狐………
ごゆっくりお読みください。
カグラを御者台に乗せ、のんびりと馬車を引く。ただし、のんびりしてると思ってるのは俺だけで、実際には結構な速さになってる。すれ違う狼の魔物が俺らをターゲットしても、追いつけていないくらいの速度だ。
エレンと別れてから三日経った。リュケイア大陸は、その面積の二分の一近くが木々で覆われた大陸だ。言わずもがな大半がナーガ樹海のせいであるが、それだけでなく、そこら中に木が点在している。足下には草が敷き詰められたように生い茂っているのだ。もちろん、馬車道は除草されているが。
しかしそれは、大陸西部を除いた時の話だ。
現在、大陸西部にあるという狐人族の住処に向かって走行中なのだが、草木がほとんど無い。疎らに生えている木や申し訳程度に見える草が、その殺風景な様相に拍車をかけている。
「……シンイチ、休憩」
「ん? ああ、確かに暗くなってきてるし、今日はこの辺にしとくか」
既に夕方。橙色の夕陽が、地球のそれとは比べ物にならない程壮大に見えた。
適当な所に馬車を停めて野宿の準備をする。と言っても、ただ毛布を敷いてその上に座るだけだがな。
「よいしょっと。ほら、来いよ」
「……ん」
先ず俺が胡座をかいて座り、その上にカグラが座る。いつものスタイルだ。
「……『狐火』」
カグラが指を立ててそう言うと、指先に人の顔程もある火が生まれる。その火はカグラから離れると、ふわふわと俺たちの周囲を漂い出す。
これはカグラの魔法、『狐火』である。カグラ曰く「知能を持った火」とのことで、実際に簡単な命令なら従うのだ。
今は焚き火代わりになってもらっているのだが、どうにも落ち着きが無い。まぁ、特に問題は無いからいいんだけどさ。
また、この魔法にはあまり魔力を使わないらしく、一度生み出せば後は大気中の魔力を吸収して燃え続けるという、燃費のいい火なのだ。
「……これ、美味しくない」
「それには賛成だな」
カグラが手に持ったパンのような物を不満げに弄んでいる。
昨日、食料が尽きた。仕方なく今日は保存食として買ったパンのような何かを食べていたのだが、これがなかなかに不味い。味がしない、固い、その上喉が渇く。これで栄養価が低かったら良いとこ無しだ。
「……シンイチ、さっきの狼」
カグラが座ったまま俺を見上げる。
「それは、あいつらを食べるということか?」
「……そう」
衝撃である。そういや、船の上でも極彩色のトビウオを見て、美味そう、とか言ってたな。
カグラの提案には少なくない抵抗がある。しかし、このパンもどきをいつまでもモソモソ食べるのは、それはそれで嫌だ。
「……食えるのか?」
「……たぶん?」
分からないのかよ。
「十秒で狩ってくる」
「……いってらっしゃい」
それでも肉が食えるなら構わないか。こっちには使い勝手のいい焚き火があるんだ。よく焼けばきっと問題無いさ。
宣言通り十秒で狼らしき魔物を一匹捕まえてきた。この身体はどうやら夜目が利くらしく、日が沈んでる今でも不都合無く行動できたからこその成果だ。勢い余って頭を蹴り飛ばしたのはご愛嬌。
「……ナイスファイト」
「こんなの朝飯前。それよりも、どうやってこいつを捌くんだ? ナイフとかは持ってないぞ」
焼くとか以前の問題があった。ナイフは要らないかと思って買わなかったが、失敗だったな。あっても捌き方を知らないから意味無いか。
そう思っていると、急に『狐火』が狼の首無し死体に飛びついた。何してんだよ、と心の中でツッコミを入れている内に、『狐火』が狼から離れた。そこには、こんがりと焼けた肉だけが残っていた。まさかの丸焼き?
