四ヶ月後
第四章、開始です。
前半は三人称になっています。
ごゆっくりお読みください。
「おい、聞いたか?」
一人の冒険者が、興奮した様子で相方の冒険者に話しかける。全く要領を得ない問いかけだが、相方はその意を汲んで頷く。
「いや、まだだな。一体何をしたんだ?」
「ははっ、聞いて驚くなよ?」
とある町のギルドの酒場で杯を片手に喋る二人は、何の変哲もない普通の冒険者。
強いて言うなら、彼らは二人ともAランクのベテラン冒険者だということぐらいだ。
「今度はレッドアイスネークの群れを単独で全滅させたんだ」
「Aランク魔物か。どれくらいの規模だったんだ?」
「三十匹だそうだ」
「三十? そいつはまた、とんでもないのを相手にしたな。Sランクの討伐依頼じゃないか」
「巣に突っ込んでから一分かからずに終わったらしい」
「現実味の無い話だぜ……」
Aランクコンビの二人はとある冒険者の噂話に花を咲かせながら、杯の中の酒をちびちびと飲んでいく。
ーーーレッドアイスネーク。
話題の中に出てきたこの魔物は、名の通りに赤い目を持つ巨大な蛇だ。
個体差はあるが、体長十メートルを超えるものもいる赤眼の大蛇は、その実一匹一匹の脅威は然程でもない。
動きは速いがBランクでも対処は可能。牙から出る毒と締めつけにさえ気をつければ、割合容易に狩れる魔物だ。
では何故、レッドアイスネークはAランクの格付けがなされているのか?
それはコンビの会話からも察せるように、奴らが群れをなす魔物だからだ。
個々の能力値がそこまで高くないレッドアイスネークだが、群れを作ると脅威度が跳ね上がる。
奴らには特殊な器官があり、その器官を用いてお互いに意思疎通をしあっている。
そのため、二匹以上のレッドアイスネークは連携して動くことができ、これが中々に曲者なのだ。
しかも、レッドアイスネークは個体の生存よりも集団の生存を重視する、十のために一を切り捨てる魔物だ。その性質故に、一匹を囮にして他の個体が獲物を仕留めるという戦法を使ってくる。
こんな厄介な蛇だが、基本的に単独行動はしない。大抵は五匹ほどの群れをなして行動しているため、ギルドからはAランク魔物と認定されているのだ。
Aランク……要するに、Aランクの冒険者が複数人で挑むべき魔物だ。
三十匹ものレッドアイスネークが群れをなしているとすれば、それはSランク冒険者が出張ってくるような問題となる。それも、最低でも三人は。
それほどの依頼を単独でこなしたという冒険者がいる……きっとその人物は、凄腕のSランク冒険者なのだろう。
だが、
「しっかし、そんだけの実力があってなんでAランクに甘んじてんだろうな」
「なんでも、王国に名を知られたくないらしいぞ。何かしらの因縁があるとかで」
真実とは奇妙なもので、その冒険者はAランクとして活動している。理由があるそうだが……
「ま、謎の多い『砕く者』のことだ。実は王族だった、なんて言ってもおかしくないぜ?」
「はははっ! 言えてらぁ!」
「よぉし! 今日も飲むぞー!」
アルコールが回ってきたのか、少しずつテンションが上がってきている冒険者コンビ。彼らの夜は長そうだ。
騒がしくなりつつあるギルドの酒場を、一人の人が立ち去ろうとしていた。
目深にフードを被り音も立てずにその人は、適当に勘定を済ませると足早にギルドの扉を潜った。
フードの人物はそのままギルド直営の宿屋に向かい、淀みない足取りで事前に借りていた部屋へ入った。
ドアを閉めたところでフードを取る。夜の闇と同じ黒の髪が零れ落ち、その冷ややかな双眸が見えるようになった。
男だ。その背格好からも察せるところだろう。
男はフード付きのローブを脱ぎ捨てると、ベッドに腰掛けて大きな溜息を吐いた。器用にも表情筋を殆ど動かしていない。
その男は独り、口を開いた。
「なんだよ、『砕く者』って……」
