幕間 苦悩する騎士団長
晋一が亜人娘たちとイチャコラしてバロックがむくれてた時の、とある騎士男のお話です。
ごゆっくりお読みください。
私の名前はアレックス・ナイトロード。マグジェミナ王国第百十五代王国騎士団団長を務めている。七百年前の建国以来続いてきた由緒正しき騎士団の長として、もう三年間この国のために身を捧げてきた。そのことを誇りに思い、日々を全身全霊で生きてきた、のだが……
「団長! しっかりしてください! 団長ぉぉぉぉお!!」
……私は今、過労で死にそうである。実際のところ、魔法による治癒ですぐに快復するのだが、肉体と同時に精神までボロボロになっていては手の施しようがない。
何故こんなことになっているのか?
理由はハッキリしている。この国の第一王女シエル様と、召喚された勇者ミドウ様のせいだ。
……心の内で思うだけなら、不敬には当たるまい。
先ず、原因の一端たるシエル王女だが、本当に手を焼かされている。
勇者様を召喚した際には、ご自分の想い人を失った悲しみを勇者ワタラセ様にぶつけて理不尽に怒り、あまつさえ違法奴隷にしてしまった。
王族が奴隷商人と手を結ぶなど、あってはならないことだ。民からの信用を失墜させる。
それを短絡的に行ったシエル王女だが、私が彼女にとやかく言うことはできない。悔しいが、罪を見逃す他なかった。
ミドウ様はワタラセ様の恋人か何かだったのだろう。ワタラセ様のことを悪く言うと憤慨する。
シエル王女は一度ミドウ様の魔力に中てられて気絶しているが、凝りもせずにワタラセ様を貶すため、その度にミドウ様の怒りを買っている。鎮めるこちらの身にもなって欲しい。
王女様の恋人は国に忠誠を誓う気高い魔術師だったというのに、どうして彼女は……はぁ。
もう一人、その勇者ミドウ様。彼女も彼女で厄介な方だ。
ミドウ様は類稀なる魔力量の持ち主だ。否、人間の常識を超えていると言っていい。
それ故に行使する魔法の威力も桁違いだ。超級魔法を撃った後でも平然としている程。まさしく勇者。
……なのだが、威力が強すぎるためにそこかしこに被害が出ている。森一つを更地にしたり、王城の裏庭にクレーターを作ったりと、騎士団の休む暇も無いくらいに色々やらかしていた。最近は調整ができるようになったのか、そのようなことも減った。
しかし、その代わりに増えたことがある。
魔力漏れだ。
やはりワタラセ様がいなくて寂しいのだろう、時折ふと悲しそうなお顔をされては彼の名を愛おしそうに呼ぶ。それだけならばいいのだが、その後に必ずと言っても過言ではない確率で魔力漏れを起こす。酷い時には王城全てを飲み込むほどの魔力を放出してしまう。
……何もかも、元を辿ればシエル王女の独断が招いた事態だ。彼女がワタラセ様を違法奴隷にしなければ、ミドウ様は彼に会うことができたのだ。もちろん、その時は公認奴隷になっているが。
ミドウ様には、ワタラセ様は公認奴隷になったと伝えてある。そして、勇者様を奴隷の作業場に連れて行くことはできないから、彼に会うことはできないとも。
毎度毎度、ミドウ様と顔を合わせる度に胃が痛くなる。騎士団長として清廉潔白でなければならぬというのに、嘘を吐かなくてはいけない。
……こんな調子だから、心労は溜まるばかりだ。
私には妻がいて、子どももいる。家族を養うためにはこうするしかないといえば、少しは許されるのだろうか?
