エルフの長も
ごゆっくりお読みください。
さて、俺は今、魔法で作られた結界の中で一人のエルフと対峙している。
男にしては少し長めの金髪をポニーテールのようにしていて、左手に弓を携えている。藍色の瞳は刃物のようで、怜悧な印象を受ける。
「ふん。このリヒト・シュタウフェンが、愚かな人間に身の程というものを教えてやる」
吐き捨てるように言うリヒトと名乗った男は、怒りの表情を隠そうともしない。
結界の外、リヒトの後ろには、すごくつまらなそうに頬杖をついているリリシアがいる。あ、あくびしやがった。
「相手から目を逸らすとは、いい度胸だな。その余裕が何時までもつか楽しみなものだ!」
リヒトが矢を取り出して弓を構える。弦を引くその手が緑色の光を纏い、その光が矢に移っていく。
あれは魔法か。緑色のは魔力で、矢を強化でもしてるんだろうか。魔力量10の俺が考えても仕方ないけどさ……
「ッ! ふざけているのか! 食らえ、『スパイラルショット』!」
抗えない現実にがっくりと肩を落とす俺に苛立ったのか、声を荒げてリヒトが矢を放つ。すると、その矢の周りに目に見えるほどの風の渦が巻き起こる。くっ、かっこいいな!
迫りくる竜巻の矢を見据えながら、俺はこの茶番をどう終わらせるか考えていた……
そもそも、何故こんなことになったのかというと、ことは一日前に遡る。
シームンの時と同様に牢にぶち込まれた俺だったが、その扱いは本当に酷かった。
身動きがとれないように体中を魔法をかけた蔦で縛られ、土が剥き出しの檻の中に投げ込まれたのだ。腕も足も縛られてるか受け身がとれなかった。とらなくても問題は無いけども。
その後は見張りのエルフにずっと物理的に見下されてた。当の俺はというと、エルフの里にも鉄があるんだなぁ、とか思ってた。
この頃はまだよかった。特に問題は無かったし、ただ退屈なだけだった。
しかし、五時間くらい経っても状況が変わらない。お昼をとうに過ぎてるからお腹が空いていたし、喉が渇いていた。
見張りの人に水が欲しいと言ったら、「立場を弁えろ人間!」と怒鳴られた。仕方ないから何も飲まず食わずで更に五時間が過ぎた。
ここからは地獄とも言える時間だった。
まず、空腹。次に寒さ。最後に尿意だ。
結局、翌日まで食べ物を貰うことはできなかったし、再度喉が渇いたと言ったら水をぶっかけられてびしょ濡れになったし、トイレにも行かせてもらえなかったから膀胱が破裂する寸前だった。
プライドにかけて尿意と闘っていたら、一日経ってやっと助けが来てくれた。これからはリリシアに優しくしてやろうと誓った瞬間だった。
釈然としない様子のエルフに檻から出してもらい、族長の所に行くと言われたが、先にトイレに行かせてもらった。相手は何か言おうとしてたが、族長の御前で粗相をすることは許されないのではないか、とかなんとか言って許可をもぎ取った。
すっきりした俺は、そのまま族長の所に連れて行かれた。用をたす時は解放してもらえたのだが、一応この時は腕だけは縛られてた。
で、一際立派な大木を丸々一本くり抜いて造られた家に着いた。これが族長の家なのだが、よく木が腐らないものだと思った。これも神樹の加護とかで片付くんだろうな。
それで、中に入ってすぐの一言がこれだ。
「反省はできたかしら?」
ふんぞり返ってドヤ顔で訊いてくるリリシア。やっぱりこいつに優しくするの止めた。
「こら、リリシア。恩人に向かってそんな態度ではいけないよ。エルフの姫として、誠意を見せなきゃ」
「いたっ。うぅ、ごめんなさい、お父様……」
尊大な態度をとるリリシアの頭を、隣にいた俺とそう変わらないくらいの男が軽く小突く。結構痛いみたいで、リリシアが涙目になっていた。
突っ込まないぞ、俺は。いくら見た目が二十代前半、どころか十代にも見える男がリリシアの「お父さん」でも、俺は突っ込まないぞ。
まぁ、流石はエルフ、ってところか。
「晋一くん、と言ったね。孫を連れてきてくれてありがとう」
お父さん、もとい族長が頭を下げる。すると、俺を連れてきたエルフたちがざわつき始めた。
「長、何故このような人間に頭を下げるのですか!」
隣にいたエルフが族長に問いかける。ん? よく見たらこいつ、昨日のリーダーくんじゃないか。随分と人間嫌いが根強いみたいだな。
「大体、本当にこいつが姫を助けたのかも怪しいのですよ!」
「なら、リリシアが嘘を吐いているとでも言うつもりか、リヒトよ?」
「そ、それは……こいつが催眠の魔法を使っている可能性もあります! それで姫に嘘の記憶を刷り込んでいるかもしれません!」
族長の反論に少したじろぐが、それでもなお俺を認めないリヒト。筋金入りだな、これは。
「ふむ、そう言われてはなんとも反論のしようがないな。私には魔法の痕跡を見抜く力は無いんだ」
いや、そこは頑張ってくれよ。明らかに言いがかりだろ。
「シンイチを馬鹿にするのは許さないわよ、リヒト!」
と、そこでリリシアが俺のフォローに回ってくれた。お姫様からの言葉なら心強い、今度肉を食べさせてあげよう。
「ひ、姫!? くそ、お前! 姫に何をしたんだ!!」
リヒトが俺に掴みかかってくる。
いや、なんでだよ。自分たちの姫を信じてやれよ、取りようによっちゃ不敬だぞ。
だが、思い込み野郎にはそんなこと思いつきもしないみたいだな。眉間にシワを寄せちゃって、痕が残るぞ?
