おもてなし?
ごゆっくりお読みください。
人を小馬鹿にした立て札を完膚無きまでに破壊してから、俺は穴の中へと入っていった。途中で似たような立て札を発見して、そこに『物を壊すのはいけないことですよ!』と書いてあったのには、呆れて溜息が出てしまった。
気を取り直して歩くこと数分。道は螺旋状になっており、下へ下へと向かっている。背中でカグラがスヤスヤと眠り始めた頃に、やっと目指す場所に行き着いた。
「これはすごいな……」
最初の感想はそれだった。
穴を下りていった先にあったのは、シームンよりも規模が大きいだろう町だった。辺りには『狐火』が浮かんでおり、地下のはずなのに昼間のように明るい。
その町並みには、どこか「和」を感じさせるものがあるが、もっと近い表現をするなら「お祭り」と言うべきだろうか。お祭りとは言っても賑やかなものではなく、小さな村で行われるひっそりとした「お祭り」だ。
なんというか、そこには、魅入ってしまうような「妖しさ」がある、そんな感じがする。
「ようこそ、狐人族の里へ」
柔らかな声。気がつくと、目の前には着物を着た、糸のように細い目をした女性がいた。
「人間でありながらここに来れるとは、貴方様はとても変わっています」
女性は口許に手を当てて小さく微笑みながら、こちらを見つめる。
「それに、銀狐様を連れていらっしゃる……」
細い目が、少しだけ開かれる。その瞬間、背筋が凍るような殺気を感じた。
銀狐様って、カグラのことか? なんにせよ、いつでも動けるようにしておいた方がいいか……?
「うふふふふ。そう身構えないでください。癖のようなものですので」
殺気が霧散する。女性は変わらぬ笑みを浮かべながら、着物の裾を翻してこちらに背を向けた。
「どうぞ、こちらに。貴方様には最高のおもてなしをご用意しましょう」
そう言って、女性は静かに歩き出す。俺は警戒を保ったままその後に続いて歩を進める。何なんだ、こいつ……
足音が響く。目の前の女性と、俺の二人分だ。カグラは俺が背負っているから歩いてはいない。
二人分の足音だけが響く。周りからは何の音も聞こえない。
そう、今歩いている通りには、人が一切いないのだ。どころか、生活音さえ皆無だ。
「……何故、ここら辺に人がいないんですか?」
「あら、気になります?」
俺の問いかけに、足を止めて妖艶とも悪戯ともとれる微笑を返す女性。
「すぐに分かりますよ」
歩き出す。もしかして、何かの罠か? いや、そうだとは考えづらい。狐人族には俺を罠に嵌める理由が無いはずだし、ましてやカグラを連れているのだ。下手に手を出すことも無いと思うが……
不信感が募るが、だからと言ってこちらから何かをすることはできない。俺の目的はカグラを無事に帰すことなのだから。
「さぁ、着きました」
案内された場所は、かなり大きな建物だった。五階建ての木造で、老舗の旅館といった印象を受ける。その大きさを除けば、だが。
「中へ」
女性に促され、建物の中に入る。内装は凝ったところの無い簡素なものだった。女性が歩くのに従う。階段を登り、最上階の五階へと通される。目の前には、大きな襖。
「では、この部屋にてお待ちください。私は少々準備をして参りますので」
襖を開けた先には、広々とした部屋。優に五十人は寝転べるだろう和室だった。
「……まさか、異世界で畳に出会えるとは」
ここまでずっと眠りっぱなしのカグラを畳に転がし、俺もその隣に大の字になる。
「……いや、のんびりしてる場合じゃないか」
気持ち良さそうに寝息を立てるカグラの銀髪を撫でている内に、俺も眠くなってきたが、現況を思い出して上体を起こした。
よく分からない女性に連れられてよく分からない場所にいる。警戒こそすれ、油断していい状況ではない。町に人がいなかったことも含めて、そう考えるのが正解……
なんて思っていると、急に襖が開いた。向こう側には誰もいない。
「……誰ですか?」
声をかけるも、答えは無い。ゆっくりと立ち上がって部屋の外を確認するが、やはり誰もいない。
なんだったんだ?