……いや、そんなことはないのだろうな。
だがしかし、それとは別に嘘を吐く理由がある。
勇者様を召喚した理由だ。
魔族との戦争。
二ヶ月ほど前に魔族から宣戦布告があった。建国当時から何度か争ってきた人間と魔族だったが、その全てが小競り合いとも言えるような小規模の衝突だった。少なくとも、戦争と呼べる代物ではなかったという。
それが一転して、国家の存亡を賭けた争いに発展しようとしているのだ。
そんな状況で人間の希望たる勇者様の機嫌を損ねることはできない。だからこそ、嘘を吐いてでも穏便にことを済ませなければならないのだ。
なにせ、マグジェミナは後手に回るしかないのだから。
人間は飛べない。魔族は飛べる。
リオスとノーグラスは陸続きではないので、人間から攻めるには船が必要だ。
ここで、飛行能力の有無が決定的な差になる。人間は海上戦になったら惨敗する以外の未来が無い。船の上から魔法を撃とうとも、反撃されて沈没するだけだ。
そんな訳だから、いつ来るとも知れぬ魔族の襲来に対して常に警戒していなければならない。
……同時にミドウ様にも気を遣わなければならないのだから、本当に辛い。
苦しい立場にいる私だが、つい先日ミドウ様に嘘を吐く必要が無くなった。なんと、シエル王女がミドウ様に真実を伝えたらしい。
このことを知ったのは、王女様が王城の庭の茂みに突っ込んで気絶していた事件があった後のことだ。
その事件があった日、シエル王女はワタラセ様が違法奴隷になっているということをミドウ様に打ち明けた。
失礼だが、浅慮に過ぎる。殺されるとは考え無かったのか。ミドウ様がマグジェミナに敵対するという危惧は無かったのか。
……意識を取り戻したシエル王女に事の顛末を聞いた親衛隊の者によると、「無かった」そうだ。流石の私も溜息を漏らしてしまった。
ミドウ様にその事実を教えたところで信用など得られるはずがないと、何故分からないのか……
ともあれ事実を知ってしまったミドウ様だが、不思議と落ち着いた様子だった。
曰く、「渡良瀬くんは無事。彼は凄いから」とのこと。信頼しているのだろう。ここまで想われるなんて、ワタラセ様は優れた人徳をお持ちのようだ。王女の勝手な行動で彼を失ったのは痛手だったかもしれない。
たまにミドウ様が語るワタラセ様の評価からすると、彼は途方も無い知力を持っていたことが伺える。魔力が無いに等しくとも、その頭脳によって軍師として活躍できたかもしれない。もしくは、国政を取り仕切って王国を更に発展させた可能性もある。
……惜しい。非常に惜しい。私が王女の蛮行に気づけてさえいれば。それより先に、奴隷の話など持ち出さなければ。
後悔するが、それだけでは彼は帰ってこない。
現在、ワタラセ様の捜索を騎士団の一部隊に任せている。有力な情報が手に入ったからだ。
情報源はグロウという元違法奴隷の男だった。
グロウは丁度一月前に王都にやって来た。数人の元違法奴隷を引き連れて。
王都に来た彼は、連れてきた元奴隷たちの保護を要求した。それに対し、私たちは彼の言うことを疑問視しながらも要求を飲んだ。
奴隷商人から逃げてきただなんて、非現実的にもほどがある。
グロウは自分が商人を殺したのだと主張した。それを事実だと仮定して、私たちは彼を殺人の罪で牢屋に入れ、しばらく様子を見た。
この時点で、私はワタラセ様のことが気になっていた。元奴隷のグロウなら、何か知っているかもしれないと。しかしこの時はまだその件はタブーとして扱われていたため、何もできなかった。
それでつい二週間前、意を決してグロウにワタラセ様のことを尋ねてみた。黒髪黒目の奴隷を見なかったか、と。
するとどうだろうか。グロウはワタラセ様を知っていた。ワタラセ様は同じく奴隷だった亜人の少女たちを家に帰すために、リュケイアへと向かったらしい。
……私は彼を尊敬した。自身の非力を知りながら、それでも尚他者のために動けるワタラセ様の優しき心に、強く胸を打たれた。
すぐさま捜索隊を派遣し、ワタラセ様の情報を集め始めた。幾つか目撃情報は上がっているが、所々でごちゃごちゃになってしまっている。
どうやら、ワタラセ様と同じ黒髪黒目の冒険者がいるみたいだ。
この世界において黒髪黒目は珍しいが、全くいないわけではない。偶然の一致だろう。
