亜人の少女たちと本当の力
本日三話目です。
俺の不思議言語能力は一旦置いといて、互いに自己紹介をする。
犬耳がエレン、猫耳がユリア、狐耳がカグラである。覚えやすくていい名前だと思う。
対してエルフの少女は少し長く、その名をリリシア・ベル・フロム・エレオノーラと言う。
なんとこのエルフのお嬢ちゃん、エルフ族のお姫様だということで。何故ここにいるのかと言うと、お散歩の最中に突然意識を失ったと思ったら、目が覚めた時には既に馬車の中だったらしい。
……あの奴隷商、違法奴隷を扱うだけでなく人攫いまでやってるとはな。
他の三人も似たような経緯で拉致られたとのこと。
この世界、アークにある四つの大陸はそれぞれ東のリオス、西のノーグラス、南のリュケイア、そして北のムサと言う。
リオスには主に人間が、リュケイアには主に亜人が住んでいる。互いの大陸を行き来する商人たちが多いらしい。
ノーグラスには魔族しかいない。また、ムサは生物が定住できるような環境ではないと言われている。
亜人はかつては人間に迫害されていたが、今では割と友好的な関係を築いている。まぁ、亜人の中には人間を毛嫌いする種族も少なくないとか。
エルフは最も代表的な人間嫌いの種族であり、リュケイア最南部の森林地帯、「ナーガ樹海」の最深部に篭って滅多に外に出ることはない。
そのエルフを捕まえるということは、奴隷商は計画的にエルフを狙った可能性が高い。
リリシアがアホだった可能性も否めないが。
一族の姫様に勝手を許すことも無いだろうから、その可能性は極めて低いだろうな。
で、ある程度お互いを知ったところで俺の人畜無害な性質を理解したのか、ただ単に好奇心が恐怖に勝ったのか……
「モサモサです……」
「にゃんでシンイチのかみはくろいのー?」
「…………」
「あ、あなたたち、もうちょっと静かにしなさい!」
エレンが俺の髪に手を突っ込んでワサワサと動かし、ユリアがアークでは珍しい俺の黒髪に疑問を持ち、リリシアが小声で二人を注意している。騒ぎを聞きつけて奴隷商が来るのを恐れているのだろう。
カグラは何が気に入ったのか、胡座をかいた俺の膝の上に乗ってうとうとしている。時折耳が鼻の先に当たってくすぐったい。
「お前らよぉ、緊張感無さすぎだろ。一応、俺は見張り番だぜ?」
グロウが中腰になってそう言うが、反応したのはリリシアだけ。ユリアなんて下げられたスキンヘッドをペチペチと叩いている。
「グロウの言う通りだぞ。奴隷商が来るかもしれない、ってリリシアが怯えまくってるじゃないか」
「何言ってるのよ! べ、別に怖くなんか……」
図星だったようで思わず大きい声を出してしまった後、徐々に小声になって挙動不審になるリリシア。
「あっ、奴隷商が……」
「ッ!」
テントの入口を指差すと、リリシアは頭を抱えて蹲ってしまった。
………ちょっとおふざけがすぎたか?
