魔族の実態
ごゆっくりお読みください。
「いぇーい! 今日は……えっと、何だっけ? 何かめでたい日だ! 楽しんでいけー!」
手に持ったジョッキのようなものを振り上げて、赤髪の少女、魔王がぐだぐだな挨拶をすると、建物内にいたほぼ全ての魔族たちが歓声を上げた。
「どうした兄ちゃん、飲まねえのか? この際だ、盛り上がっていこうぜ!」
「そっちの嬢ちゃんも、好きなもん食っていいぜ! お代は魔王様持ちだからな!」
「いやー、結婚一周年だって? いわわないわけにはいかないな!」
ガタイのいい魔族のおっさんが、黒々とした液体の満ちたジョッキを押し付けてくる。漂ってくるのは紛うことなきアルコールの匂い。
隣では御堂の前のテーブルにじゃんじゃん食べ物が追加されていく。その殆どが肉だが、色が鮮やかだ。緑色の肉なんて始めて見たぞ。
…………………………はぁ。
俺は頭を抱えたくなる思いを必死に抑えて現状を確認する。
俺たちがいるのは、魔族の国アステルドの中で最も大きいと言われている酒場だ。どうしてそんなところにいるのかと言うと、門番たちが俺と御堂の関係を夫婦だと勘違いして、何を思ったのかパーティーをしようなどと言い出したからだ。
門番たちが道中で出会った魔族たちにパーティーのことを言い触らしてる内に話が広がり、捻じ曲がり、盛り上がり、どういうことか魔王まで出てきた。というか、魔王は道端で合流したのだが。
伝言ゲームよろしく、新婚旅行の記念として開かれるはずのパーティーは披露宴になり、結婚式になり、さっきの奴の発言からすると、今は結婚記念日のお祝いのようなものに捉えられているらしい。もしかしたら一人ひとりの認識が違うかもしれない。
口元にぐいぐいと押し当てられるジョッキを仕方なく受け取る。一口だけ飲んでみたところ、驚くべきことが発覚した。
これ……コーラの味がする。
久しぶりに味わったあの黒液の甘さ。アルコールが入っているにも関わらずに、思わず二口目に突入してしまった。
因みにだが、俺はアルコールには弱い。いつぞやユリア父に飲まされたワイン(のような何か)一杯で完全に酔ってしまったことがある。化け物の身体でもダメなものはあった。
そっとコーラもどきをテーブルに置く。それとほぼ同時に、御堂に袖を引かれた。
「渡良瀬くん、このお肉……」
何かを伝えようとしているような、そんな目をしている。右手に持ったフォークの先には、食べかけの青い肉。ん? それを食べたのか? それは冒険し過ぎだろう。
と、思ったところで視線の意味に気づく。
まさか、俺にその肉を食べろと……?
軽く戦慄しながら御堂と肉の両者を指差すと、御堂がこくりと頷いた。そのまさかかよ。
どうするべきかと思っていると、御堂が手に持ったフォークを俺に突き出してきた。よもや食べろとは言うまいな。
「と、とにかく一口……」
うぐ……
底知れないプレッシャーを感じた。
やがて、俺の中での忌避感が彼女の圧力に負けてしまう。食べかけであるが、とりあえず食べてみる。
すると、どうだろうか。
見た目は厚切りのステーキのよう。脂身も多く見えたその青肉は、しかしながら脂っぽさを感じさせずに口の中で溶けていった。広がる旨味。牛肉に近い味だと思う。
美味い。
見た目とは裏腹に普通の肉の味だった。いや、普通とは言い難い。高級品と称すべきだろう。
飲み込むと、爽やかな風味が抜けていった。しつこさが全く無い。肉料理と口直しを同時にこなすような……ん?
口直し……?
「美味しいよね、渡良瀬くん!」
御堂が可愛らしく微笑む、その横で更に追加されていく青肉。
その色と、食後の爽やかさ。
何か覚えがあると思ったら……
「これ、青野菜に似てる……」
衝撃的である。餌にでも使っていたのだろうか……
一応無害なものだと分かったので、ちょっとずつ魔族の料理を食べていると、先ほどまで騒いでいた魔王がやってきた。ハルより少し大きい程度の身長を見るに、本当に魔王かは怪しいが。
「人間! 今日はウチの奢りだから楽しんでいけよ! ところで、何でこんなとこにいるんだ?」
真っ赤な髪を揺らして首を傾げる魔族の少女に、俺は大袈裟にズッコケる芸人の気持ちを知った気がした。
「……まぁ、丁度いいっちゃ、丁度いいのか?」
周りの魔族たちもこの少女を魔王様と呼んでいるし、本当に魔王なのだろう。それにしてはフレンドリーに過ぎるけどな。
「俺たちは魔族の改革派に用があって来たんだ。別に新婚旅行とかではなく、な」
当初の目的を忘れてはいない。できることならさっさと改革派の奴らを潰したいところなのだ。
そのために、先ずは改革派と対立する魔王にコンタクトをとるのは悪くないだろう。どいつが改革派に属するのかも分からないのだから、そこら辺を把握するためにも。
ただし、その魔王が役に立つとは限らない。ゾフォンが政務を引き受けていることから、この魔王は頭を使う作業が向いてないのだと考えられるし……
「? かいかくは……何だそれ? 人間は難しい言葉を使うなー」
……それ以前に、確実に頭が悪い。前言をより明確にすれば、魔王は役に立たない、だ。
「あー、俺の名前は晋一だ。お前は何て言うんだ?」
一々「人間」と呼ばれるのもアレなので、自己紹介をしておく。ついでに魔王の名前も聞いてみる。
「ウチか? ウチはマリナ・スカーレット・アステルド! 魔王だ!」
知ってるよ。
慎ましやかな胸を目一杯に張って自信満々に告げるマリナをスルーして、話ができる奴を探す。一時間足らずで分かったのは、「魔族はアホである」ということだ。
ゾフォンがいてくれると助かるんだが……
そう思った時。
「魔王様ー! 見つけましたよ!」
開けっ放しの酒場の扉から、見知った顔が現れた。
「勝手に城から出ちゃダメだって言ったじゃないですか! いつ狙われるか……って、あれ? もしかして……」
「よっ、久しぶりだな」
「あー! やっぱりシンイチだ! どうしたの、こんな所に?」
マリナを探していたのだろう。俺に気づいたゾフォンに手を振ると、見るからに嬉しそうな顔をした。そう反応してもらえるのはいいんだが、お前ら自国のことを「こんな所」呼ばわりでいいのか?
