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人外さんの異世界旅行記  作者: 洋風射手座
第四章 頑張る人外さん
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第一次リュケイア戦争・後

いつもとは違う時間帯の投稿となりました。


ごゆっくりお読みください。

「………………『妻』?」


 十畳は余裕である部屋全体を、絡みつくようなプレッシャーが襲った。


 言うまでもなく、発生源は御堂だ。魔力とは異なるその威圧感は、周囲の大気を揺らしているようにさえ見える。


「カグラちゃん……それは、どんな冗談かな……?」


 光が宿ってない目で薄っすらとした笑みを貼り付ける御堂がそう言うと、膝の上で耳の先まで硬直させていたカグラがピクリと動いた。


 瞬間、銀色のオーラがカグラから立ち上った。不可視のプレッシャーとぶつかり、せめぎ合う。


「……そのセリフは、心外」


 冷たい声。そこに存在するのは、突き刺さるような敵意。


「へぇ、冗談じゃないって言うんだ……」


 対する御堂の声からは何も感じ取れない。まるで暗闇を連想させるような、そんな声。


 対峙する両者。並の人間ではいるだけで意識を刈り取られるだろう濃密な緊張を孕んだ空気に、更なる波紋が広がった。


「……やる気か? ミドウよ。もしもカグラやシンイチに危害を加えようものなら……我も容赦はせんぞ?」


 存在感。


 その場においては異質ともとれるバロックの凄みに、しかしながら御堂は臆すことなく食ってかかる。


「渡良瀬くんをそんな目には合わせないよ……それより、あなたは何なのかな? 彼を呼び捨てにするなんて、相当馴れ馴れしいみたいだけど」


 やはり勇者と言ったところか、御堂は一切怯まずにバロックに問うた。


 挑発的なその言葉に、バロックはほんの僅かに恥じらいを見せて答えた。


「当然だろう。我は、シンイチの……嫁、だからな」


「………………『嫁』?」


 場が更に緊張する。呼吸することも憚られるような、静寂。


「……それはつまり、一夫多妻、ということ? 質の悪いジョークなら、やめて欲しいなぁ……」


「生憎と、我はつまらぬ戯れは嫌いでな。嘘などはその最たるものであるからして、絶対に吐かないと決めているのだ」


「……私“たち”の想いを穢すのは、許さない……!」


 睨み合いが続く。いつの間にかカグラは立っていて、その銀の尾は九本に増えている。よく見れば、バロックの深紫の長髪などは紫電を纏い始めていた。


 古龍……それがバロックの正体だ。この異世界で「絶対種」と呼ばれるドラゴンの、その中でも最強に位置する実力の持ち主。


 銀狐……狐人族の始祖たる伝説の妖狐。カグラはその魂を受け継いでいる。まやかしを見抜くスキルに合わせ、銀狐のみが使役できる力をその身に秘めている、意外な強者。


 そんな二人の殺気にも似た鋭い視線を気に留めた様子も無く、規格外の魔力を誇る勇者の御堂はプレッシャーの矛先を変えた。


 どこに?


 決まってる。


 俺に、だ。


「ねえ、渡良瀬くん」


「……なんでしょうか?」


 嫌な汗が吹き出てきた。背中に張り付いた服が酷く冷たくて、気持ち悪い。


「この人たちが言ってるのは、本当のことなのかなぁ……?」


「……はい」


「ふーん……じゃあ、他には何人くらいいるのかな? カグラちゃんの言い方だと、どうも二人だけでは無い感じがするんだよね」


「……さ、三人います」


「そうなんだぁ……会ってみたいな。きっと、元奴隷の女の子たち……だよね?」


 ば、バレてる。


 くそっ、ここはなんとしてでもユリアたちを守らなければ。この場に連れてきたら、熾烈な争いに巻き込まれてしまう。


「会ってみたいと言われても、他の子たちは全員離れたところに住んでるから……」


「会ってみたいなぁ……」


「ちょっと走ってきます!」


 ごめんよ、俺の力が足りないばかりに……!


