乙女と人外
ちょっと長めで、雑になってるかもしれません。気になったらご指摘ください。
ごゆっくりお読みください。
「……ごめんね、渡良瀬くん」
「別に構わねーよ」
泣き止んだ御堂は俺を見つめた。メガネ越しの赤い目には、どこか安堵のようなものが感じられる。
「……色々と聞きたいことがあるんだけど……」
しかし疑問が大きくなったのか、そんなことを言った。あまりにも突然の訪問だったからな。奴隷になったはずの人間が勝手に行動してることなんか、普通はあり得ないんだし。
「ああ、答えてやるよ。けどその前に……」
今まで心配かけた詫びとして、答えられる範囲で何でも答えてやる。それは当然なのだが、如何せん……
「ちょっと離れないか?」
……ピッタリと密着したままではな。こちらとしてはあまり嬉しい状態ではない。
しかし、御堂は回した腕に更に力を込める。
「……嫌だ。やっと会えたんだもん」
もん、て。キャラが変わってはいませんかね、御堂さんや?
まぁ、唯一の同郷出身者だしな。そこまで親しい仲だったわけではないとしても、寂しさや不安を分かち合うことはできたと思う。御堂の場合、俺がいなかったから一人で抱え込んでしまっていたんだろう。
慣れない環境、いつ起きるともしれない戦争、自身に宿る圧倒的な力、頼れる人がいない状況……
これだけのことがあれば、精神的な疲労も相当に溜まるはずだ。
今の御堂は、蓄積した感情が溢れ出てしまっているんだろう。普段ならしそうにないことをしてもおかしくはない、か。
抱きついてくる彼女の体は小さく震えている。これが不安に苛まれていたという何よりの証拠となる。そう考えると、引き剥がすのは気が引ける。
その内に落ち着いて自分から離れるだろう。それまではこのままでいてあげよう。
「そっか。じゃ、聞きたいことを聞いてくれ」
我侭を言ったと思ってはいたのか、少し強張っていた御堂の表情がパッと明るくなった。
「! ……それじゃ、先ずは……」
向こうの世界では見たことのない子どもっぽい顔だった。俺はキリッとした御堂しか知らないから、ちょっと新鮮だ。
その後は、御堂の質問に答えを返す時間が続いた。どうやって奴隷から脱したのか、今まで何をしていたのか、今はどうしているのか。そんな感じだ。
返答には幾つかのフェイクを入れさせてもらった。奴隷から解放された理由なんかについては暗い部分なので教えたくなかったからな。
それと、俺の実力や結婚のことについては隠しておいた。
そうやって一時間ほど経った頃、ノックの音が聞こえた。
「! 誰か来たな。悪い御堂、そろそろ行かせてもらうわ」
「え? ど、どうして?」
「あー、王国の奴らとあんまり関わりたくないから、かな」
外に声が聞こえないように、声を潜めて喋る。
バルコニーに続く窓に手をかける。最近になって蹴った場所を穿たない高速移動の方法を身につけたから、一瞬でこの部屋から逃げ出すことができる。ハルをハンググライダーの形にすればかなり遠くまでいけるしな。
「ま、待って! 私に考えがあるから、行かないで……!」
バルコニーに出る寸前で腕を引っ張られた。それを行っているのは、今にも泣きそうな御堂。
……す、凄い心苦しい。
「な、泣くなよ……どうすればいいんだ?」
「こっちに来て!」
引かれていった先には、クローゼットらしき扉。
「ここに隠れてて!」
「お、おう……」
御堂の勢いに若干戸惑いながら、押し込まれるようにして扉の中に入る。その際何かに触れるが、感触からして布の類だ。推測通りここはクローゼットだったらしい。
『じっとしててね』
扉の向こうから御堂の声が聞こえた。見えないけど、とりあえず頷いておく。
『……どうぞ』
『失礼します、勇者様』
誰かが入ってきたみたいだ。
どんな状況になっているのかを知るために耳をそばだてていると、急に背筋が寒くなるような感覚を得た。
これって、召喚直後に感じたのと同じ……
『強大な魔力反応が感知されました。あの女性も、マスターに近しい化け物ですね』
やっぱり。これは魔力を直接当てられた時と同じ感覚だ。プレッシャーをかけることで注意力を散漫にさせ、クローゼットに気を向けさせないという作戦か。
それにしてもハルは失礼だな。俺がヤバイのは既知のことだが、御堂にまで言うとか。初対面だろう。
因みにだが、今のハルはコードレスのイヤホンみたいになって右耳に収まっている。と言っても、切り離した一部分をそうしてるだけだが。こうすると、周囲にバレることなくハルと会話できるのだ。
『何の用?』
『っ! そ、その、そろそろ朝食の準備が、整うとのことです……』
『そう。分かった』
『ひゃい、し、失礼しまひた……!』
『待って。今日はここで朝食を摂りたいの。持ってきてくれる?』
『こ、ここで、ですか……?』
『何か問題がある?』
『いえ! 何もありません!』
『なら良かった。量をいつもより多めにしてくれると嬉しいな』
『わ、分かりましたっ!』
右手のブレスレットが何やらうねうねと動いているのを感じつつ聞いたのは、そんなやり取りだった。訪問者はかなり緊張していたな。心の中で謝っておこう。
『出てきていいよ』
許可を受け、クローゼットから脱出する。途端、より魔力の濃度が高まった気がした。
「……窓を開けてもらってもいいか?」
「え……あ、ごめんね! やり過ぎちゃったみたい……」
俺の言わんとしてることが分かったのか、御堂が慌てて窓を開けた。外の空気が流れ込み、気分が良くなってきた。
「大丈夫だった……?」
心配そうに覗き込んでくる御堂。よく見ると目の端に涙を溜めている。そこまで責任を感じさせちまったのか?