「悪いリリシア、冗談だ。あいつはいないから安心しろ」
震えるリリシアの頭をポンポンと優しく叩く。すると、リリシアはゆっくりと不安そうな顔を上げた。碧い瞳からはポロポロと涙が零れている。
……罪悪感が半端無いな。
「本当……?」
「あぁ、本当だ。だから泣き止め」
泣かせた張本人が何言ってんだ、と思わないでもないが、仕方ない。
「よかったぁ……」
リリシアはほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに濡れた瞳で俺を睨みつけてきた。
あらあら、怒らせちゃいましたかね。
「馬鹿ッ、変態ッ、人間ッ!」
……罵倒してるんだろうが、馬鹿はいいとしても、後ろ二つは何だよ。どこに変態的要素があった。俺が人間なのは明らかだろう。
きっと、エルフ族の中では最上級の悪口なんだろうな。たぶん。
「変態……?」
リリシアの声で起きてしまったのか、カグラが下から俺を見上げて首を傾げている。何でよりにもよってそこに食いついたんだ。
「はぁ……そろそろ寝るか。もう夜中だしな」
正確な時刻は分からないが、もう十一時は過ぎてるだろう。俺の髪に手を突っ込んだままエレンが船を漕いでいる。
檻の中には申し訳程度の藁が敷かれており、その下は直で土だ。
俺は藁を一箇所に集めると、即席のベッドを作る。亜人娘四人にはそこで寝てもらうようにしよう。
「……兄ちゃん、大丈夫なのか?」
俺の寝床を心配してか、グロウが声をかけてくる。面倒見の良い奴だな。
「一週間ぐらい問題無いだろ。それより前に逃げ出す計画を立てなきゃならんがな」
「そうか。お前も良い奴だな。何考えてんのか分んねーけど」
「一言余計だ。じゃ、おやすみ」
そう言って両手を頭の下で組んで仰向けに寝転ぶ。
四人の少女たちが寝息を立てているのを確認すると、俺も意識を手放した……
「起きろ、この役立たずが!」
バチッ! という音と怒鳴り声で目が覚める。横向きで寝ていたようで、口の端から涎が垂れてしまっていた。恥ずかしい。
「やっと起きたか。なら早くしろ! いくら役立たずでも荷物の積み替えぐらいはできるだろう」
奴隷商が俺に向かって腕を振るうと、またバチッ! と音が鳴る。手に持っているのは鞭か? どこ叩いてんだよ。リリシアたちは俺を見つめながら、藁のベッドの上で小さく震えている。
まだ少し寝ぼけた頭で奴隷商についていくと、グロウと見知らぬ数人の男たちが馬車に荷物を積み込んでいた。男たちの首には黒い輪が見える。
「やっと来たのか。大分叩かれてたみたいだったが、大丈夫か?」
グロウが小さい声で話しかけてくる。あの音が外まで聞こえていたらしい。
「なんともないぞ。あのオヤジ、俺に鞭を当てられなかったみたいだからな」
さっきの奴隷商を思い出して笑いそうになる。あの距離で外すとか、そうそうできる事じゃない。
「は? 服が破れるほど叩かれといて何言ってんだ。寝ぼけてんのか?」
怪訝な顔で俺の背中を指差すグロウ。
試しに背中に手を回してみると、確かに服がボロボロになっている。
因みに、俺が今着ているのは王城で支給された質素だが丈夫そうな服だ。御堂はもっと飾り気のある服を着ていたが。扱いの差が見える所だ。
ともあれ、その服がボロボロになっているということは、奴隷商の鞭は当たっていたのだろう。全く痛くなかったんだが、本当に寝ぼけてたんだろうか?
「朝からおかしな奴だな。とりあえず、お前はそっちの荷物を馬車に載せてくれ」
そう言ってグロウは顎で大量の荷物を指し示す。どれを運べばいいんだ?
適当に手近な所に一つだけ置いてあった麻袋を掴む。すると、まるで空っぽのビニール袋を持つかの様に軽々と持ち上がる。
かなりパンパンに詰まっている様に見えるが、異世界ならこんな事もあるのだろうか。
「グロウ、これ頼む」
馬車のすぐ近くにいたグロウ目掛けて麻袋を投げる。
グロウは振り向くと、飛び出さんばかりに目を見開いて横に飛んだ。
俺の投げた麻袋はグロウという目標物を失ってそのまま落下していき、ズンッ!! という音を立てて地面にめり込んだ。
……………………ん?
いやいや、おかしいな。あれってめちゃくちゃ軽いんだけどな。
「馬鹿野郎、何てもん投げつけて来やがる!」
グロウが怒った様に俺を睨みながら言う。つーか、普通に怒ってる。
彼は文句を言いながら麻袋に近づくと、両手を使ってやっとの事でそれを持ち上げた。
……うん、明らかにおかしい。
俺は自分の腕とグロウの筋骨隆々といった感じの腕を見比べて、そう結論を下した。
グロウはそれを馬車の後ろ側に載せると、息を切らしながら俺に詰め寄って来た。
「お前、アレを投げるとか非常識にも程があるぞ! 下手したら死んでたわ! てか、それ以前にどうやって投げたんだ……?」
さっき麻袋を積んだ馬車は後輪側に傾いている。その前までは水平を保っていたはずだ。
俺はグロウからの奇異の視線を感じながら、一つの仮説を立てた。
俺、力、すごい?
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
麻袋丈夫すぎじゃね?というツッコミは伝家の宝刀で斬り捨てます。