降臨
やっぱり、か。
誰一人として身動きの取れない状況を見て、俺は一つのケースが当たっていたことを確信した。
大きめの室内には五十を超える魔族が嘲笑を浮かべて立っている。嘲りの対象は俺たち、魔王派だ。
改革派襲撃作戦は見事に失敗していた。ゾフォンたちが放った魔法が改革派の連中を捕らえたかと思った瞬間、俺たちが拘束を受けていた。何が起こったのかはサッパリだが、これも魔法なんだろう。
とりあえず全員が怪我していないことを確認し、一人で安堵する。人死には見たくないからな。
気づけば、ゾフォンの前に大柄で髭面の男が立っていた。ゾフォンはその男の歪んだ笑顔を睨みつけている。普段からは想像もつかない表情。
……なるほど、あいつが改革派のリーダーってわけか。
何かを話しているようだが、詳細は分からない。すると、近くにいた作戦を指揮する役目の魔族が拘束を破った。そいつは感情の読めない顔でリーダーの後ろにつく。
ここまでで大体の流れを把握した。
実を言うと、俺はこんな風に作戦が失敗するパターンについても考えていた。最後の会議の後、もしもの場合を想定していたのだ。
可能性だけで言えばいくらでも考えついたが……少なくとも五割近く起こり得ると思われる場合だけをピックアップした。
その中の一つに、魔王派の作戦が改革派に漏れている場合もあった。これについては二パターンあって、改革派が隠密行動をして情報を盗んでいるというものと、魔王派の中に裏切り者がいるというものだ。
ゾフォンの憎悪と絶望が入り混じったような表情を見るに、今回は後者で間違い無いようだな。
まぁ、予想していたから、俺は落ち着いていられるんだけどさ。
スッと立ち上がる。できるだけ音が出ないように歩いていき、哄笑する改革派のリーダーの隣にスタンバイする。
さてと、やり過ぎないようにしないとな。今日はハルも着けてないんだし、つい最近また耐久値があがったからな……
緩く緩く、拳を握る。全身を脱力させて、ほんの少しだけ腕を後ろに引き、ゆっくりと髭面に向かって拳を突き出す。
ーーゴシャァッ!!
薄汚い男の顔面がひしゃげ、錐揉み状に回転しながら部屋の壁に減りこんだ。頭から突っ込んでピクリとも動かないが、手加減に手加減を重ねた一撃なので、死んではいないはずだ。壁を穿つくらいの耐久値はあるんだしな、うん。
……いや、これでもかなり抑えたんだぞ? あと少しでも力をこめていれば、奴の頭はアスファルトの上の柘榴と同じ状態だった。
一切の力みが無い俺の行動に、油断していた改革派たちの目が点になる。魔王派のやつらも、誰も理解が追いついていないようだった。唯一御堂だけは驚いた様子も無かったが。
「お、お前! 一体何を……」
「うるさい」
裏切り者の魔族が声を荒げる。耳元で騒がれても迷惑なだけだ。
個人的には柔らかく放ったつもりの平手が裏切り者の顔面に炸裂し、角やら歯やらをへし折って吹き飛ばした。こいつはさっきの奴よりも耐久値が低かったみたいだ。
「……シン、イチ?」
呆然とした顔で涙を流すゾフォン。今までのこともあって、何が何だか分かっていないのだろう。
「何が……どうして? 拘束は……?」
「ん? ああ、それなら、普通に引き千切ったぞ。こうやって」
ゾフォンを縛る魔法陣の鎖に向けて軽く手を振ると、束縛は音も無く破られた。圧倒的な物理力があれば魔法を破壊するのは容易い。
「こ、この人間が! 『シャドウスピア』!」
ゾフォンにかけられていた魔法を壊した直後、混乱しながらも怒りに満ちた表情で攻撃してくる改革派。魔法を放った魔族の足下から漆黒の槍が飛び出し、俺の腹部で止まった。それを刺さったと勘違いしたのか、魔族は口角を吊り上げた。
……これ、影なんだな。質量があるような気はしないが、しっかりと腹に当たってる。
そんなことを思いつつ、槍を砕きながら一歩で魔族との距離を詰め、優しい掌底で弾き飛ばす。上手いこと数人の改革派を巻き込んでくれたようだ。
唐突な俺の行動に混乱していた改革派たちも、やっと各々が動き出した。俺に対して攻撃してくる者が大半だったが、飛来する魔法は当たっても毛ほどのダメージを感じない。億越えの耐久値を舐めてもらっては困る。
先と同じように接近し、改革派たちを使ってボーリングもどきをする。人数が半分を切った辺りでやっと改革派たちも俺の実力を理解したのか、全員が撤退しようとし始めた。
だが、その判断は甘い。ここには俺以外にも化け物がいるんだからな。
「『プリズン・ケージ』……ちょっと使い方は違うけど」
魔王派が使用したものと同じ呪文を唱える御堂。しかし、構築された魔法陣の鎖は改革派に向かうのではなく、室内を囲うように壁に張り付いた。
