違和感
お待たせしました。
ごゆっくりお読みください。
「えっ……?」
思いもよらない唐突な言葉に、レインが硬直する。それも当然。何故なら、ハルはかつての人格を失っている……つまり、自分が自分であったという記憶すらも失っているはずなのだから。
「ハル、お前さ、何回かレインに話しかけようとして止めてたよな? わざわざ遠出してまで会いたかった相手なのに、躊躇するのは変じゃないか? 特に、お前のキャラじゃない」
この四ヶ月間で気づいたことなのだが、ハルは喋ろうとすると微振動するのだ。理由は知らないが五感の殆どが強化されている俺の身体は、その僅かな震えを察知できる。それでここに来てからというものの、ハルは何度か振動しても何も言わなかったりと、不自然な態度をとっていた。
このことから、レインの話を合わせて、可能性があると考えたのだ。まぁ、違うかもしれないけどさ……
『……本当に、マスターは怖いですね。主に筋力的な意味ですが、今ばかりはその勘の良さが怖いです』
的外れなことを言っていた時の対応を考えていると、ハルが不意にそんなことを零した。
『仰る通り、気づいてましたよ。所長が私の母だということは』
「そ、そんな……いつから……」
『正確には、思い出したんですけどね。二百年くらい前に、ふっ、と。ムサにいる間は何も知りませんでしたよ』
「でも、あの時に人格が消えたはずじゃ……」
『そこは不明です。考えられる可能性としては、精神の移植時に記憶が混濁してしまった……それくらいでしょうか』
淡々と話すハルと、対照的に動揺を隠せていないレイン。
『流石にもう、自分がどんな姿形をしていたのかは忘れてしまいましたが……所長に、母に心配をかけたことは覚えてますよ』
そうか。ハルがレインに話しかけるのを躊躇ったのは、昔のこととはいえ、どこか後ろめたさを感じていたからかもしれないな……
『あ、マスター。勘違いされては困るので先に言っておきますが、母に声をかけなかったのはどんなテンションでいくべきかを悩んでいただけで、別に気負ったところはありませんでしたよ? 正直、二百年も経てば色々と吹っ切れます』
……そうか。お前らが親子だというのは十分に理解した。
自分の恥ずかしい深読みを記憶から消し去ろうとしていると、今まで困惑していたレインが遠慮がちに口を開いた。
「No.1、いえ、スノウ……貴女は、私のことを恨んでいませんの? 何もしてあげられなかった私のことを……」
スノウ。ハルの生前の名前だろう。その名を呼んで、レインは彼女の気持ちを聞く。吹っ切れたとはいっても根本的な解決ではなかったわけだから、気にしてはいるんだな。
『恨むどころか、感謝しています。元々死にかけていたところを、こうして救ってもらったんですから。それにオリハルコンの身体は何かと便利ですし、この身体になったおかげでマスターに出逢えました……』
「ハル……」
意外な言葉に、俺は驚きを隠せなかった。まさかハルがそんなことを考えていたなんて……
『……そう、この遊び甲斐のあるマスターに、出逢えました!!』
ぶち壊しだよ……一瞬でもお前の評価を上方修正しようとした俺を殴りたい。綺麗な主従愛なんてどこにも無かったんだ。
『ですから、母様が気に病むことはありませんよ。私は……ハルは今、ちっとも不幸なんかじゃありません』
「スノウ……」
『母様、私はハルです。マスターであるワタラセ シンイチ様の従者、生命金属のハルですよ』
「あ……うん、そうね。ハル、良かったわね。素敵なマスターが見つかって」
『ええ。楽しい日々を過ごせています』
ハルとレインが互いを見合って、微笑んだ。
うーん、さっきのハルの発言がなければ感動したのになぁ。つくづく要らんことを言う奴だ。
何はともあれ、親子の話が一段落ついたようなので、気になったことを聞いてみることにする。
「レイン、ちょっといいか?」
「? なんですの?」
「どうしてハルを迷宮の最下層に放置してたんだ? 大切にしてたんだろ?」
記憶が無かったとしても、娘だったことに変わりはない。それなのにわざわざ離れ離れになるようなことをするなんて、何かしらの理由があるんだろうとは思うが……
何故かは分からない。ただ、これはハッキリさせておきたいと思ったのだ。
問いに対し、レインはあっけらかんとした様子で応じた。
「ああ、そのことですの。逆ですわね。私は、大切にしていたからこそ迷宮に隔離したのですわ」
