スカイウォール
ごゆっくりお読みください。
強風が吹きつける。恐らく相当に冷たい風なんだろうと予想できるが、三百万の耐久のおかげで寒いとは思わない。
眼下にはとても小さな王都が見える。後ろを振り向くと、神樹ナーガスティアの頂端が見える。ここまであったのか、あの大木。
現在、高度八千メートルを飛行中だ。もちろん自力ではなく、バロックの背に乗ってだが。
「ハル。この高さから落ちたら、流石に死ぬよな?」
『……マスター、人間基準で考えてはいけませんよ?』
「それは、俺が人間じゃないってことか……」
バロックは何も言わないで、ドラゴンの住処であるスカイウォールに向かっている。
こうなったのは、三十分ほど前の話ーーー
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「え、嫌だけど」
「へ?」
バロックの「スカイウォールに来てくれ」というお願いを一蹴する。突然何を言い出すのかと思えば。
「なな、なんでだ!? 我がお願いしているのだぞ!!」
「えー、んなこと言ったってな。ドラゴンがうじゃうじゃいる場所とか危険すぎるだろ」
まぁ、大抵のドラゴンには勝てると思うけどさ。それでもリスクを冒す必要性は無いだろうよ。
「むぐぐ……そ、そうだ! 今回我はお前の用事に付き合ったのだぞ! ならば我の用事に付き合ってくれてもいいではないか!」
「……それも、そうか?」
確かに、バロックにとって亜人娘たちに会うことは、何の楽しみにもならなかっただろう。それにあいつらと一緒にいる時はほぼ放置してたからな……暇だったに違いない。
「そ、そうなんだ! だから我のお願いを聞いてくれ! 頼む!」
バロックが勢いよく頭を下げた。そこまでするほどのことなのか。
「……分かった、行くよ。だから頭を上げろ」
「本当か!? で、では早速向かうぞ!」
ガバッと身を起こしたバロックは、すぐさま何かを唱え出した。
「ーーーーー『龍化』」
以前にも見た黒紫色の閃光が辺りを染め上げる。しばらくすると、ドラゴンになったバロックが堂々たる様で佇んでいた。
『ワタラセ、背中に乗れ!』
「……オーケー」
威厳あるドラゴンが背中を丸めて騎乗を促す姿は、なんとも情けないものがあった。
言われた通り、背中に乗る。結構高いところにあるから、飛び乗る感じで。
硬い鱗の上に座り、そこで気づく。
「バロック、重くないのか? ハルも乗ってるんだが」
『マスター、それは私が重い女だと言っているのですね?』
金属が何かを言っているが、無視でいいだろう。
『問題無いぞ! 人の姿では本来の力の十分の一ほどしか出せないからな』
なるほど、こっちだと全力を出せるのか。ということは、兵装魔物を倒した時も本気じゃなかったんだから、人間形態でも老龍より強いんだな、バロックって。
『それじゃ、出発するが……』
翼を広げ、飛び立つ姿勢になったところで、不意にバロックが止まる。
『ワタラセ。向こうに着いたら、一つだけ、我侭を聞いて欲しいんだ……』
……普段のバロックとは違う、力の無い声。拒否されると思いながら、それでも意を決して伝えたような、そんな声音。
……はぁ。俺も甘いねぇ。
「……了解。とことんまで付き合ってやるよ」
『! ……ありがとう、ワタラセ』
バロックはその言葉だけで、後は何も言わずに翼を動かした。
瞬間、急激に高度が上昇し、雲を突き破って大空を飛翔する。
そうして、今に至るのだが……
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……正直言って、これは想定外だ。
目の前に聳え立つ「壁」を見て思う。
明らかに常軌を逸したその光景に、溜息すら出てこない。
いや、ここって八千メートルくらいなんだよな? どうやって調べたのか知らんが、ハル曰くそれくらいらしい。
ここでエベレストくらい。しかし、スカイウォールはそのさらに上をいく岩山だった。
と、そこでバロックが上昇を始めた。そろそろスカイウォールも近くなってきたし、後数分で着くだろう。
我侭、ね。一体どんな内容なのか。
「ここがスカイウォールの頂上ね……」
バロックが降り立ったのは、植物が一切生えていない殺風景な場所だった。
「……広いな」
そう、広いのだ。スカイウォールは山脈だと聞いていたが、そうとは思えない。何故なら、どこまでも平らな岩肌が続いているから。