「そんなに心配すんなよ。俺のためにやってくれたんだろ? なら怒ったりしねーよ」
ポンポンと頭を撫でてやる。万能必殺技の頭なでなでだが……御堂はエレンたちとは違うし、もしかしたら嫌がられるかも……
「わ、渡良瀬くん……!」
うおっ、顔が真っ赤になった。でも振り払われたりしないし、嫌だというわけではなさそうだな。安心だ。
「あっ……んぅ……!」
何だ? いきなり御堂が吐息を漏らしてプルプルと震えたかと思ったら、腰が抜けたように俺にしなだれかかってきた。
「んっ、はぁぁ……」
崩れ落ちそうな御堂を支えてやると、今度は満足そうに息を吐いた。
……んー、なんつーか、こう……
『え、エロいですね……』
言っちゃったよ、この金属っ娘。唾液の分泌なんてしないくせに「ごくり……」って生唾を飲み込む音まで表現してる。
ただ、その、言っていいかは分からないが…………俺も、そう思った。
漏れ出た声や吐息は、どことなく艶かしい。というか……ユリアに胸を揉まれたバロックと反応が似てるんだよな……
「ご、ごめん……急にこんな……」
「えっ、あっ、いや、別に……」
ヤバイ、自分でもテンパってるのが分かるくらいに言葉が出てこない。ピッタリとくっついた状態からの「涙+上目遣い」はあまりにも強烈過ぎた。
『……マスター、初心ですね。もしかして未経験ですか?』
うるせえよそもそも恋愛経験が皆無だよ十八歳童貞だよ悪いかこの野郎。
「も、もうちょっとだけ、このままで……」
とろんとした目で呟く御堂に、俺は何もできずに固まっているしかなかった……
十分ほど経ってようやく御堂が落ち着いたところで、再度のノック。示し合わせ、俺はクローゼットの中に隠れる。
『ち、朝食をお持ちしましたっ!』
『うん、ありがとう』
『でででは、失礼しましゅ!』
声が裏返っている訪問者を哀れに思いつつクローゼットを出ると、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。
「あの、迷惑じゃなかったら……」
「大丈夫、分かってるよ。俺も一緒に食べる」
「! じゃ、じゃあ、そっちの椅子に座って!」
いそいそと準備をする御堂に内心で苦笑しながら、勧められた席に着く。
しかし……この量は明らかに二人前を超えてるな。女性が多めにと言ってこれを出すというのは、些か……
御堂が席に着いたのを見計らい、食前の言葉を。
「「いただきます」」
とは言ったものの、用意された食器は一人分だ。このままだと、俺は手掴みで食べることになってしまう……
と思った方は残念。こちらには変幻自在の金属があるのです。ハルにナイフやフォークになってもらえば、それで……
「わわ、渡良瀬くん……!」
そんなことを考えて右手を見ていると、緊張気味の声が聞こえた。視線を上げると、目の前には宙に浮く料理が……って、フォークに刺さってるんだけどさ。
問題はそれをなす御堂の次の発言だった。
「あ、あーん……!」
!?
この半年で五人の嫁を手に入れた俺に、過去最大級の試練が。
……いや、食器が無い俺を思っての行動なんだろうけどさ。ちょっとズレてるとは思うが、元の世界でも俺に話しかけてくる物好きではあったし、変わったところがあると認識しておけばいいか?
