ザ・チョロイン
辛かった、この話を書くのが……
ごゆっくりお読みください。
「クソッ! 手加減されてこのザマかよォ!」
同じ相手に二回も敗北し、しかも情けをかけられていたと知ったカインが悔しさをぶちまける。ここで再チャレンジしてこないのは、俺との力量差を痛感したからだろうか。
俺たちは既にムサ大陸からスカイウォールへと戻ってきている。カインたちが気がつき、ダメージが抜けてからのことだ。
そんで、気になるのが……
「………………」
……バロックが沈黙を保ち続けているのだ。数時間前にも同じ状態だったが、あれは緊張していたからだったらしい。
覚えているだろうか? バロックは狐人族の里を出た後、こう言っていた。
『ワタラセ。向こうに着いたら、一つだけ、我侭を聞いて欲しいのだ……』
今の静けさが緊張によるものだとしたら、その原因となっているのはまず間違い無くその「我侭」だ。
つまるところ、その「我侭」の内容には緊張する要素が含まれているということである。
「あれー、バロちんどったのー?」
見方によっては元気が無さそうにも思えるバロックの様子に、フィトムが疑問を持った。
「……む? ど、どうしたフィトム?」
「いやー、全然喋らないから心配になったんだー」
「そ、そうか。すまない……」
俯いてしまった。紫色のカーテン越しにチラチラと俺に目線をくれるバロック。
……もどかしいな。いっそのこと俺の方から聞いてやるか。
「バロック」
「はぅっ! どどっ、どうしたのだワタラセ!?」
「あー、一旦落ち着け」
「そそ、そうだな……」
テンパりまくったバロックが深呼して気を取り直す。
「すー……はー……うむ。で、どうしたのだ、ワタラしぇ?」
噛んだ。動揺してんな……
「お前、何か言いたいことがあるんだろ?」
「! な、何故分かったのだ……?」
「いや、こっち来る前に『我侭を聞いて欲しい』って言ってたし、今もちょいちょいこっち見てたからそのことかと思ってよ」
「気づいてたのか……」
逆に気づかれてないと思ってたのか。かなり分かり易かったのに。
「……そう、なのだ。そのことで話があってな……」
「遠慮すんなよ。言ったろ? とことんまで付き合うって」
「ワタラセ……分かった。では、言うぞ?」
目を瞑り、再度大きな深呼吸。
胸に手を当て、何かを確かめるように一つ頷いたバロックは、カッと目を開き、ハッキリとこう告げた。
「我もワタラセの『嫁』にしてくれ!!」
白磁のような肌を薄紅色に染め上げながら、ともすれば叫びとも言える声で発した「我侭」という名の告白。
緊張、不安、恥ずかしさ。
そんなものを孕んだそれは、空気の薄いスカイウォールの頂上で際限なく響き渡っていく。強さ談議を繰り広げていたカインたちがピタッと止まり、その場には風の吹く音だけが残った。
「…………ぷはぁっ! や、やっと言えたぁ……」
静寂は、告白直後から息をすることも忘れていたのだろうバロックによって破られ、そこに至ってやっと俺は声帯の使い方を思い出した。
「えーと、色々と聞きたいことはあるんだけどよ……」
ドラゴンには結婚という概念が無いから、嫁という概念も無い。なのに何故それを知っているのか?
これも聞きたいことではあるのだが、それより先に。
「……なんで他に嫁がいると知ってるんだ?」
これだ。俺は亜人娘たちと婚約していることをバロックに伝えていない。それなのに今「我も」と言った。これはおかしい。
「む? それはヤヨイが教えてくれたのだ」
あんたかっ! 本当にあの人は……
「それでだな、ヤヨイが言うには、『嫁』というのは『夫』と一生を添い遂げる存在らしいではないか。この場合、ワタラセが『夫』となるのだろう?」
正論。ヤヨイさん、確実にこの展開を狙ってたな……
「ワタラセは、我と一緒にいたいと言ってくれた。しかし、もう既に『嫁』がいるお前と我では『対等』になれない。だからこそ我はお前の『嫁』になりたいのであり、なにより……」
区切り、凭れかかるように俺にひっついてくるバロック。紅潮した頬に潤んだ瞳の上目遣いのコンボは、艶かしさすら伴って俺を襲った。
「……我は、ワタラセに惚れてしまっている。いつまでもこうしていたい。いつまでも、ワタラセの側にいたいのだ……」
…………………………ヤバイ。
ヤバイ、顔が赤くなってくる。ここまでストレートに来られると流石に恥ずかしい。それに、バロックがとんでもなく可愛く見えてきてしまった。自分の心臓の音がかなり大きく聞こえる。
過去最大級の感情の揺れ。
そんな俺に止めを刺すように、バロックが続ける。
「我をこんな気持ちにさせたのは、ワタラセ、お前なんだぞ? 責任を、とってくれ……」