「……どういうことだ?」
「私たちが滅んだ理由は、先程言いましたわよね?」
「極大魔法陣の暴発、だな」
「ええ、それなんですが……本当なら絶対に失敗しない魔法陣だったんですわ」
「……というと?」
「その時に創ったのは、超規模の『対黒い悪魔魔法陣』でしたの。間違って勇者を喚んだ後に改良を重ねてやっと完成した魔法陣の、規模を大きくしただけのものでしたのよ」
またヤツらかよ。
「それが暴発するなんて、普通はあり得ませんのよ? 例えしても、大陸が更地になる程の魔力は込められてませんでしたわ」
研究総括をしていたレインが言うなら、そうなんだろうが……
「待て、それと先の質問にどんな関係があるんだ?」
「その前からなんですわ。魔法陣が妙に不発に終わるようになってしまいましたの。どこにも間違いの無いものですら、効果を発揮しなかったり……」
「……つまり、『不自然』ってことか?」
「そうですわ。偶然だと言うのには無理がある……そもそも、ロード族の頭脳をもってして一度できたことが二度できないなんて、少しどころじゃなく異常ですわよ。それこそ、貴方のステータスみたいに……」
「! 俺のステータス……」
パズルのピースがぴったりとはまった感じがした。全体像の見えてこない一面真っ白なジグソーパズルの、たった一ピースだけ。それでも、確実に何かが繋がった。
「魔法陣がオリハルコンに変な干渉を起こしてはいけないし、ついでに多少の遊び心もあって、ハルを迷宮の最深部に送ったんですわ。迷宮はこの研究所を造ったのと似た魔法陣を使って造ったんですのよ? ある程度の応用なんかを効かせて……」
「レイン、遮って悪いが、一つだけ聞かせてくれないか」
「へ? なんですの?」
得意気に語るレインに呆れることもなく、俺は胸の内に湧いた疑問を吐き出した。
「ドラゴン以外で十万以上の耐久値を貫ける熊型の魔物っているか? 生息場所はリュケイア大陸だ」
「く、熊? ハングリーベアなら可能かもしれませんけれど……あの魔物はノーグラスからは出て来ませんので、違うでしょうね……申し訳ございません。私には見当も。知識も大分昔のものなので、新種という場合もありますし……」
「いや、十分だ。ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
やっぱり、か。
灰青の犬人族の集落を襲った魔物の群れ。その群れはある一体の魔物から逃げるように、樹海から飛び出してきたのだ。
あの時の熊……どうにも違和感があったんだ。クラーケンを倒した時の超回復のおかげで、俺の耐久値は十万を超えたものだったはずだ。それは即ち、筋力値も十万以上だということになる。いくら本気ではなかったといえども、筋力値数万ではビクともしなかったんだ、あいつは。
ここ四ヶ月で数十体の魔物を見てきたが、あいつよりも強い魔物はーーもちろんドラゴンは抜きとしてーーいなかった。
樹海を探索したこともあるが、そもそも樹海の中で熊型の魔物なんて見なかった。族長さんに聞いても首を傾げるだけだった。
おかしい……そう、あの熊の存在は不自然に感じられる。それこそ、ロード族の魔法陣実験の失敗と同じく……
「……そして、俺のステータスも……」
ハッキリと何かが分かったわけじゃないけど、違和感に気づけた。これが何を意味するのかは知らない。でも、大事なことのような気がする。
『マスター、どうしたのですか?』
ハルが尋ねてきたことで我に返る。見れば、レインも怪訝な顔をしている。
「ん? ああ、別に何でもねぇよ。そうだレイン。迷宮をリオスに造ったのはなんでなんだ?」
「なんとなくですわね」
あ、そうですか……
ちょっとずつ、物語が終わりに向かってきています。
そんな中、僕はテスト期間を迎え、勉強せざるを得なくなりました。
なので、七月いっぱいは更新頻度が激減しますが、ご容赦ください。
それと、これは活動報告の方にも書いたんですが、次の作品はどちらがいいかを皆様にお聞きしたいと思ったのです。
候補は、
1 「収納魔法」を駆使して戦う変人が主人公の異世界転移もの
2 珍妙なスキルに振り回される主人公が悪戦苦闘するコメディー系異世界もの
の二つを考えています。2が転移になるか転生になるかは悩み中です。
多分、どっちもコメディー成分強めになると思います。「人外さん」よりはおふざけに走る……はずです。
よろしければ、意見をお聞かせください。




