勇者の帰還
今回は騎士団長視点です。
ごゆっくりお読みください。
私、アレックス・ナイトロードは混乱していた。
ワタラセ様の情報を手に入れてから、即座に捜索隊を派遣。同時に「S」「屠龍」「拳神」「虹の覇王」などと呼ばれる冒険者とコンタクトをとろうとしていた。
スカイウォールを除くリオス大陸全土に捜索網を張り、リュケイアへも手を広げた。二十年来の親友である宮廷魔導師団長のクリスティーナ・マギスロードの手を借りて、騎士団の甲冑に「マナサーチ」の魔法を付与してもらい、低魔力の人間を探していたのだ。
幾つかの街で信じ難い程に魔力が少ない人を発見したが、反応を記録するのみに留めた。その人がワタラセ様かどうかの判別ができなかったから、無闇に引き止めることはできなかった。
一方で、冒険者の行方は知れなかった。噂ではスカイウォールに登っていったと聞いたが、もし本当ならば私たちには手の出しようもない。
そうこうすること数ヶ月。ミドウ様が朝食を部屋で摂ると言い出したらしい。いつもはそんなことしないのに、何故今日に限ってなのか?
不思議に感じた私は、ミドウ様の部屋へと向かった。するとどうだろうか、甲冑の胸部にある紋章が光り始めた。
これは記録された反応が近くにあるということを示している。光は対象に近づく程に強くなるのだが、どうもミドウ様の部屋から反応が出ているらしい。
これは……まさか、ワタラセ様が?
あり得る。ミドウ様が何らかの手段でワタラセ様を連れてきた可能性がある。彼女の魔力量ならば、単独でも転移魔法を行使できるはずなのだから。
扉の前に立ち、無礼を承知で魔法を唱える。
守護魔法「聖域」
私が使える最強の防護魔法だ。範囲外からの「敵意」を完全に防ぐ魔法陣を敷くのだが、欠点として内部から動くことができないというものがある。
今回はそれを利用して、ワタラセ様を拘束させてもらった。ミドウ様の剣幕が恐ろしいが、ワタラセ様が場を鎮める役を買ってくださった。
そのさり気ない心遣いに感銘を受けつつ、考えていた要望を伝える。
しかし、返されたのは拒絶の意思だった。不敬に当たるものの、第一王女を抑えることも確約するつもりだった。しかしながら、拒否。
そこまで彼は怒っていたのだろうか。確かに、恋人との仲を裂かれて奴隷にされ、辛い思いをしたのだ。それが私怨でしかないと分かれば、当然のこと……
それでも私は説得を続けようとした。だが、それは叶わなかった。
「聖域」が破られたのだ。ワタラセ様が何かをして、破壊不可能なはずの「聖域」を粉々に砕いてしまった。
驚いている内に、ワタラセ様は既に次の行動に移っていた。気がついた時にはもうバルコニーへと飛び出していた。傍らには必死に手を伸ばすミドウ様。
ワタラセ様が右腕を振り抜いた瞬間、虹色の翼が広がった。その勢いに任せて、彼の体は急上昇し、王城から飛び立った。
そんな彼に向けて、ミドウ様は何らかの魔法を使った。捕縛系の魔法を使ったようだが、ワタラセ様は速度を落とすことなく、逆にミドウ様が引っ張られていってしまった。
残された私は、彼の名を呼ぶことしかできなかった……
これが昨日のことである。現在、私は王の御前にて事の次第を説明している。それももう、終わりだが。
「ふむ……よく話してくれた。黙っていたことを罪に問うことはない。安心しろ」
「はっ、ありがとうございます!」
国王は私の考えをご理解なされたようだ。基本的に、このお方は賢王だ。多少押しに弱い面はあるものの、その思慮深さは尊敬に値する。
それなのに……
「ナイトロード卿! どうしてあの男を生かしておくの!?」
……娘はこの調子だ。少しは自分で考えようとは思わないのだろうか?
「シエル様。もしもワタラセ様を失ってしまえば、きっとミドウ様は協力してはくれません」
「なんで!? あの男と勇者様にどんな関係が」
「恐らく、お二方は恋仲なのだと思われます」
王女の言葉を遮ったのは、クリスティーナだった。礼を失した行いではあるが、この場にいる誰も彼女を責めることはしない。皆、王女の態度に思うところがあるのだろう。
「シエル様もご覧になったことがございませんか? 勇者ミドウ様が、ワタラセ様の名を呼んで憂う御姿を」
「……あるけれど、それがどうしたと……」
「分かりませんか、第一王女。貴女もまた、想い人を失われたというのに」
「ッ!」
「おい、クリス……」
「止めないでください、アレックス」
その話題はあまりにもデリケートな部分だ。そう思いクリスティーナを止めようとしたが、逆に制されてしまった。
「愛する者が側にいない苦しみ……シエル様は身をもって感じていらっしゃるでしょう。同じように、ミドウ様もその苦しみの渦中にいらっしゃったのです」
「……でも、あの男は生きている。彼は……レオンは死んでしまったのよ! 二度と会えないの!」
「違法奴隷となった者は、その身を買われて三ヶ月と生きることはありません。貴女はそのことを知った上で、それでもまだご自身を悲劇のヒロインだとお思いですか!?」
「なっ……!」
怒りを露わにするシエル様に対し、クリスティーナは声を震わせながら叫んだ。身内からの叱咤に、王女の顔が驚愕に染まる。
「貴女がしたのは、勇者様方を苦しめるだけのこと。こちらの都合で無理にこの世界に連れてきたというのに、この仕打ちは非道に過ぎます。それ以前の問題として、王族が犯罪に手を染めるなど、あってはならないことなのですよ?」
正論だ。事実、シエル様は何一つとして言い返すことができていない。
「もしもワタラセ様が死んでしまった場合、ミドウ様は私たちを許しはしないでしょう。王国を敵対視することもあるでしょう。そうなった時、私たちでは彼女に勝つことはできません……」