濡れた紫に見つめられ、気づいた時にはーーー
「……ああ、分かった」
ーーーもう、堕ちていた。
バロックを抱き寄せて、我侭を受け入れる。できるだけ優しく、そして力強く。
「バロック、結婚しよう。それで、ずっと一緒にいられる。そこにはエレンたちもいるけど、お前はそれでもいいか?」
「我は、お前の『嫁』となれればそれでいい……」
バロックの目から、一筋の雫が流れ落ちた。
「なら、お前はもう俺の『嫁』だ。ずっと一緒にいよう」
「……! うむ、よろしく、頼むぞ……!」
ほんの少しだけ離れてお互いの顔を見合わせる。
「……赤くなっているぞ?」
「……そっちこそ」
幸せそうにはにかむバロック。
……大切な人が、また増えたな。
新たな覚悟を胸に宿す。俺が守るべき人は四人ではなく、五人。そいつはドラゴンだけど、関係ない。もう俺の心の中にいる……
「……ぬぅ、少しよいか?」
「ふおぅっ!?」
突然やってきた重低音に心臓が飛び跳ねた。思わず変な声を上げてしまった。錆びついたかのような首を回して横を見ると、腕組みをして難しい顔をしたジンが立っていた。
「ど、どうした?」
「いや、俺もよく分からんのだが、ディールたちに言われたのだ。『あの二人に声をかけて来い』とな」
しかめっ面のジンの奥に、ニヤニヤ笑うノットとワース、苦虫を噛み潰したようなカイン、うっとりしたフィトムと呆れた様子のディールたちがいた。
「俺は何が起きているのかさっぱりなのだが……」
頭を掻きつつボヤくジン。
「一体どうしたというんだ? カインが甘い甘いと騒いでおったが、何のことなんだ?」
味なんてせんぞ、と舌を出して眉根を寄せる。その滑稽と言える仕草を見た俺は、徐々に冷静になってさらに顔が熱くなった。
は、恥ずかしい……
周りに人の目があるというのに構わず抱き締め合い、見つめ合い、桃色空間を発動させていたとは。
つーか、思い切って婚約までいっちまった。早まったかと思ったが……
「ワタラセ、いやシンイチ……好きだぞ……」
……そんなことはないな。カインたちの視線を気にも留めず、ピッタリとくっついてそう呟くバロックに、確信させられた。これだけ真っ直ぐに想ってくれていて、俺はそれに応えたいと思った。それだけで、十分じゃないか?
ふと、エレンたちの顔が浮かんだ。大丈夫、俺はあいつらも同じく大切に思っている。それは決して変わらない。
「このことは報告しないとな……」
バロックも加わった、と。
ユリアは気にしないだろうな。むしろ喜ぶかもしれない。リリシアはちょっと怒りそうだけど、すぐに許してくれそうでもある。カグラは対抗して俺から離れなくなるな。意外と負けず嫌いみたいだし。エレンは……
ゾワッとした。
背筋に寒気が走り、鳥肌が立った。同時、腕の中のバロックもブルッと震えた。
「な、なんだ今のは……?」
震えを抑えるようにバロックが腕の力を強めたが、悪寒は増すばかり。
「……少し離れてみよう」
「う、むぅ……お?」
名残惜しそうに俺の腕から抜け出したバロックは、その瞬間に首を傾げた。俺もそれに同調する。
「寒気が消えた……?」
理由は分からないが、消えた。
「なんだか怖いぞ……ッ!?」
バロックが恐怖から俺に再度抱きついた時、またもや鳥肌が立つ。
「……あんまり近づかない方がいいかもな」
「む、それは嫌だぞ……」
小さく頬を膨らませ、今度は俺の服の裾を摘まんだ。これくらいなら問題は無いらしい。
ん? 何を考えてたんだっけ?
……思い出さない方がいい気がしてきた。知らない方がいいこともあるし、きっとこれもその類のものだ。
直感から判断して思考を追いやると、くいっと裾を引かれた。
「……シンイチ」
「ん、なんだ?」
「……ずっと、側にいてくれ」
「……もちろん」
寄り添うバロックが、美しい顔に可憐な微笑を浮かべた。
「ア゛ー、胸焼けしそうだぜェ……」
「はぁ。バロちん、羨ましー……」
「まさかあのバロックが色恋に目覚めるなんてね〜」
「クフフフフ、思い出しますねぇ。私も、六千年も前は熱い恋に身を焦がしたものです……」
「こうして見ると、全く強そうじゃないんだけどね……理不尽だなぁ」
「ぬ? なんなのだこれは?」
『……マスター、超チョロイ』
抜群の精度を誇る俺の耳がこれらの言葉を捉えなかったのは、きっと幸せなことだったのだろう。
エレン「………………」
ローラ「エ、エレンから黒いオーラが……」
ナハト「………… (白目) 」
メイル「あ、あなた! しっかりしてっ!」
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