頭を抱える男に、どこからか声が投げかけられた。無機質な少女の声。
『マスターの異名ですね。出会う魔物を悉く粉砕していく様子から付けられたものだと推測します。というか絶対そうです』
「いや、分かってるよ、それぐらい……」
マスターと呼ばれた男は視線を右手首に向ける。そこには、虹と形容するのが最も近い、色合いが変遷し続けるブレスレットが嵌められている。
『ヘイマスター。落ち込んでる姿が様になってるな!』
「急にどうした。それに、そこは似合わないと言うとこじゃないか?」
『いえ、空気を乱そうと思ったのですが……』
「完全に嫌がらせじゃねぇか……」
まるで機械音のような少女の声の発生源は、男の右手にあるブレスレットだった。
ふざけた会話を続けながら、男は腰に下げていた巾着の中身を確認する。
「……魔銀貨三枚、白金貨六枚、金貨が十二枚に、銀貨が七枚。日本円換算で……三千七百二十万と七千円か」
この世界の人間社会において最高価値を持つ魔銀貨を三枚保持するこの男は、資産だけで言えば下級貴族と変わらない。
さて、ここまで来たらこの男の正体はもうお分かりだろう。
彼こそが、ギルドの酒場で冒険者コンビに噂されていた冒険者。
多くの異名を持ち、その規格外の力で他の冒険者の畏怖と敬意の象徴となっている、本名不明の冒険者。
そう、彼こそは。
「あー、あいつらに会いに行こう」
四人の美少女と一人の麗人を同時に妻とし、生態系の頂点に君臨する龍を配下とした人ならざる人……
人外ハーレム鉄面皮男、渡良瀬 晋一である。
『! なんでしょう。私に似た波動を感じました』
「奇遇だな、俺もお前とよく似た何かを感じたよ」
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バロックが正式に俺と結婚することになってから、四ヶ月経った。一応バロックにもユリアの成人まで待ってもらうことにしてるから、婚約だな。
で、その四ヶ月間なのだが、俺は冒険者としてリオス各地を歩き回っていた。一人で……もといハルのみを連れて。
道中、色んなことがあった。盗賊団を懲らしめたり、ゴブリン二百体を殲滅したり、幼龍に懐かれたり、ジャンプしてリュケイアに行けるようになったり……
そんな感じで、ちょいちょい依頼をこなしながら建築に精通した人を探していたのだが、中断せざるを得ない状況になった。
ゲルグの爺さんからの紹介でルーフィムの建築士の所を訪れていた時だ。街の大通りを揃いの甲冑を装備した数人の男たちが闊歩していた。そいつらの胸元にある紋章に見覚えがあるなぁ、なんて思っていたら、奴らはマグジェミナの騎士団だった。
どうやら俺を探しているらしい。どういった経緯でそんなことをしているのかは知らないが、見つかったら間違い無く面倒なことになる。
そう考えた俺は、特徴的な黒髪を隠すためにローブを購入し、すぐにルーフィムを発った。
一旦キュボエに戻ったのだが、なんとそこにも騎士団の連中がいるではないか。そいつらがいなくなったのを見計らって爺さんの元に行くと、今度は「S」「屠龍」「拳神」などと呼ばれる冒険者を探しているとのこと。
……王都まで広まってるのか、その二つ名。ドラゴンを単独で討伐すれば有名になるのは当然だけどさ。来たる魔族との戦争に備えて少しでも戦力が欲しいんだろうな。
爺さんによると、騎士団は件の冒険者の名前を知らないらしい。俺にとっては僥倖だ。
渡良瀬 晋一とその冒険者が同一人物だとはバレていないだろう。なんせ、元勇者としての俺は超低魔力の役立たずだったからな。
それで、騎士団による捜索が終わるまでリュケイアに逃げようとしたのだが……なんと、リュケイアにも騎士団がいた。シームンの町で危うく見つかりそうになってしまった。
ユリア父の所にも捜索の手が伸びたようだが、誤魔化しておいてくれたようだ。曰く、「大事な息子を厄介事に関わらせたくない」とのこと。その心遣いに思わず涙しそうになったのは内緒だ。