意を決し、差し出された料理を口に含む。
…………………………
「美味っ! なんだこれっ!」
「そ、そう? 良かった……」
おっと、あまりの衝撃に叫んでしまった。美味過ぎてどうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。許して欲しい。
「渡良瀬くん、次はどれが食べたい?」
高評価が嬉しかったのか、御堂が顔を綻ばせた。自分で作ったわけではないにしても、いつも食べている物が褒められるのはなんとなく嬉しいんだろう。
「じゃあ、次はそっちの……」
結局、テーブル上の四分の三が無くなるまで御堂からの「あーん」を受けていた。最初の恥ずかしさはどこに行ったのか。
まぁ、後に頬を紅潮させて料理を食べる御堂を見て、「あ、これ間接キスだ」と思ったのは……仕方ないだろう?
美味し恥ずかしの朝食を摂り終えた後は、小一時間ほど昔話に花を咲かせていた。主に御堂の思い出話を聞くだけだったが。
楽しそうに語る御堂を見て、ふと疑問に思った。
「なあ、御堂。お前、元の世界に帰りたいとは思わないのか?」
「え……どうしてそんなことを聞くの?」
「特に理由は無いんだが……なんとなく、な」
例えここで何と言おうと、俺たちは元の世界には帰れない。なのに何故、こんなことを聞いてしまったのか、自分でも分からない。
「……私は、そこまで帰りたいとは思わない、かな」
返ってきたのは、弱いながらも……否定だった。
「家族や友達に会いたいとは、思うよ……でも、もう帰れないなら割り切るしかないし……」
微かに悲しげな表情を見せる御堂。
その表情は、一瞬後には晴れやかなものとなる。
「それに……この世界には渡良瀬くんがいるから!」
だから、帰れなくてもいいかな……
そう零した御堂の笑顔は、俺の目にとても可憐に映って……
『聖域!!!』
光の円柱が俺を閉じ込めた。
「ワタラセ様っ!」
唐突な出来事に驚いていると、甲冑を身に纏った一人の男が部屋に飛び込んできた。
その顔を見て思い出す。こいつは騎士団長だ。
「渡良瀬くんっ!?」
御堂の驚愕をよそに、俺は思考していた。
ーーーどうしてここにいると分かった?
騎士団長の胸元の紋章が光ってるのを見て、その問いに対する答えを仮定する。
あの甲冑に施されているのが、探査の魔法だとしたら……
俺は一応は勇者だし、魔力量が植物以下の特異な存在だ。魔法なんていう便利な技術を使えば、見つけることは容易なのかもな。
「渡良瀬くんに何をしたのッ!?」
「落ち着いてください、ミドウ様。これは彼を害するものではございません。むしろ、あの光の中にいる限りは絶対安全だと保証します」
吼える御堂に、騎士団長は冷静に対応する。確かに何のダメージも無いし、言ってることは真実なんだろう。
「……で、何の用だ? 話だけは聞いてやる」
俺から切り出すことで御堂を抑える。怒りで魔力が溢れ出ていたが、今ので少しばかり勢いが弱まったように見える。
「先ずは手荒な真似をしたことをお許しください。そして図々しくも、お願いがあるのです」
「……お願い?」
跪き頭を垂れる騎士団長に面食らうも、話を進める。どうせ俺にとっては得になることじゃないんだろうが……
「魔族との戦争において、我らを指揮して欲しいのです。それが駄目ならば、この国の政を……」
「断る」
「なっ……こちら側で最高の待遇を用意します! 王女の横暴も私が防ぎましょう! ですから、どうか……」
「残念だが、俺にはそんなことをする義理は無いんでな。帰らせてもらうよ」
拒絶して、軽く腕を振る。それだけで、ガラスが割れたような音と共に光の円柱が砕け散る。
「えっ!?」
騎士団長の目が見開かれるが、それを無視して御堂に正対する。
「悪いな、御堂。また今度会おうぜ」
「あっ、待って……」
伸ばされた手を避けるようにバルコニーに向けて駆け出す。
「ハルっ!」
『了解です』
右手を突き出すように前方に飛び出し、宙に身を放り投げる。
同時、ハルがブレスレットからハンググライダーのような形態に変化し、揚力を受けて急上昇。そのまま滑空していく。
「ワタラセ様ぁっ!」
騎士団長の声が遠くに聞こえたが、振り返ることもせずに俺は王都から脱出した。
「……完全に失敗だったな」
思わず舌打ちをしてしまう。まさか見つかるとはな。騎士団や魔法を舐めすぎていた。
リオス大陸の西端、ノーグラスに最も近い場所に降り立つ。ここら辺には人が殆どいないから、誰かに見つかる心配というのも無い。その代わり町も何も無いから、住むこともできないんだがな。
「この調子じゃ、俺と『S』の関係性もバレたかもな……ん?」
激しく後悔していると、腰に何かが結びつけられているのに気がついた。
薄青色に光るロープ状の物が、腰の後ろから伸びている。そのロープの先に目を遣ると……
……気絶した御堂が、そこにいた。
ちょっと流れが不自然だったかも……
今後の更新も二、三日に一回になると思います。
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