山脈というよりも、まさしく壁。
巨大な城壁の上に立っているようなものだろう。
俺が背中から下りると、バロックは人の姿に戻った。案の定服が無くなっていたので、持ってきた荷物から服を取り出して渡しておく。
「む……うむ。ワタラセ、ついてきてくれ」
バロックは着替え終わると、どこかに向かって歩き出す。何があるのか分からないが、黙って歩く。
「おい、バロックじゃねェか!」
しばらく経って、男の声が聞こえてきた。
「おーいおいおい、どこ行ってやがったんだァ?」
左の方から、血のように赤黒い短髪をもった柄の悪い男が歩いてきた。面倒くさそうな奴だな……
「む、カインか。丁度いいところにいたな。他の皆はどこだ?」
「あ〜、ディールたちは揃ってムサに遊びに行ったぜ? もうすぐ帰ってくるだろうがよ……ってなんで人間がこんなとこにいんだ?」
面白くなさそうに吐き捨てたカインという男は、俺に気がつくと無遠慮に近づいてきた。
「……弱そうな奴だな。どうやってここに来やがった?」
ジロジロと俺を見て、なんとも失礼なことを言うカイン。
「我が連れてきたのだ」
「……なんだと?」
「我が連れてきた。皆に話があってな」
「へェ……そいつァ、どういう風の吹きまわしだ?」
カインから強大なプレッシャーが発される。肌がざわつくような空気になるが、バロックに気にした様子は無い。
「ここに人間を連れてくるなんざ、騙されてるか……それとも」
ギロリと、燃えるような紅い瞳が俺を捉える。
「こいつが、お前が気に入るほどのの強者だ、ということだよなァ?」
……ヤンキーって感じか。相当に血の気が多い男なのかもな、このカインは。
「やめろカイン」
そこで、バロックからも威圧感が生じた。ピリピリとした雰囲気になり、少々居心地が悪くなる。
「……チッ、ディールたちが来てからってんだろ? 何の話だか知らねぇが、待っててやるよ。おいテメェ、名前はなんだ?」
「……渡良瀬 晋一だ」
「シンイチね。俺はカインってんだ。分かってっとは思うが、バロックと同じで古龍だぜ」
簡単な自己紹介。カインが古龍だろうというのは、彼の言う通り予想はしてた。それが察せるのだから、ドラゴン全体がアホなわけではないようだ。
「そんで、テメェは強えのか?」
……アホではないみたいだが、こいつは好戦的みたいだな。
「分からん。多分、人間の中ではトップクラスだがな」
「多分だァ? ハッキリしねェな」
「何分、まともに戦ったことが無いんでね」
「ハッ! よく言うぜ。オレに睨まれて平然としてるヤツが、まともに戦ったことが無いなんてよォ」
……試されてたのか。それは気づかなかったな。カインは見た目に反して頭が良いのかもしれない。
「カイン、一つ聞いていいか?」
「……怖気づかねェか、面白え。いいぜ、なんだ?」
「……バロックって、いつもはあんな感じなのか?」
紅から紫へと目を移す。カインもそれに合わせてバロックに顔を向け、怪訝な表情になる。
視線の先には、凛とした立ち姿のバロック。深紫の髪は風に流れ、紫根の瞳はどこか遠くを見ている。
美しいが故の近寄りがたさを感じる。
「……いや、全然違ェ。いつもは『腹減ったー』とか言って騒いでるぜ」
「……だよな。それが聞けて安心したよ」
「しっかし、何だってんだァ? 急に帰ってきたと思えば、大人しくなりやがって……と、ディールたちが来やがったな」
おかしなバロックを眺めていると、カインが獰猛な笑みを浮かべて俺の後ろに視線を飛ばした。振り返ると……
「ただいま〜。いや〜、楽しかったね〜」
「ふん、何が楽しいものか」
「クフフ。そんなこと言って、ジンも楽しんでいたではありませんか」
「あー! バロちんじゃーん! どこ行ってたのさー?」
「カインと……それに、人間か?」
黄、黒、白、緑、青。
それぞれの色の髪。
五人の……いや、五体の古龍がワイワイと騒がしく歩いてくる。
それを見て俺は、戦慄する。
それは、その全員が、
ーーーーー全裸だったから。
「遅ェぞテメェら! って、どうしたよシンイチ。いきなり蹲りやがって」
「いや、文化の違いに戸惑ってただけだ……」
あまりにも大きすぎる違いにな……
ドラゴンが服を着てるわけないですよね。
カインはどうしたって? それは後で分かります。
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