騎士団がどうしてリュケイアに来ていたのか。それは、渡良瀬 晋一がリュケイアに向かったという情報が手に入ったからだそうだ。
それを聞いて、やっと理解した。その情報の発信源はグロウだ。あいつが奴隷だった人たちの保護を王国側に要求して、何らかの形で王国が俺の存在を知ったのだろう。
そうすると、俺が奴隷から解放されていることも知っているだろう。
なら、騎士団が俺を探す理由は大きく分けて二つ。
一つ目は俺の身柄を保護すること。王や騎士団長は勝手な召喚に罪悪感を覚えていた節があったし、無力な俺を野放しにすることはマズイと考えてるのかもしれない。公認奴隷なら最低限の衣食住は保障されるし、そっちになるかもな。
二つ目は、あまり考えたくはないが、第一王女であるシエルが俺を殺そうとしているということ。あいつの理不尽な怒りが未だに続いているということだ。
もしそうであったとしても、今の俺なら傷一つ付けられることはない。ないが、それだけの耐久値を持っていると知られたら、ほぼ確実に戦争に駆り出される。
この二択のどちらになろうとも、騎士団に見つかってしまえば俺はあいつらに会えなくなる。それだけは嫌だ。
……カインたちを引き連れて王国側を脅すというのも、ありっちゃありなんだがな。けど、力の誇示は国民たちの不安を煽ることになる。別に王国と敵対したいとは思ってないのだし、無駄に波風を立てる必要は無いだろう。
そんな理由があって、俺は渡良瀬 晋一としても「S」としても、騎士団に見つかるわけにはいかなくなった。
現在、俺はゾフォンと出会った町に来ている。リオスの北部には捜索の手が回っていないので、腰を落ち着けていられるからな。
しかし、安息の時間もそろそろお終いのようだった。
お昼時の町中で、ブレスレットから警戒を促す声が上がる。
『……マスター。騎士団らしき反応を捉えました』
「こっちまで来やがったのか……『S』を狙った奴らだろうな」
『どうしますか?』
「……逃げる。走れば問題無いだろ」
『完璧です。マスターに追いつける生き物なんていませんからね』
あまり大きくない町の中央通りを歩きながら、遠くに甲冑の一団を発見。あの鎧には魔法が施されているようで、ハルの魔力感知に引っかかるから事前に察知できてしまう。
逆側の出口へと歩いていると、不意にハルがこんなことを申し出てきた。
『いっそのこと王都に乗り込んでみませんか? 灯台下暗し、ってやつです』
とんでもない発想だ。いくら騎士団がリオス各地に散らばってるといっても、それは一部の団員でしかないはずだ。王都には騎士団の大部分が残っているだろうし、見つかる確率も上がってくるだろう。
だけど……
「……いいな、それ。やってみるか」
『流石マスター、ノリがいいです』
そのリスキーな提案に、俺はあえて乗ってみる。ハルの言う通り、身近にいるからこそ見つかりにくいなんてこともあるかもしれない。
……本音を言うと、潜入ミッションっぽくてワクワクする。実は小学生の時から憧れてたんだよな、メ〇ルギア。
まぁ、顔さえ見られなければ逃げるのは難しくないし、大丈夫。一割くらいの力でもドラゴンの認識を超える速さで動けるんだ。危なくなったら即離脱で。
御堂が何をしてるのかも気になってたし、チラッと覗きに行くのもありかもな。うん、いいんじゃないか?
自分で考えた危険性を一瞬で裏返したり、適当な理由で愚行を正当化しようとする。
この時の自分がバロックを超えるアホだったと思い知らされるのは、翌日のことである……
人外さん、王都に凱旋す……
四ヶ月間の晋一の歩みは、余裕があったらどこかに挟みたいと思います。
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