 そうして俺は、対立する二つの勢力の間を音の速さで抜け出し、狐人族の里を飛び出していった。






「あなたたちが……」


 およそ一時間後。俺はリュケイア大陸を駆け回り、三人の亜人娘たちを狐人族の里に連れてきていた。リリシアを連れ出すのに反俺派のエルフどもと決闘していたら、こんな時間になった。


「なな、何よこの空気……」


 リリシアの顔から血の気が引いている。いつもは素直じゃないお姫様がビクビクして服の裾を握ってくるその姿はとても愛らしい。


「シンイチさん……!」


 怯えながら反対側の裾を握るエレン。こちらもふるふると小さく震えていて、庇護欲を掻き立てられる。


「? おねえちゃん、おかおこわいぞー? どうしたんだー?」


 一方でユリアは状況を全く把握できておらず、首を傾げるだけだ。予断なく御堂を警戒するバロックの胸に顔を埋めて遊んでいるあたり、彼女は大物なのかもしれない。


「渡良瀬くんって、意外とプレイボーイなんだね……」


「……自分ではそんなつもり、無いんですけどね」


 目を逸らしつつ。


「それに、バロックさん以外は全員幼女だし」


 言うなよ、結構気にしてんだよ。五年経てば全員が成人するはずだからいいだろう?


 などと言えるはずもなく、押し黙る。


「シンイチさん、あの人は……?」


「あ、ああ。あいつは御堂 栞っていって、俺と同じ世界から来た奴だ。どうしてか今はお怒りみたいだけどな」


 いやいや、ここまで来れば流石に分かるよ? けどさ、だからといって俺から動くもんでもないっていうか、なんというか……


 誰に対してか不明な言い訳をしていると、エレンが俺にくっついたままながらも果敢に攻めた。


「あ、あの、ミドウさん!」


「……なぁに?」


「へぅ……」


 勇者の暗い微笑みでリリシアが気絶した。だがエレンはなんとか堪えたようで、再度口を開く。


「どうして怒っているんですか? 私たちが何かしたのなら、謝ります」


「……別に、謝罪はいらないよ」


「な、ならどうすれば……」


「渡良瀬くんから離れ……ッ!?」


 言葉の途中で御堂が驚愕に目を見開いた。その側ではバロックが顔面蒼白になり、カグラの尻尾が一本に戻っていた。三者ともに、今までのプレッシャーをどこかに忘れてきてしまったのか。


「……え? すいません、よく聞こえませんでした。もう一回、仰ってもらえますか……?」


 ゆらり、と何かがすぐ脇で蠢いた。


 体が硬直して動かない。目だけを「何か」の方に向けると、そこには「阿修羅」がいた。


 いや違う。ここにいたのはエレンのはずだ。茶色い犬人族の少女がいたはずだ。


 襲いくる恐怖を押し殺して、阿修羅の正体を探る。


 こ、これは……エレンの殺気? 殺気が像をなして、恐怖というイメージを具現化したのか……って、なんだそりゃ。


 そこにいたのはエレンだった。聖母のような笑みを見せる彼女だが、以前にバロックを紹介した時と同じオーラを放ってる。


「ミドウさん、先ほどは何て仰ったのですか? シンイチさんから、どうすればいいんですか?」


「あ、えっと、その……」


 勇者、涙目である。瞳の奥に混沌を宿したエレンが一歩踏み出すと、御堂は一歩下がる。それを何度か繰り返した時、遂に逃げ場が無くなった。


 どこまでも圧倒的。


 カグラとバロック、二人の強者と同等に相対していた御堂が、なす術もなく追い詰められてしまった。それだけでなく、味方であるはずの二人をも萎縮させたエレン。


「私とシンイチさんは夫婦なんですよ? 部外者であるミドウさんがその仲を切り裂くことなんて、できませんよね?」


「ぶ、部外者じゃない! 私だって……」


 追い打ちをかける犬耳娘に、メガネ少女は声を震わせながらも反駁した。


「私だって、渡良瀬くんのことが好きだもん!!」


 強く目を瞑り、叫ぶように告白する。必死なその様子を見ても、エレンから漏れ出る威圧感は止まらない。


 ……しかし、なんつーか、なぁ。どうしてこうも好意を抱かれるのか、自分でも不思議だ。こう言っちゃなんだが、俺って無愛想じゃないか? 容姿が悪いとは思ってないけど、それにしても性格に難があるだろう。上手く笑えない、どころか無表情らしいし。


 それでも……好きだと言われるのは、なんとなく嬉しい。照れ臭いけど、嫌な気分じゃない。


 随分とまぁ、柄にもなく気持ち悪いことを語ってると思っただろ?


