嵌められた。
本日二話目です。
御堂の一存によって奴隷となることが決定した次の日の夜、俺は奴隷の管理者だと言う男の下に連れられた。小太りな男は人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「おぉ、この度は何とも不運なことで」
男は俺を見るとそう言った。それって言ってもいいことなのか?
「……あまりその様なことは仰らない方が。一応、私たちも騎士ですので」
俺を連れてきた騎士たちの言葉に、頭を下げながらも笑みを絶やさない男。やっぱり不敬罪とかに引っかかるのか。
というか、騎士のその言い方もアレだとは思うが。最初の間に本音が見え隠れしている。話の分かりそうな奴らだ。
「では、こちらの方へ」
男は脇に停められていた馬車の御者台に乗る。俺は男が示した馬車の荷台に乗り込む。
荷台には既に数人の先客がいる。幌がある上に夜であるため、顔を確認することはできない。
「行きますよ」
男の声とともに、馬車が走り始める。
しばらくガタゴトと揺られていると、目的地に着いたのか、馬車が急停車した。危ないな。
「さぁ、着きましたよ。ついて来てください」
男が荷台の入口の布をめくって呼びかけるので、素直についていく。
進んだ先にあったのは、ボロボロのテント数個だった。
「お兄さん、今から奴隷の証明を着けるから、少しの間目を閉じていてくれ」
腕輪を着けるのに目を閉じるのは何か関係あるのか?
そう思いながらも、言う通りに目を閉じて待つ。
すると、カチン、という音とともに、首に冷たい何かが触れる。
……ん? 首?
手で首元を触ると、何やら硬いものが首に巻きついていると分かる。
というかこれ、首輪じゃないのか? 奴隷に着けるのは腕輪だったはずだけど。
目を開けると、笑みを浮かべる小太りな男。
ただし、その笑みは先程までとは違い、嫌らしく歪められている。
……あぁ、なるほどね。
心が冷えていくのを感じる。
俺は嵌められたのか。いや、掛詞とかではなく、多分、あのシエルにだ。
「ぷっ、くくく、お似合いだぜ、役立たずの兄ちゃんよぉ」
小太りオヤジ、つまり『奴隷商』は俺を見下した様に笑う。
物理的には俺が奴隷商を見下してるわけだが。
俺に嵌められたこの首輪。これは「支配の輪」と呼ばれる「違法魔導具」の一つだ。その効果は「命令への強制服従」というもの。
更に、「契約違反への制裁」という機能もあり、制裁にはちょっとした痛みを与えるものから死まで、主人の思い通りにできる。
奴隷に関する王からの説明によると、国に認められた奴隷である公認奴隷の他に、違法奴隷と呼ばれる者がいるらしい。
違法奴隷は公認奴隷と違って、その自由意思を剥奪され、主となった者に強制的に従わされる。
もちろん違法なのだからこんなことをすれば犯罪になるのだが、それでも違法奴隷を売買する奴隷商というのはいるとのこと。
そして、目の前の男がまさにそれである。
「こんな珍しい商品を貰って、しかも金まで手に入るなんて、美味い話もあったもんだ!」
愉快痛快、と言った感じか。途轍もなく不愉快だ。
十中八九、この奴隷商に俺を売ったのはシエルだ。何らかの手段でも用いてこの奴隷商を手配したんだろう。
そもそも、国公認の奴隷になるなら王城の中でも契約は可能だったはずだ。外に連れ出された時点で怪しいと思うべきだった。あの騎士もグルだった訳か。
半ば考えることを放棄していた俺の失態だな。これからは思考を止めることは無い様にしよう。
にしても、シエルはどんだけ俺のことが憎いんだよ。このことを知られたら御堂がどうなるかなんて想像に難くないだろうに。
いやまぁ、シエルが犯人だと確定したわけじゃないけどさ。
「王女様も中々に肝が据わってやがるぜ!」
……と思ったところで確定。黒幕の正体バラすとか、三流にもなれない小悪党だな。
「おいお前ら! なにいつまでも馬車に篭ってやがる! さっさと降りて来い!」