「………………」
「失礼ながら、今までの貴女の態度は目に余るものでした。国のことを顧みずに私情を優先し、あまつさえ法を犯すなど……」
「分かってるわよ!!」
悲鳴と言おうか。シエル様の悲痛な声が王の間に響き渡った。
「私だって、理不尽なことをしていると思ってる! 自分の行動がどれだけ愚かかなんて、言われるまでもなく自分が一番よく知ってる!!」
髪を振り乱し、涙混じりに独白を続ける。
「けど、そうでもしないと……そうでもしないと、レオンを失った悲しみは拭えないの!!」
……静寂が訪れる。感情を吐露したシエル様はその場に座り込み、すすり泣く声だけを残した。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。数分程してから、クリスティーナが沈黙を破る。
「……レオンは、私にとっても頼りになる部下でした。優秀な魔導師として、将来は次期魔導師団長を任せようと考えていた程です」
「………………」
「それ程の信を置いた理由は、何も魔術の腕だけではありません。彼がこの国を愛する強い気持ちを持っていたからこそ、信頼していたのです」
「………………」
「シエル様。彼が召喚の儀に参加した理由……貴女なら、知っているはずです」
「……この国を、マグジェミナを守りたいから……!」
その言葉に、クリスティーナは大きく頷いた。シエル様の目から大粒の涙が零れ落ちていく。
「……私は、彼の気持ちを無下にしていた。彼の遺志を蔑ろにして、自分の感情だけに囚われて……!」
……やっと、気づけたのか。
ショックで呆然とした様子のシエル様に、クリスティーナは優しく手を差し伸べた。
「……まだ遅くはありません。だって、ワタラセ様は生きているのですから」
そっと手を取り、立ち上がる。そこにいるのは、毅然とした表情の王女だった。
「そう、ね。私はレオンの想いを受け継がなければならない……」
拳を握り、シエル第一王女が決意を胸に呟いた。その姿は凛々しく……
……なんだか、とても調子の良いものに見えた。どうにも鬱憤が溜まり過ぎて、シエル様への評価が最低にまで下がっているようだ。美しい光景であるはずなのに、私には薄っぺらく映る。ここ最近の忙しさで心が屈折してしまったのか?
「……では、次の用件に移りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします、ナイトロード卿」
何故か国王ではなくシエル様がお答えになったが、特に構うことも無く話を進める。
「近頃王都でも有名な『S』と呼ばれる冒険者をご存知ですか?」
「うむ、知っているぞ。噂で聞いた程度だが、ドラゴンを素手で倒した程の豪傑らしいな」
聞いたことが無かったのだろう、シエル様が驚きに目を見開く。初めてその噂を聞いた時は、私なんかは鼻で笑ってしまったから、気持ちは分かる。
「私はその冒険者について個人的に調査していました。その結果、というよりも昨日の出来事からの推測ではあるのですが……件の冒険者とワタラセ様が同一人物である可能性が、極めて高いのです」
「なにっ!? あ、いや、そうか。ワタラセ殿は『聖域』を破壊したのだったな。身体的特徴も一致しているし、ワタラセ殿にも勇者としての力が秘められていたのか……?」
流石は国王陛下。私が伝えんとすることを全て理解なされたようだ。
「アレックス、どういうことですか? 偶然の一致が続いたというだけでは」
「両者とも黒髪黒目。冒険者は老龍の単独討伐、ワタラセ様は『聖域』の破壊、どちらも常人では不可能なことをやってのけた……」
そして、これが一番の要因だ。
「おまけに、冒険者の方は『変幻自在な虹色の何か』を持っているそうだ。私は昨日、ワタラセ様が『虹色の翼』で空に飛び立つのを、この目で確認している。ここまでの一致が、ただの偶然で済むとは思えない」
「た、確かに……」
信じられないことだが、そう考える他無いのだ。その他の細々とした情報でも、幾つかの一致が見られる。
「……『S』とワタラセ様が同一人物である可能性は、大いにあります。しかし今は、それよりも重要な問題があるのでは?」
クリスティーナが指摘したことは、全員が感じていて、それでも言うことを躊躇っていたことだ。
「ミドウ様が、ワタラセ様について行かれたということが、何よりも大きな問題です……」
押し黙る。切り出してくれたクリスティーナには申し訳ないが、このことは私の早まった行動が裏目に出た結果だ。私から何を言うこともできはしない……
視線を巡らせると、俯くシエル様の御姿が目に入った。ご自身の浅慮を悔いているのだろうか。事の発端が自分の暴走であると理解なされているのだな。
「どこに向かわれたのかの見当もつかず……このまま魔族に攻められれば、私たちは確実に負けてしまう……」
王の間が悲壮感に満ちる。クリスティーナでさえ何を言うこともないままに重苦しい時間が続くかと思われた。
その時だ。
「な、なんだっ!」
突如として床に魔法陣が描かれ出したのだ。
「な、なんて魔力量なの……!」
徐々に形をなしていく魔法陣を見て、私は咄嗟に剣を抜いた。何故ならその魔法陣は転移系の魔法陣だったからだ。
強烈な発光。それでも魔法陣から目を離すことはなく、臨戦態勢を保ち続ける。もしかしたら魔族が直接に乗り込んでくるかもしれない。
だが、それは杞憂に終わった。
「み、ミドウ様っ!?」
魔法陣から現れたのは、勇者様だったから……
誤字・脱字の指摘、感想、評価などをお待ちしております。




