんのよ。ちょっと熱かったじゃない」
不機嫌そうに眉を歪めながら、女性はそう言った。
「もしかして、あの男を殺されて怒ってるの? 確かアンタ、あいつのこと好きだったもんね。なら仕方ないか……」
私のことを知ってる。
けれど私はそれを気にすることなく、スキル「思考詠唱」も用いて魔法を連続で繰り出す。
炎、水、雷、土、風……ありとあらゆる事象を、憎き敵へと叩きつける。
奴は彼を殺した。それだけでもう、奴に生きている価値は無い!
何がどうなっているのかも分からなくなってきた頃、私はやっと魔法を止めた。辺りは混沌としていて、視界は極端に悪い。
「……よくもやってくれたわね」
そんな声が聞こえたと同時に、私は衝撃に吹き飛ばされた。身体強化を継続していたおかげでダメージは少ないものの、驚きは大きい。
だって、今眼前に浮かぶ女性は、少し衣服や髪が乱れてはいるものの、その身体にはまるで怪我をしていないのだから。
あそこまで魔法を連発したのに、無傷? あり得ない。
それでも、生きているというのなら……殺すだけだ。
「私もやられっぱなしってのは性に合わないから……今度はこっちからいくわ」
女性が手を振るう。危険を感じて私が後方に飛び退くと、目の前の地面が大きく削られた。
二回、三回と女性の腕が振るわれ、その度に地形が変化していく。私は強化した脚で何とか逃げ切っているが、目に見えない攻撃に戸惑いを隠しきれない。
隙を見て魔法を撃つが、それも掻き消されてしまう。よく見れば女性の周囲には魔法陣が浮かんでいる。さっきの猛攻を防いだのはあれかもしれない。
「くっ、ちょこまかと! 大人しく当たりなさい!」
イライラを抑えられずに感情的に攻撃してくる。あまりの怒りで逆に冷静になっている私には、かすりすらしない。
……でも、このままだと私が負けそうだ。こちらの魔法は一切通じず、向こうはまだまだ魔力に余裕がありそうだし。
魔法が効かないなら。
そう考えて、私は身体強化を更に強める。渡良瀬くんには遠く及ばないだろうけど、それでもかなりのパワーアップになっているはずだ。
全力で相手に向かって駆け出す。その速度は予想外だったのか、女性は反応が一拍遅れる。
それで十分……!
飛び上がり、拳を放つ。展開された魔法陣が砕け散り、整ったその顔に私の手が届く……
「ふふん、残念だったわね!」
……かのように思えた。
確実に捉えたと思った。それなのに、女性は何の痛痒も感じていない。
そして、それは私も同じだった。
振り抜いた手には、何の感触も無い。絶対に当たったはずなのに、触れることさえできなかった。
「私に物理攻撃は効かないの。身体が魔力でできてるからね〜」
……身体が魔力? それじゃ、この女は人間じゃないってこと?
それなら、ますます遠慮する必要なんて無くなるね。
こちらを見下すふざけた顔に向かって両手を突き出す。
この魔法なら。
彼をも苦しめたこの魔法なら、あの魔法陣を突破してダメージを与えられるはず。
下手をすれば命を落とすかもしれない。ここまでに消費した魔力が多すぎて、魔力切れを起こす可能性は大だ。
それでも、と私は思う。
渡良瀬くんがいない世界なら、私がいる意味は無いから。
全力で奴を殺す。
「喰らえ……『堕天』!」
全身から力が抜けていく感覚。両手から魔力の奔流が飛び出し、天へと伸びていく。女性の頬を掠めて空へと消えた魔力は、光となって降りてくる。
それは、天空が堕ちてくるような。
「! な、なによこれぇぇぇ……!」
舞い散る光の粒子に押されるように、女性が地に足をつけた。
範囲はできるだけ狭めて女性の真上に集中させ、威力を高める。展開された魔法陣を押し潰し、徐々に女性が沈んでいく。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
目が霞む。思考が濁っていく。前よりも魔力の消費量が多くて、保有する魔力が尽きかけているんだ。
フラフラとしながらも眼前に生まれた穴を睨む。あの女は殺せただろうか……?
しばらくして、奴が出てこないことに安堵した。よかった、これで……
ピシュン……!
「……え?」
左肩と右脚に熱。見れば、その箇所から赤い血が流れ出ていた。小さく空いた穴から、コポリと溢れ出る真紅。
「……ふっ、ざけんじゃないわよっ!」
「堕天」によってできた穴から、土まみれになった女性が飛び出てくる。
……ああ、失敗かぁ。ごめんね、渡良瀬くん。
意識が薄れていく。出血と魔力切れで体力は限界を超えてしまった。もう、立っていられない。
「本当に、ごめん……」
「何のことだか知らんが、気にすんな」
………………………………へ?
最後に聞こえた言葉は、幻聴だったのだろうか。
愛しい鉄面皮を最後に、私の視界はブラックアウトした。