というのも、その冒険者は信じ難い戦闘能力を誇ると評判の男なのだ。
「ステータスはSランク冒険者と同等」
「老龍クラスのドラゴンを素手の一撃で粉砕した」
「前人未到の迷宮最下層に挑戦初日で到達し、無傷で帰還した」
S、屠龍、拳神、虹の覇王、無慈悲の鉄槌、その他多くの二つ名を持つその冒険者は、こんなあり得ない人物だと言われている。
単なる噂だろうと思った私だったが、捜索隊によると信憑性のある情報だとか。なんでも、あの「神槍の担い手」ゲルグさんがギルドマスターを務めるギルドキュボエ支部から、単独でドラゴンの討伐依頼を請け負い見事達成した冒険者がいるとの報告がなされているらしい。
きっと、その冒険者が件の黒髪黒目の男なのだろう。
名前が伏せられている点は怪しいが、実在するならばこれ以上にない戦力となる。あのミドウ様に比肩するやもしれん。
過労で机に倒れ伏している私は、今はその冒険者の行方を探すための部隊を編成している最中だった。
「はぁぁぁぁ……」
部下に治癒系の魔法をかけてもらい、肉体疲労を軽減する。これで後五時間は動けるか……
ワタラセ様が奴隷から解放されていることは、シエル王女にもミドウ様にも、王にすら伝えていない。
言ってはなんだが、王は少し抜けているところがある。下手をしてシエル王女がこのことを知ったら、彼女はまたしてもミドウ様の気分を害すようなことを言うだろう。私は学習したのだ。
秘密裏に捜索を進める。これもまた、私のストレスの種となっているのだろうが……
「団長。シエル第一王女の件について、ご報告が」
「……今度はなんだ?」
「王女がバルコニーから落下、気絶した原因が判明しました」
「何? あれは勇者様の怒りが招いたことではなかったのか?」
「はい。王女は飛来した『これ』によって転落したのだと思われます」
言って、部下が机に置いたのは、球状に纏められた衣服とその中に突き刺さる一本の剣、そしてそれを覆う軽鎧だった。
「……これが、王女に向かって飛んできたと?」
「はい。王女と勇者様、二人の証言とも合致するのではないかと」
……確かに、二人とも何かが飛んできたと言っていた。この鎧は騎士団で採用しているものではないし、完全に外部から来たものだろう。
とすると、これが王女を襲ったものの正体か。
「ん? 剣の柄に何か書いてあるな……ショーン? 持ち主の名前か?」
きっとそうだろう。このショーンとやらが魔法か何かで王女にこの塊を投げつけでもしたんだ。
「適当な人員で構わない。ショーンという名前の人物を探して捕らえておけ。鎧を見るに冒険者だろう。王女暗殺の容疑者だ」
「はっ!」
投げやりな指示だが、部下は素直に従った。あいつも疲れているんだろう。普段ならこんな大雑把な命令を出せば正してくるはずだ。
加えて言えば、これは憶測に過ぎない。証拠不十分かつ整合性も皆無な容疑で人を拘束することなどできないが、勇者様が王女を攻撃したなどと言われるよりはマシだ。
……ああ、私は本当に疲れているみたいだ。騎士団長としての誇りや矜恃もどこかに行ってしまった。
だが嘆いている暇は無い。一刻も早くワタラセ様を探し出し、件の冒険者とコンタクトを取らなければならない。王女一人の身よりもこちらの方が重要なのだ。
「くそっ。魔族が宣戦布告を取り消してくれれば……!」
到底叶わぬことを言いながら、部隊編成を考えていく。
その時、王城の空気が一変した。
「……ああ、もうっ!」
何度も経験したこの空気に、私は頭を掻き毟りながら立ち上がり、重い体を引きずるようにして歩き出した。
本当に、煩わしい!
胸中で愚痴を溢しながら、人間の最後の希望がいるだろう方向へと足を運ぶ。目で見えるほどの魔力が王城内を漂っている。この中で動けるのは私ぐらいのものだろう。
こうして、私の疲労はどこまでも積み重なっていく。
というわけで、騎士団長のお話でした。
とりあえず前話の数日後のことです。シエルが御堂に真実を告げた理由をこっそりと書いてみました。
分かりにくい点が多かったかと思います。ですので、質問等がありましたら感想にでも書いて頂ければお答えします。指摘があれば適宜修正していきます。
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