「……いただきます」
そのまさかだった。カグラが狼肉に齧り付き、食いちぎる。随分と漢らしい食い方だな。見れば中まで火が通っているみたいだった。本当にすごい焚き火だな、あいつ。
「……俺も食うか」
とりあえず色々と諦めて食べた肉は、普通に美味かった。青野菜が欲しいと思った。
美味しくいただいた後、食い切れなかった分は全力で投擲させてもらった。別に、あいつが狼ではなくハイエナなのではないかと気づいて気分が悪くなったからではない。
「……シンイチ、今日も」
「はいはい、分かってますよ」
馬車の中に引っ込んで眠ることにした俺たちだが、横になってすぐにカグラが俺の毛布の中に侵入してきた。
この狐っ娘、是が非でも俺と寝ようとする。初日は別々に眠ろうとしたのだが、何度離れようと引っ付いてくるから、仕方なく一緒に寝ることにしたのだ。
「……おやすみ」
で、すぐにスースーと寝息を立て始める。ここで少しでも逃げようとすると即座に目を開き、無感情な瞳でジーっとこちらを見つめてくるようになる。それがものすごく怖いので、大人しく俺も眠る。『狐火』が近づいてくる魔物なんかを追っ払うから、安心していられる。便利すぎるだろう、魔法。
「俺も使ってみたいぜ……」
己の低魔力を嘆きつつ、俺はゆっくりと睡魔に身を任せたのだった。
「……おかしい」
呟く。だって明らかにおかしいのだから。
翌日になって、ようやく俺たちはエルフの族長さんに聞いた場所に辿り着いた。
そこにあったのは、確かに小さな山だった。それが幾つか奥に続いていたため、これを越えていけば狐人族に会えるだろうと思って進んでいたのだが……
「なんで同じ所を歩いてるんだ?」
そう、進めないのだ。馬車では進めないだろうと山道の入り口に放置していったのだが、ある程度進んだあたりでふと後ろを見たとき、馬車があった。
その時は首を捻っただけだったが、その後もいくら歩こうが同じ位置に馬車がある。
これはおかしい。試しにカグラをおんぶして軽く走ってみたが、それでも馬車がある。なんというか、入り口から先に進めない。
「……たぶん、魔法」
背負ったカグラの分析に、そうだろうな、と心の中で相槌を打つ。いかにも狐の使いそうな魔法だな。この世界でも狐は人を化かすものらしいし。
「破る方法とかは?」
「……分からない」
「そっか。なら、一回戻ってみよう」
山道を出ようと歩き出す。だが、いくら経っても馬車に近づけない。
「……カグラ、下りてくれ」
「……何するの?」
「なに、ちょっとしたお遊びだよ」
カグラを背中から下ろして距離をとらせる。俺はその場に両手と片膝を着いて、クラウチングスタートの構えをとる。
深呼吸をして、息を止める。
「ふっ!」
俺は一気に飛び出すと、そのままどんどん加速していく。三割程度の力で走っているが、馬車との距離は未だに変わらない。
「なら、もっとだ!」
ギアを上げる。四割、五割、六割……ん? 今、視界の端にヒビが入った。よし、このまま……!
七割から八割に力を上げた瞬間、突然ピシッと音がして、目の前の空間に亀裂が生じる。徐々にその亀裂が大きくなり、やがてパリィン! と甲高い音を立て……
俺はその場から掻き消えた。
「……あ、シンイチ、帰ってきた」
「ただいま、カグラ」
馬車の前にカグラが立っていた。暇そうに尻尾を弄っている。
「……どこ、行ってたの?」
「エレンの家を通り過ぎたぐらいの所に」
ブレーキが効かなかったんだよな。あそこまで速くなるとは予想外だった。
山道に目を向けると、そこには小さな山が一つ。その奥には、先程あった山々なんて見当たらない。なるほどね、あれも魔法による幻覚だったということか。
つい十数分前まで、俺たちは狐人族の仕掛けた魔法に引っかかって立ち往生していた。どれだけ歩いてもちっとも進まないし、戻っても意味無し。たぶん、全方向に同じ現象が起きるはずだったのだろう。
俺はその状態にイライラしていた。なので、なんとか打破しようと何個かの作戦を考えていた。
その一つが、「ダッシュ」だ。
いや、ムカついたからとりあえず走ってみただけなんだが、脱け出せたんだから結果オーライだ。というより、魔法を壊したのか? まぁ、どっちでもいい。
これがダメだったら地面を殴って吹き飛ばすつもりだったからな。
なんにせよ、これで目的地に行けるわけだ。たしか、山の奥地と言っていたが、この山の裏ということでいいんだろう。
カグラを再度背負って、山の裏手まで走る。しかし、何も見当たらない。
結局ぐるりと一周してみたが、人っ子一人いなかった。
「族長さんの言ってたことと違う? いや、時間が経って場所を変えちまったのか?」
ありうる。族長さんは自分の歳を忘れる程に長生きしてるからな。最後に狐人族の所を訪れたのが何年前かも分からない。
「……シンイチ、あそこ」
「ん? どうした、ってあれ? さっきあんなのあったか?」
馬車に戻ってきて考え込んでいると、カグラが山の中腹を指差した。そこには、ポッカリと大きな穴が開いている。
「……怪しいな」
もしかしたら、あれが狐人族の住処かもしれない。
穴の手前まで跳躍する。洞窟と言えばいいのか、穴は斜め下に向かって伸びている。相当奥まで続いてるみたいだな……
「ん? これは……」
入り口には、一つの立て札。
そこに書いてあるものを見て、俺は召喚直後に感じたものと同じくらいの怒りを覚えた。
『狐人族の里へようこそ! もしかして、山の裏側まで行っちゃった? 残念、お疲れ様でした〜♪』
「なんで無駄に達筆なんだよ!!」
その後、思いっきり立て札をぶっ壊したのは言うまでもない。
今回は少し話が雑ですね。
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