奴隷商が怒鳴ると、少しして四人の少女が現れた。
三人の少女は十歳くらいだろうか。その頭には耳が生えている。それぞれ犬、猫、狐を彷彿とさせる。少女の腰あたりには尻尾らしきものがチラチラと見えている。
残りの一人も三人と同じくらいに見える。三人とは違ってそういったものは無いが、薄汚れた長い金髪から尖った耳が飛び出ている。
四人とも、同じ首輪を着けている。俺の首にも同じ物があるのだろうが。
「グズグズするな、とっとと歩け! おい、お前もだ。早くこっちに来い!」
奴隷商が再度怒鳴ると、少女たちは怯えながらも俺を見て、テントの方に向かって行く。従いたくはないが、下手をして首輪に殺されては堪らないので、俺も少女たちの後に続く。
「今日からここがお前らの寝床だ。まぁ、次のオークションまでの一週間だけだがな」
奴隷商はそう言い捨てると、テントの中にいた屈強な強面の男に命じて俺たちを一つの檻にぶち込んだ。
奴隷商が去っていくと、強面さんは俺たちを見て小さく口を開いた。
「……悪いな、兄ちゃん。それにそっちの嬢ちゃんたちも。本当は逃がしてやりてぇとこなんだがよ」
申し訳なさそうにそう呟くと、自身の首を指差す。そこには、少女たちと同じ首輪。
「俺も奴隷でな。まぁ、ある程度までは見逃してやるから、少しくらいは好きにしてていいぜ」
そう言うと、俺たちから目を逸らす強面。見た目と違っていい奴なのか。
「なぁ、強面さん」
「……好きにしていいとは言ったが、物怖じしねぇやつだな。何だ? それと、俺はグロウだ。強面なんかじゃ断じてねぇ」
呆れた様にこちらを見るグロウ。気にしてたのか。
「悪かったな。で、グロウ。助かる方法とかないか?」
「なんつーど直球な質問だよ。自由すぎるだろう。……一応、無いこともないが。できるもんでもねぇし、俺が教えられるわけねぇだろうよ」
ふむ、それもそうだな。こいつも奴隷なんだった。
「愚問だったな。自分で考えるわ」
「……変な奴だな、お前」
失礼な。誰だって助かりたいと思うだろうが、こんな状況じゃ。
グロウに背を向け、四人の少女に正対する。目が合った瞬間、四人ともビクッとして抱き合う様に縮こまった。
なんか、すげー傷ついた。
「……俺、グロウの気持ちが分かった気がする」
「やめろ、そんな同情いらねぇよ。無表情で言われても伝わんねぇし」
不服そうに言い放つグロウ。
御堂に「鉄面皮」と言われたことはあるが、無表情ってマジか? 結構悲しそうな顔してなかったか?
気を取り直して少女たちに顔を向ける。できるだけスマイルを絶やさないように。
「ヒッ……!」
……犬耳に超怯えられた。
「……俺、グロウの気持ちが分かった気がする」
「だから、同情すんな、ってうおっ! 悪魔みてぇな顔してんぞ」
あの強面さえ一歩引くほどのスマイルなのか。無理に笑うのは失敗だったようだ。
「あー、とりあえず、聞きてぇことがあるんだが」
「な、何……?」
悪魔スマイルを止めて少女たちに話しかけると、とんがり耳の子が反応を返してくれた。
「大したことじゃ無いんだが、お前らの種族が知りたくてな」
「……私はエルフ。この子達は犬人族、猫人族、狐人族よ」
「そうなのか。ありがとな」
やっぱり亜人だったか。異世界要素バリバリだな。
「……おい、お前、エルフ語が理解できるのか?」
声に振り向くと、グロウが驚いた顔をして俺を見ている。
「ん? まぁ、理解はできてるが」
そういや、何で俺は異世界の言葉を理解してんだ? 気にしてなかったが、変だな。
「………本当に変わった奴だな、お前は」
思いっきり溜息を吐くグロウ。
その呆れっぷりには、貫禄すら感じる程だった。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
ここで用いられている「鉄面皮」は、本来の意味とは少し違いますが、そういう仕様ですので、ご理解ください。