気持ち
18時に間に合わなかった………
ごゆっくりお読みください。
「リリシア、変わったところはないか?」
「……ないわ」
ぶっきらぼうな返事。チラッと後ろを見るが、リリシアは俺の方を見ようとしていない。
樹海に向かって走ること一時間、大分樹海が近づいてきた。この間の俺とリリシアの会話は先ほどのように一方的なものだった。人間嫌いのエルフといってもリリシアとは打ち解けたと思ってたんだが……
「なぁ、どうしたんだ? なんか変じゃないか?」
「……………」
「はぁ……」
リリシアはそっぽを向いたまま口を閉じている。諦めて前を向き、樹海を眺める。
「あの突き出てんのが、神樹『ナーガスティア』か……」
あそこの周辺がエルフの里になっているのだろう。樹海の中では馬車は使えないだろうから、徒歩になるのか。見た感じだと一日じゃ着かなそうだ。
その後も会話は無く、三十分もせずに樹海の端に着いた。今はちょうど昼頃だから、一度休憩にしよう。
「リリシア、休憩して昼ご飯だ。荷台にあるものなら好きに食べていいぞ」
「本当に!? ならこの燻製肉はもらったわっ!」
リリシアが元気に荷台に飛び込んでいった。エルフのイメージを粉々に砕いてくれるな、あの姫様は。
美味しそうに肉を噛むリリシアの様子を微笑ましく思いながら、周囲の警戒を怠らない。今は足音一つ聞こえないが、いつ魔物が出てくるか分からないからな。
「なにしてるのよ、食べないの?」
こてん、と首を傾げる。仕草は可愛らしいが、両手に持ってるのが肉では締まらないな。
「俺はいいかな。食いすぎるなよ」
エレンたちがいた頃は考えて食べる必要があったが、二人ならそこまで気をつけなくてもいい。
最悪、俺は一日ぐらいは食わなくてもいけるだろうし。
「……私ももういいわ。少し休んだら行きましょう」
「ん? 別に遠慮しなくていいんだぞ。まだ肉はあるだろ?」
「いいのよ。お腹いっぱいなの」
そう言うと、手に掴んでいた燻製肉を離すリリシア。機嫌を損ねちまったのか?
なんにせよ、本人の意向に従うことにする。荷台に置いてあった袋に三日分の食料を詰めていく。あ、テントは意味無いか。なら適当に毛布でも持ってけばいいな。
準備を終えて出発の旨を伝えると、リリシアはすぐに行動し出した。
馬車を置いて樹海に入っていく。リリシアはエルフの里の方向が分かると言うので先に進んでもらっている。俺はその後ろを歩きながら、視界に入る魔物を拾った石ころで撃ち抜いていく。絶対にリリシアには近づかせない。
しばらく進むと、唸り声とともに横合いから猪のような魔物がリリシアに向かって飛び出てきた。
「リリシア!」
手加減抜きの速さで猪とリリシアの間に割って入り、明らかにオーバーな力で猪の魔物を殴り飛ばす。臓物をぶちまけながら魔物は息絶えた。
「大丈夫だったか?」
「……えぇ」
リリシアはそれだけで、また歩き出してしまう。
……本当にどうしたんだよ。
分からないままにリリシアの先導で樹海を進んでいき、日が沈んできた。今日はこれ以上進むのは危険だと判断して、野営することに決定した。
リリシアがモソモソと肉を食べるのを眺めながら、俺も固いパンを食べる。普通に考えたら噛みきれないくらいに固いが、割と普通に食える。ユリアが食おうとして歯が痛いと言ってたから、俺がおかしいんだな。
パンを一つ食べ終わると、辺りに目を向けて魔物の影が無いか確認する。火を焚いてるから近づいては来ないと思うが、魔物は必ずしも動物の常識が通じる相手じゃない。あの熊より強いやつがいるかもしれないから、用心するに越したことはない。
「……ごちそうさま。もう休みましょう」
リリシアも食べ終わったみたいだった。荷物の中から毛布を二枚引っ張り出すと、一枚を地面に敷いて寝床を作り、もう一枚をかける。
「眠れるか? もう一枚あるぞ?」
「……いらないわ」
そう言うと、リリシアは横になって目を閉じた。その際に少しだけこちらを見たが、何も言うことは無かった。
……どうにもリリシアと会話が続かないな。今まではもうちょっとまともに喋ってたはずなんだが、何か間違ったのだろうか。
分からないが、それでも俺のやることに変わりはない。リリシアをエルフの里に送り届けるだけ。
その夜は、一睡もすることなく不寝番に徹した。魔物が来る時もあったが、全て投石で撃退させてもらった。
「……ん? あぁ、もう朝になったのか」
背を向けて眠るリリシアを見ていると、いきなり眩しい光が目に飛び込んできた。どうやら日が昇ったみたいだ。
「んー、ふわぁ………」
あくびが出てしまった。この身体でも、一晩寝ないでいるのは少し辛いところがあるな。流石は三大欲求の一つ。
「うぅん……」
眠気を飛ばそうと軽いストレッチをしていると、リリシアが起きた。まだ日が出てから一時間経ってないのに起きるなんて、普段のリリシアからは考えられない。
「起こしちまったのか? まだ寝ててもいいぞ」
「別にいいわ、おはよう。ご飯を食べたら出発ね」
目を擦りながら毛布を片付ける。俺は食料を取り出しておく。
無言のまま食事をして、移動の準備をする。まだ食料には余裕があるな。このままだったら無事にエルフの里まで着けそうだ。
昨日よりもハイペースで進む。リリシアは流石は森の民エルフと言った感じか、スイスイと木々の間を縫っていく。俺は荷物を持っているから少し遅れ気味だが、特に苦もなく着いていける。