「リヒト、落ち着きなさい。彼に力があることが分かれば良いのでしょう?」
族長、その言い方だと決闘することになりそうですよ。
「なら、戦って力を見ればいい。それでどうだ?」
「……分かりました。そこでこいつの化けの皮を剥いでやります!」
ほら、やっぱり。あと、なんでお前はそんなにやる気満々なの? 催眠の魔法とか使ってたら実力も何も無いんじゃないの?
そんな俺の思いを汲んではもらえず、かと言って下手に何かを言うこともできないので、そのまま決闘の運びになり、冒頭の状況となる。
風を纏った矢が飛んでくるのが見える。あれはきっとすごい威力なんだろうな。そんなのが迫ってくるなんて、恐怖でしかない。
だから、俺はしゃがんで避けた。だって見えてたんだもの、仕方ないじゃん。
矢は後ろの結界に当たると、勢いを失って落ちた。
決闘の前の説明だと、この結界は神樹の加護の一部を借りて張られたもので、内部と外部を隔絶するものらしい。周囲を害する可能性のあるものは、さっきの矢のように危険性を排除されるとのこと。だから、安心して闘える、ということだ。
神樹の加護をそんなことに使ってもいいのかとか思ったが、これなら確かに安全だ。
「何ッ!? くっ、これならどうだ!『エアロスラッシュ』!」
まさか避けるとは思っていなかったのだろう、リヒトは悔しそうにしながらもすぐさま次の魔法を放ってきた。シュルルル、と音がしたと思ったら、シャツの前面がスッパリと切れていた。危なっ、見えない風の刃か!
「決まった! って、なっ!?」
魔法が当たったのを確信してニヤリと笑ったリヒトだが、無傷の俺を見て驚愕していた。今、殺す気だっただろ、こいつ。
「チッ! ならこれだ! 『テンペスト』!!」
リヒトの突き出した両手が濃い緑に輝き、同時に俺の足下からも同じ光が溢れ出す。もしかして魔法陣ってやつか?
とりあえずバックステップで光の範囲外に出ると、突如として目の前で強烈な嵐が吹き荒れた。あと少し遅れたらあれの中だったのか。
いや、無傷でいる自信はあるけどさ。あれだとたぶん服が無くなっちゃうからな。全裸とか、それは捕まるわ。
ゲルグの爺さんの言ってた「派手なの」ってこれくらいのことを言うんだなぁ、とか思ってたら、嵐が止んだ。
「ハァ、ハァ……ふっ、これで俺の勝、ち……ッ!?」
リヒトが肩で息をしている。あれはかなり強い魔法だったのか、はたまたリヒトの魔力量が少ないのか、どちらにせよもう終わらせよう。
「次はこっちから行くぞー」
「消えっ、グボァッ……!」
適当に走って適当に腹パンを繰り出した。それだけの動作でも捉えきれなかったようで、リヒトは苦しげに呻きながら吹っ飛び、結界に当たって地面に落ちた。
……消えてないからな?
決闘を観ていたエルフたちが唖然とする。リヒトが負けたことが信じられないといった感じか。その中で唯一リリシアだけが呆れた顔をしていた。
「……はぁ。族長さん、終わりましたよ?」
「え? あ、あぁ、晋一くんの勝利だ。確かに、君の力は見させてもらったよ……」
愕然とした表情の族長に声をかけると、今だに驚きから抜けられないながらも俺の勝利を告げる。
すると、結界が解除されていく。リリシアがトコトコと近づいてきて俺の手を引っ張り、族長の元へ。
「どう、お父様。言った通り、シンイチは強いでしょう?」
何故か誇らしげに胸を張るリリシア。お前が威張ることじゃ無いだろうよ。
「……あぁ。信じていなかった訳ではないが、まさかここまでとはな。リリシアが認めるだけのことはあるよ」
徐々に落ち着きを取り戻してうんうんと頷く族長。これでもう雑な扱いは受けないかな?