「くそっ、出られねぇ!」
「破れねぇぞこの魔法! どうなってんだよ!」
閉じこめられたことに気づいた改革派たちがより一層取り乱す。膨大な魔力で練り上げられた檻は、そう簡単に壊せる代物ではないらしい。
「やったよ、渡良瀬くん!」
「おう、よくやった」
子犬みたいに擦り寄ってくる御堂の頭を撫でておく。ちょっと空気を読めてないが、指摘することでもないだろう。
「そんじゃ、最後の仕上げといきますか……」
人の嫁に手を出そうとした奴らに、お仕置きをしてやらなきゃなぁ……
数分後、部屋の中央には気絶した改革派の連中が転がされていた。各人が御堂による魔法の束縛を受けており、どう足掻いても身動き一つできないようになっている。
魔王派の魔族たちは解放済みだ。これまた御堂が魔法でパパッとやってしまった。一度に広範囲に影響を及ぼせるのは羨ましいな。
「……ありがとう、シンイチ」
感謝の言葉を述べるゾフォンは、浮かない表情だ。自分の立てた作戦が失敗し、しかもその原因が味方の裏切りだったというのだから、さぞ堪えたのだろう。
ただ、このままではマズイな。魔王派のトップがこんなんじゃ、後に支障が出てしまう。
「ゾフォン、これで魔王派は安泰なんだ。落ち込むよりまず、やることがあるんだろ?」
「そう、だけど……」
「なら前向けよ。下を見てても何も始まらねーぞ」
「……ありがと、シンイチ」
小さく、くすりと笑う。
「シンイチって、不器用だね」
おう、それは言わなくてよかった。思春期の人付き合いの無さが悪いんだよ。
ともあれ、ゾフォンも分かってはいたのか、割とすんなり立ち直った。これからまた忙しくなるんだろうし、死なない程度に頑張って欲しいものだ。
「く、くくっ、くはははは……」
耳障りな笑い声が響いた。見れば、床に転がされた状態の髭面が勝ち誇ったような顔でこちらを見上げていた。いつの間にか復活していたようだ。
「……なに笑ってんだ」
「くくく。そっちこそ、そんな余裕でいいのか? ここに全改革派が集まっているわけではないというのに……」
「……はぁ?」
「分かっていないようだな……なら教えてやる! 今、残りの改革派のメンバーが魔王を襲撃中だ! 改革派の中でも腕利きの者たちだ、すぐにでもあの娘の首を持ってここに……」
勝利を確信した様子の髭面が、得意満面に語る。ゾフォンが顔を青くしたのと同時、部屋の扉がギィと音を立てて開いた。
精悍な顔つきの魔族が姿を現し……
「! 来たようだな……よくやった! それでこそ改革派……」
『だと思いました? 残念、ハルです!』
……そんな巫山戯た声とともに、バタリと倒れた。後から顔を出したのは、虹色の髪を揺らす少女、ハルだ。
「なっ……!?」
『いやー、雑魚ですね。こんなの何人いても意味無いですよ。マスターに従えられている私からすれば、道端に落ちてる石の方がまだ有能だと思いますね。あれは油断していると躓きますけど、コレは油断していてもどうにでもできますもん』
驚いて口をパクパクさせるだけの髭面をスルーして、「腕利きの者」をボロクソに貶すハル。一人目を床に投げ捨てると、次から次へと気絶した魔族を放っていく。合計で十人ほどの魔族が追加された。
「ハルー? ウチの分はどこに……うおぅっ!? なんだコレ!」
ひょっこりと出てきた赤いポニーテールが、室内の惨状に驚愕の声を上げた。
「マリナ様! よかった……」
ゾフォンが安堵する。これも展開の一つとして考えていたので、そうびっくりはしない。流石にこの人数は予想してなかったけどな。
「そんな……我々の計画が……」
あ、髭面が気絶した。
「……うん、まぁ、これで一件落着かね」
魔王派たちが歓声を上げる。何も知らないマリナも、なぜかテンション高めに輪に入っていった。
こうして、戦争は始まることもなく終わりを告げ……
『ちょっと待ちなさーい!』
大気をビリビリと震わせる大音声が鼓膜を襲った。俺は何てことないが、御堂たちは耳を抑えて顔を顰めている。
……何だ? 城の外か?
そう思った時、爆発音が鳴り響き、部屋の一端が吹き飛ばされた。
即座に移動して、飛んできた大きな破片を砕いていく。もうもうと砂煙が立ち込める中で、周りの人に被害が及んでいないことを確認する。
一体、何が起きてるんだ?
想定から大きく外れた事態に困惑している内に、突風が砂塵を散らした。
視界が晴れ、見えた先にいたのは。
「何してくれてんの!? 折角この私が危険を冒してまで誘導したのにー!!」
宙に浮いて駄々をこねる、一人の女性だった。




