改革派の罠
夜が明けた。今日が作戦当日ということもあって、魔王派のエリアにはピリピリした空気が漂っている。
「何をー! ウチは魔王なんだぞー!」
『ふっ、それなら私は神です!』
「ななっ!? そ、それなら、えっと、ウチは……そうだ! ウチは魔神様だぞ!」
『くっ、卑劣な手を……!』
……そんな中でも、マリナとハルは相変わらずだ。事情を知らされていないマリナと違って、ハルはもう少し緊張してもいいんじゃないだろうか?
だが、まぁ、こいつらのおかげでちょっとは場が和んでいるところはあるけどさ。わーわー騒いでいる二人を見て、作戦に参加する予定の魔族たちも緊張がほぐれているみたいだ。
「作戦の決行は、改革派が集会を開く深夜だよ。奴らが集まっているところを集団捕縛魔法で拘束。もしも捕らえ損ねた奴がいたら、サポート班が随時対応。それでいいね?」
朝食後の食堂にて、ゾフォンが作戦の最終確認を行う。一同が頷いたのを見た彼は、真剣な表情からどこか満足げな笑顔を浮かべた。
「この作戦、絶対に成功させよう!」
全員の気持ちが一致した。
解散した俺は、特にすることも無いので自室に戻る。正確には、自室ですべきことをする。
さて、どうなることか……
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「ゾフォン様、少しよろしいでしょうか?」
小会議終了後、僕の腹心とも言える部下が小さく声をかけてきた。彼はこの作戦の実質的な指揮を執る役目を担っている。
「どうしたの?」
「いえ、その……数日前からいる人間のことなのですが……」
「ああ、シンイチとシオリのことだね? 彼らがどうかしたの?」
僕が聞くと、彼は躊躇いがちに口を開く。
「……彼らを作戦に参加させてもよろしいのですか? 正直、役に立つとは思えないのですが……」
罰が悪そうな表情で偽り無く本心を語る彼を見て、僕は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、あははは! それなら大丈夫なんじゃないかな?」
「……理由を聞かせてもらえますか?」
突如笑い出した僕に怪訝そうな目を向けながら、僕が彼らを支える根拠を尋ねてくる。
「それは、彼らがこのアステルドまで辿り着いているから、かな?」
ここノーグラスには、アステルド以外の国は存在しない。一度国外に出れば荒野が広がるばかりで、後は魔物の巣しかない。
その魔物たちは殆どが強力な怪物。僕たち魔族にとってはそれほど苦にはならない相手でも、魔力量の少ない人間は苦戦を強いられるはずだ。
そんな魔物がいる大陸をほぼ横断するくらい移動してきたのだから、彼らのシンイチたちの実力はあると見るべきだろう。少なくとも、戦闘向きでない僕よりは強い。
転移魔法でやってきた可能性もあるけど……人間の魔力量では碌に扱えない代物だ。もし使えたとして、それこそが実力の裏付けとなるのは間違い無い。
「それに、シンイチたちがいなくても実行する予定だった作戦だからね。二人増えたところで問題は無いよ」
納得いってない様子の部下にとってつけたような理由を残し、食堂を出る。改革派に動きを気取られないよう、この後はいつも通りに振る舞うことになっている。最近溜まってきていた書類をちょっと処理しておこうかな?
「……先王様、マリナ様。必ずや改革派を壊滅させてみせます」
今は亡き育ての親と義妹に、誓いを立てる。
運命の時は、もうすぐだ。
暗く静まり返った魔王城の中を、音も無く進んでいく。もう何度も通った道だ、明かりが無くとも間違えはしない。
周囲を見回して誰もいないことを確認し、合図を送ってとある一室の扉の前に集合する。
この先で、改革派の奴らが集会を行っている。
集まった全員の顔を見渡す。各々が緊張した表情を見せる中、シンイチとシオリだけは違った。
シンイチは冷たい鉄を思わせる無表情。シオリはなんとなく眠たげな様子でフラフラとしている。
……あはは、こっちまで気が緩んできちゃった。
リラックスできたのは悪いことじゃない。最低限必要な分だけ気を引き締めて、実行の合図を部下に任せる。
「……行きますっ!」
大きく一つ頷いた彼が、目の前の扉を蹴破った。同時、作戦の要となる魔法隊が集団捕縛魔法を唱えながら室内に雪崩れ込む。
「『プリズン・ケージ』!」
突然に飛び込んできた僕たちを振り返る改革派たちの周囲に、鎖のように繋がった魔法陣が展開されていく。
一つひとつに強固な捕縛効果のある魔法陣が、その範囲を狭めていく。驚きからか身動き一つしない改革派たちが魔法の鎖に囚われる。
やった……!
そう思った時だった。
パキィィィン……と甲高い音がしたかと思うと、気づけば僕たちの身体が拘束されていた。
「ハッハッハァ! 詰めが甘いな、ゾフォンよ!」
部屋の最奥、入り口から最も離れた位置から野太い笑い声が飛んできた。僕がこの世界で一番嫌いな奴の声だ。
何とか動こうと足掻いてみるけれど、非力な僕では全く意味をなさなかった。辛うじて動く首だけで周りを見れば、作戦に参加した者の全員が同じ状態になっていた。
「くそっ、魔法を反射したのか……!」
「ほう! この状況でも冷静な判断を下せるとはな! だが、それでは遅いのだよ」
チッチッチ、と指を振りながら歩み寄ってくる髭面の男を睨みつける。
「お〜、怖い怖い。ふむ、自分たちの魔法で縛られた気持ちはどうかね?」
明らかな挑発だ。そんな手に乗りはしない。
眼前の男……改革派のリーダーであるジャフカスは、ニヤニヤとした笑みを崩さない。
「……なんで、僕たちの魔法に反応できた。反射魔法は事前に対象となる魔法を知らなければ意味が無いはず……」
「はてさて、何でだろうなぁ? もしかしたら、裏切り者でもいたのかもしれないなぁ!」
ガッハッハ、と不快な笑い方で僕を見下すジャフカス。
裏切り者だって? そんなのいるはず……
心の中でそう切り捨てようとした時、一人の魔族が拘束からするりと脱け出した。その魔族は、そのままジャフカスの後ろに立つ。
それは、僕が一番信頼していた部下……この作戦の指揮を任せた彼だった。
「ガハハハハッ! どうだゾフォン、腹心に裏切られた気分は? ん?」
醜悪な笑顔。
まさか、そんなこと。
否定したい気持ちの反対側で、事実を受け入れようとする気持ちもあった。
ジャフカスたちが僕らの襲撃、そして使用する魔法まで知っていたこと。今、腹心の部下だけが魔法から脱け出していること。
これが裏切りの証左にならないと、どうして言えるのだろうか?
「ハハハハハッ! 滑稽だな、ゾフォン! お前はただ見ていろ! 俺たち改革派がこの城を奪い、お前たちが共生したがっていた人間を支配する様をな!」
……クソッ! 甘かった! 僕が甘かったせいで、先王様の願いが、途切れてしまうなんて……!
悔しさで視界が滲んだ。絶望で思考が閉ざされかけた。先のことを考えたくないがために、諦めに身を任せてしまいかけた。
だからだ。
だから、僕にはハッキリとは認識できなかったんだ。
黒髪の青年が、歪んだ笑みを浮かべる髭面に拳を叩き込んだ瞬間を……