「シンイチさん? ミドウさんに、一体何をしたのですか?」


 現実から逃げるには、そうするしか無かったんだよ……!


 阿修羅に捕捉されてしまった。それだけのことで、耐久値が一億を超える俺は身じろぎ一つできなくなる。


 あと、エレンさん。それは俺が聞きたいです。俺が一体何をした?


「あらら? うふふふふ、仲がよろしくて、微笑ましいことです」


 戦禍が目の前に迫ったその時、一筋の希望の光が見えた。その光は徐々に大きくなり、辺り一面を覆い尽くした。


「けれど……少々、甘いと言いますか。貴女方は伴侶としての心構えがなっていないように見受けられます」


 もちろん、それに反抗する者たちがいる。いがみ合っていた者同士が結託し、降り注ぐ光へと睨みを利かせる。


「先ずは、そうですね……ミドウ様、と仰いましたか? 貴女からです」


「な、なんですか?」


「自らの想いを告げることもせずに、彼女たちに勝とうと思わないことです。絆の前に、力は何の意味も持ちません」


「!」


「とはいえ、つい先ほどその条件は満たせたようですけど」


 糸が如き細い目を僅かに開き、視線を動かす。


「次はエレン様に一言。妻とは、夫を束縛するものではなく、支えるものなのです」


「!」


「ご理解いただけましたか? カグラとバロック様については、言うことはありません。まだまだ未熟であるとは思いますが……」


「……くっ」


「むぅ……」


「そして、これは全員に言えることでございますが……皆様、夜のことはお考えで?」


「よ、夜……?」


「分かりやすく言えば『えっち』のことです」


「「なっ!?」」


「そも、ワタラセ様は尋常ではない体力をお持ちでございます。それこそ、一晩中動き続けることが可能な程に」


 え、ちょっと、何の話をしてんの? 希望の光の正体は当然ヤヨイさんなわけだが、それにしても何の話をしてくれちゃってんの?


「加えて、未だに経験は無し……溜まりに溜まった欲望を、貴女方は、一人で受け止めることができるとお思いですか?」


 本当に何を聞いてるの? 御堂もエレンも顔が真っ赤になってるよ。カグラとバロックはめちゃくちゃ真剣な目をしてるし、どういうことなの?


「実体験から言わせてもらいますが……一晩の奉仕は、辛いですよ? 故に妻が複数人いることは、ワタラセ様にとっては必須なのです」


「「そ、そんな……!」」


 あ、これはダメなパターンのヤツだ。完全にヤヨイさんに呑まれてる。御堂とエレンがシンクロしてる時点で、ダメだ。


「貴女方は同じ人を好きになった。普通ならばいがみ合うところではありましょうが、ことワタラセ様に関しては、手を取り合うべきだと、私は思うのです」


「「………………」」


「皆が集まって、一人の『妻』となる……きっとワタラセ様もそれを望んでいます。大切な人たちが争うのは、とても苦しいことなのですから」


 二人ともが、罰が悪そうに顔を俯けて視線を交わした。そこにあるのは敵愾心ではない。


「僭越ながら、私がその仲を取り持つ役目を引き受けたく……手始めに少しばかりお話を。ええ、難しいことではありません。簡単な『夜伽のーーー」


 シャットアウト。


 こうして、第三勢力の出現によって争いは終結。平和な時間が訪れましたとさ。


 めでたし、めでたし。




夫婦の夜が云々のところは、あくまでヤヨイの持論です。念のため書いておきます。


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