「私用でな。魔族の改革派に借りができたんで、返しにきたんだ」
「改革派に? うーん、何があったのかは計りかねるけど、そういうことなら一旦城に来てもらえるかな? もてなしはそっちでするからさ」
「別にもてなしてもらわなくてもいいんだが……まぁ、よろしく」
「ゾフォン、シンイチと知り合いなのか?」
キョトンとするマリナは放置。ゾフォンも顔が利くのか、酒場に集まった魔族たちに一声かけて、どんちゃん騒ぎを終わらせてしまった。
魔族たちがぞろぞろと酒場を出ていくのに混じって、俺たちも退出する。勘定をどうするのか気になったが、魔族だし、いいんだろう。
「ごめんねシンイチ。迷惑かけちゃったみたいで……」
「そこまで気にしてねーよ」
へこへこ謝るゾフォンに続いて魔王城への道を進む。何やら騒いでいるマリナと未だに腕を組んでくる御堂のことも、そう気にしてはいない。
それよりも、気にせずにはいられないことがあるからな。
周囲に気を配りながら歩く。俺がピリピリした雰囲気になったのを感じ取ったのか、御堂が怪訝な表情を浮かべ、同様に警戒し出す。
ここは魔族の土地。ひいては改革派の土地でもあり、いつ襲撃を受けるか分からないからな。申し訳ないが御堂には、自分の身は自分で守ってもらうことにしよう。
そのまましばらくして、巨大な城に辿り着いた。魔族は数が少ないはずなのだが、こんな大きさが必要なのかと思うほどだ。
「ゾフォン様、お疲れ様です!」
「あ、お疲れー。後ろの彼らは僕の客人だから、気にしないでいいよ」
「はっ!」
魔王城の入り口前に立っていた兵士たちはキリッとして、知性を感じた。敵意を滲ませている俺に鋭い目を向けてきていたし、魔族全員がアホというわけでもなさそうだ。
ゾフォンの案内に従ってやってきたのは、魔王城の中心付近に位置する彼の執務室だった。途中ですれ違った魔族の中には、あからさまな殺意すら感じさせる者もいた。恐らくだが、ああいう奴が改革派なのだろう。
「ようこそ、って言うべきかな? 何も無い所だけど、歓迎するよ」
綺麗に整頓された机の上には質の悪い紙が積まれていた。前に言ってた書類とかか。
「歓迎するのは後でもいいか? 本題に入りたいんだが……」
「改革派のこと、だね」
「ああ。先ず、こっちの事情を簡単に説明しておくか」
つい一時間ほど前に起きたことを掻い摘んで説明する。自分の大切な人が襲われかけたからぶっ潰しにきた、ということだ。
「……へ? それだけ? いや、こう言うのも失礼かもだけど……」
ゾフォンの反応は分からないでもないが、ここは受け流しておいてもらいたい。
「じゃあ、次はこっちのことを。今、魔王派と改革派の勢力は殆ど均衡してるんだ。若干、僕たちが有利な状態」
ゾフォンによれば、改革派は魔王城の中で着々と力を強めてきたみたいだ。
国民のほぼ全員がアホなアステルドでは、ゾフォンや先の兵士のように頭を使える者は、基本的に城に勤務することになるという。そうしないと国政が崩れるのは目に見えてるか。
それと、レインの言っていたことの意味も理解できた。
魔族は魔王に逆らわない……実のところ、逆らえないだけだ。逆らうだけの知力を持ち合わせていない。
故に、政治的な話は全て魔王城の中だけで済むらしい。そうすると……現状、改革派が実権を握る日も遠くはなかったわけか。城内で多数派となった方が国民に強い影響を与えられるのだから。
「にぁーーー! お前らはウチを殺す気かー! うぅ、難しい話は頭が痛くなるー……」
ゾフォンと真面目な話をしていると、急にマリナが暴れ出した。ユリア以上のお子様がここにいたか。
「……これが魔王で大丈夫なのか? 色んな意味で」
「うーん、意外と大丈夫だよ。政務は僕が何とかできるし、それに、魔王様は強いから」
苦笑とともにそう言うゾフォン。マリナが強いというのは、武力的な意味合いだろうか……?
「ウチ、暇ー! 何か面白いこととかないの!?」
足をバタバタ、腕をブンブン。駄々っ子のようなその姿からは、想像もつかないがな。
ちょっと静かにして欲しいと思った時、突然ハルが人間形態になってマリナへと相対した。
いきなり現れた虹色の少女に面食らう魔族二人。それを気にもとめず、ハルはこう言った。
『マリナ様……貴女からは、とても面白そうな雰囲気を感じます!』
……ここから先の展開は、また別の話ということにしよう。
アホを書くのは気が楽です。
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