不思議に思いながら振り向いた時、肌が真っ白で血塗れの女性がすぐ側にいた。
「うわっ、ビックリした」
本当に驚いた。思わず手が出そうになったが、寸前で抑えた。というか、誰だこいつ? 血塗れだぞ。
「ぅぅ……許さないぃ……」
血塗れさんは何事かを呻きながら俺の首に手を伸ばしてくる。それを避けようとして後退すると、何かにぶつかった。
「………………」
「……うわー、なんだこいつー」
後ろには、落ち武者みたいな奴が無言で立っていた。目玉が飛び出てとんでもなくグロテスクだ。
しかしながら、俺の反応は鈍い。自分でも引くぐらい棒読みになってしまったが、これでも頑張った方なのだ。
とりあえずカグラの元に行こうとして血塗れさんと落ち武者さんの間から脱け出すと、お次は首の長い女が待ち構えていた。おざなりに驚いたフリをしてスルーすると、その先には一つ目の男、顔の無い小僧、河童みたいな奴や天狗みたいな奴など、妖怪のオンパレードだった。
「な、なんだこれはー。 一体どうなってるんだー」
ま、マズイ。何がマズイって、俺の大根役者っぷりだ。アドリブの演技とかはできないな、こりゃ。
「無事か、カグラー?」
ぞろぞろと近づいてくる妖怪どもを避けてカグラの元に行く。カグラは寝ぼけ眼をこすりながらあくびをしている。
「……シンイチ、何これ?」
周囲の状況を認識して、小さく顔をしかめるカグラ。怖がってる様子は微塵も無い。リリシアだったら発狂するような光景なんだがな。
「察しはついてる。カグラ、耳を塞いで俺の側に」
「……? 分かった」
カグラは首を傾げながら、耳を伏せて俺の腰に抱きつく。なるほど、便利な耳だな。別に抱きつくことでも無いとは思うが、そっちの方が安全か。
妖怪たちが押し寄せてくる。部屋の広さから考えると、絶対に入りきらないだろう数だ。
おかげで、確信できたがな。
俺は両手を合わせて真っ直ぐ前に伸ばし、息を吸いながら腕を開いていく。完全に開ききった状態になったところで呼吸を止め、静止する。
「……ふっ!!」
妖怪たちが殺到する直前、息を吐き出すと同時に開いていた腕を全力で閉じ、両手を打ち合わせる。
全力の猫だまし。
爆音。
空気がビリビリと振動し、衝撃波が起きた。俺を取り囲んでいた妖怪どもが、吹き飛んで霧のようになって消えていった。
「あー、痛え。もっと軽くてもよかったか……?」
上半身全体に筋肉痛のような痛みが走っている。周りを見ると、襖が全て無くなっていた。これは抱きついて正解だったな、カグラよ。予想より被害が大きい。
「……耳、痛い」
「悪いな、加減をミスった」
カグラが狐耳を手で押さえ、涙目で俺を睨んでくる。謝罪の意味も込めてそのサラサラの銀髪を撫でてやると、目を細めてすり寄ってきた。許してもらえたのかね? なでなでは最終兵器だな。
そんなカグラを見ながら、俺はやってきた人物に尋ねる。
「……これが『おもてなし』だったのか?」
「……うふふふふ。思った以上のお方でしたね」
俺たちをここに連れてきた着物の女性が、薄く笑いながら評する。
「先程は失礼致しました。貴方のことを試してみたかったのです。私、この館の主をしております、ヤヨイと申します。そしてそちらの銀狐様の……」
「……あ、お母さん」
「……え? そうだったのか?」
「そうです。母でございます」
丁寧に正座し、お辞儀するヤヨイさん。彼女の自己紹介の途中でカグラがバラしてしまった事実に驚く。まさか母親だとは、全然似てないから気づかなかった。
「ついでに言うと、狐人族の族長をさせていただいております」
マジかよ。カグラも族長の娘とか、まともな身分のやつがエレン以外にいなかったのか。つーか、なんでカグラは、最初にそのことを言わなかったんだ?
「……お母さん、族長だったの?」
「つい最近なったのよ、貴女がいなくなった直後に」
へー、そうだったのか。それなら言わなかったのも頷けるな。だって知らなかったんだから……
「本当は、この子を産んですぐに族長になったのですけどね」
って、どっちやねん。と思ったが、ヤヨイさんの微笑を見るに言っても無駄だろうと思われる。絶対に楽しんでるからな、この人。
溜息を吐く俺を見て満足した感じのヤヨイさんだったが、唐突に真剣な面持ちになり、再度お辞儀をする。
「それはさておき、貴方様が、娘を助けてくれたのですね? ありがとうございます」
「……確かにそうですが、何故分かったのですか? 俺がカグラを攫った犯人かもしれませんよ?」
俺がカグラを助けたということを、ここにいて知っているはずが無い。何かの魔法か……?
「分かりますよ。貴方様はここに来た時、どのような状態でいらしましたか?」
「ここに来た時……って、そういうことですか。確かに、人攫いをやるような奴のするこっちゃないですね」
そういえばあの時、俺はカグラをおんぶしてたんだったな。それでも少し根拠としては弱い気がするが、そこは勘とか、そういう類の何かが働いたのだと思うしかない。
「うふふ、その通りです。今の貴方を見ても明白ですもの」
ピトッと俺にくっついているカグラを見て、口の端を妖しく吊り上げるヤヨイさん。何故にそのような笑みを。少し鳥肌が立ったぞ……
「まぁ、それは置いといて。町の人たちはどうしたんです? 全く見かけませんでしたが?」
「あらあら、分かっておいでの癖に」
俺の質問に、指を鳴らして答えるヤヨイさん。その瞬間、俺たち三人以外には誰もいなかったはずの部屋に、一斉に何人もの狐人族が姿を現した。
「ちぇー、全然怖がらねーの。つまんないやつだなー!」
「驚いてたの最初だけだったよねー」
「その後の演技の適当さは笑えたぞ坊主!」
ガヤガヤと一気に賑やかになる。見た限りだと、部屋の外にまで溢れているみたいだ。
「予定では外に逃げてもらうはずだったのですが、あんな方法で破られるとは思いませんでしたよ」
ヤヨイさんが残念そうにそう言うと、外から「出番よこせよー!」という声が飛んできた。
「そうそう、『おもてなし』はまだですよ? まさか娘の恩人に、こんな余興だけなんてことはあり得ませんからね。では、改めまして……」
正座していたヤヨイさんが立ち上がり、居住まいを正す。周りの狐人族たちも彼女に合わせるようにして俺に向かい……
「「「ようこそ、狐人族の里へ!」」」
異口同音に、歓迎の言葉を贈るのだった。
なんか上手く書けない………
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