「……場所を変えようか。誰か、リヒトを治癒してやってくれ! では晋一くん、私の家に」
族長の呼びかけに従って数名のエルフが慌ただしくリヒトに駆け寄って、魔法を使って治癒する。俺はそれを横目で見つつ、族長の後についていく。
族長の家に着き、族長に勧められて対面の椅子に座る。固いな、この椅子。ユリアの家のソファが恋しいくらいに。
「改めて、リリシアを連れてきてくれてありがとう。族長として、父として、君に何か報いれるといいのだけど……」
「お礼とかはいりませんよ。気持ちだけで十分です」
「……本音を言うと、その提案は助かるんだけどね。神樹を護るエルフの長として、そんな礼を失した行いはできないんだ。何か、して欲しいこととかは無いかい?」
ふむ、やっぱり立場が上の人ともなると礼節を重んじるようになるのか。
別に欲しい物とかも無いし、して欲しいことも無いんだよなぁ。この後はまたエレンの家に戻るつもりだし、ちょっとした実験をしたいから荷物が増えても……
あ、いいこと思いついた。
「なら、里を訪れる許可を貰えませんか? 俺と、亜人の少女三人分。その子たちは、リリシアと同じ境遇だった子です」
リリシアはお姫様だから安易に外に出ることはできないだろうから、こちらから会いに行こうってことだ。ユリアもいいとこのお嬢さんだけど、あの親なら遠出を許可してくれるだろう。
「亜人かい? それなら問題は無いかな……一応、理由を聞いていいかな?」
理由か。単純なことだな。
「リリシアに会いたいからです」
「ふぇっ!?」
「ほぅ……」
リリシアが顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げ、その反応を見て族長が意味ありげに微笑んだ。しまった、省略しすぎたか?
「それは、懸想していると捉えてもいいのかな、晋一くん?」
「そ、そうなのっ!?」
ニヤニヤと尋ねる族長と、身を乗り出して食いつくリリシア。
「……違いま、せんが、恋愛対象として見てはいません。大事に思ってるのは確かですよ」
危ない。リリシアの顔が赤から白に変わるのを見て、ギリギリで言葉を止め、注釈、フォローで繋ぐ。安堵した様子のリリシアを見て、これで正解かと思い俺もホッとする。
「ほほぅ、そうか。それなら、いつでも歓迎しようじゃないか。リリシアもいいだろう?」
「へ? あ、うん! 私もそれでいいわ!」
「ということだ。里に来る許可は出そう……そうだ、いいことを思いついた!」
わざとらしくポンッと手を打つ族長。なんだろう、既視感が……
「晋一くん。リリシアの婚約者になるというのはどうかな? いや、我ながらいいアイデアだと思うんだ」
……亜人には、娘の結婚は親が決めるという風習でもあるのだろうか?
「これならエルフと人間の不仲を解消するのにもいいかもしれないし、私としても安心だ」
見事なまでのしたり顔。親譲りだったのか、それ。
因みに、話題の中心であるリリシアはトマトのように赤くなって口をパクパクさせてる。
「……それに応えることはまだできませんよ」
「まだ、ということは前向きに考えてくれてると思っていいね?」
「……俺にも心の準備とかはありますから、その話はまた今度で」
「そうかい? それじゃ、次に会える時のお楽しみにしておこう」
ダメだ、ユリア父と同じ匂いがする。
「そ、そんな話はどうでもいいじゃない! それよりシンイチ、カグラの様子を見に行った方がいいんじゃないの!?」
リリシア姫が俺を指差して怒鳴る。どれだけ大声を上げようと、紅潮した頬は隠せないぞ。
まぁ、今の言葉は族長から逃げるためのいいきっかけになるな。俺もカグラのことは気がかりだったし、乗っからせてもらおう。
「それもそうだな。族長さん、俺は用事があるので、帰らせてもらいます」
「族長だなんて、そんな余所余所しい呼び方はよしてくれよ。ここは一つ、『お義父さん』と……」
「お父様! ふざけないでください!」
「おぉ、怖い怖い。……晋一くん、また来てくれ。きっと神樹からの導きがあるはずだからね」
「えぇ、必ず。またな、リリシア。エレンたちも連れて会いに来るから、元気でな」
族長のからかいに口を尖らせていたリリシアの頭を撫でる。最初は少し抵抗しようとしたが、すぐに大人しくなる。
「…………待ってるわ」
その言葉を聞いて、俺は手を離して出口へ向かう。
だが、そこでどうしても聞きたいことができてしまった。
「すいません、最後に一ついいですか?」
「なんだい?」
「族長さんって、何歳ですか?」
「え? うーん、何歳だっけ? 七百までは覚えてたんだけどなぁ……」
若々しいエルフの長は、やはりとんでもないご高齢のようだった。
エルフの平均寿命は千五百と少し、という設定になってます。これを超えるとハイエルフになりますが、出てこない設定です。
リリシア編は今回で終了。次回からはカグラ編です。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。