視線を上げると、神樹が見えた。他の木とは比べものにならないほど大きい。頂端の方は雲に隠れていて見えなくなっている。
今日は昼の休憩に加えて数度の休みを取りながら、日が沈むまで歩き続けた。この感じでいくと後一日と少しはかかりそうだ。
「リリシア、疲れてないか? 無理だけはするなよ」
「大丈夫よ。私より、あなたはどうなの?」
「俺の強さは知ってるだろ? これくらいなんともねぇよ」
「……そう」
ジッとこちらを見つめてくる碧色の瞳。パチパチという焚き火の音だけが響く。その空間の中で、何故だか罪悪感に苛まれる。
「め、飯にするか。食ったら明日に備えて早く寝ようぜ」
リリシアから目を逸らして夕飯のパンを取り出す。リリシアはいつも通りに肉を食べている。
昨日と同じように毛布を二枚出してリリシアに渡し、俺は木の幹に寄りかかった。神樹に近づくにつれて魔物の数が減ってきた気がするが、それで油断はしてられない。人は三日寝ないと死ぬこともあると聞いたことがあるが、今の俺は人とは思えない身体だからな。耐えられると思いたい。
気を引き締める。リリシアが横になったのを見つつ、耳を澄まして足音が無いかを確かめる。よし、特に問題は無さそうだ。
……それにしても、神樹の力が働いてるのか本当に魔物がめっきり減ったな。このまま何事もなく朝になればいいが。
数時間経った辺りで、その思考がフラグだったのか蛇型の魔物が現れた。全く音を出してないから気づけなかったが、既に敵はこちらをターゲットしていた。
立ち上がり蛇に近づこうとするが、足取りが覚束ない。視界が揺れる。寝てないのが影響してるのか?
上手く力を入れることができないでいると、蛇が牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
「『ウィードスパイク』!」
噛み付いてきたところを握り潰してやろうと身構えていたら、突然足下の草が剣山のように鋭く伸びて蛇を串刺しにした。
振り向くと、リリシアが地面に手をついた体勢で蛇を睨んでいた。そうか、今のはリリシアの魔法だったのか。
リリシアはふぅ、と息を吐くと、今度はキッ! と俺を睨みつけて大股で俺のところに近づいてくる。
「ありがとな、リリシア。助かった……」
ーーーーーパシンッ!
「…………へ?」
左頬に衝撃。目の前には、右手を開いたまま振り抜いた姿勢のリリシア。その目には、涙が溜まっている。
「……あなた、昨日も寝てなかったでしょ?」
震える声で、しかし力強く問いかける。
俺は思わず頷きを返すが、なんでリリシアがそれを知ってるんだ?
「知ってるわよ。顔色が悪くなってるんだもの」
………そうだったのか。まぁ、それでも構わないか。俺のすることに変わりはないしな。
「それは悪かったな。心配かけてたみたいだ。今日はもう休むから、リリシアももう「嘘ね」……え?」
リリシアに言葉を遮られる。そこには確信を感じられた。
「そう言って、また寝ないつもりでしょう?」
「……なんで」
分かったんだ? という疑問は、打ち消される。
「あなたは気づいてないと思うから言うわ。私も寝てないのよ。あなたが無茶しないかを調べるためにね」
俺は驚く。まさか寝てないなんて、そんな素振りは一切無かったのに。朝のあれは演技だったのか?
「あなた、寝言でこう言ってたわ。『ごめん』って。それは、カグラが倒れたのを悔やんでるんでしょう? 守れなかったとか、そう思ってるんでしょう?」
図星だった。何故リリシアが俺の寝言を知ってるのかは分からないが、俺の気持ちはほぼその通りだった。
「それに気づいてる? エレンの家を出てから、一度も私のことを『お前』って呼んでないのよ。いつもより優しいし」
……そうだったか? でも、それがどうしたっていうんだ?
そんなことを言おうとしたが、先にリリシアが喋り出す。
「あなたは私に、無理はするな、とも言ったわよね。さっきのあの蛇、実は猛毒を持ってるわ。それも、人間なんて数秒で死んじゃうような毒よ」
「それは、確かに言ったが……でも俺ならあの蛇に噛まれるようなことは無かったはずだ。あの牙が俺に刺さるなんて「私はっ!」」
責めるように言い募るリリシアに圧されながらも、反論しようとする。
しかし、いきなりリリシアが叫んだため、続きの言葉は出てこなかった。
「私は、あなたに、シンイチに無理をして欲しくない! 傷ついて欲しくない! いくらシンイチが強くたって、心配なのは変わらないのよ!」
叫ぶ。瞳から透明な滴を流しながら、そう叫ぶ。
「あの時もそう! 一人で勝手に魔物に向かっていって、ボロボロになって。こっちがどれだけ心配したか、シンイチはちっとも分かってない! 目を覚まさない間、どれだけ苦しかったか!」
泣きながら、それでも止まることはない。俺はただ、呆然とするしか無かった。
「エレンも私も、シンイチが起きなかったらどうしようって、そう考えて、辛かった! 起きた時は嬉しかった。死んでなかった、って。その後も、あんな状態だったのにあなたはまた人の心配ばかりして、私たちがどう思ってるかなんて気づいてなかった!」
そんなことない。
たったそれだけのことが、言えなかった。
……リリシアたちがそんな風に思ってたなんて、知らなかった。そこまで心配させてたなんて、思わなかった。
リリシアが俺の胸に飛び込んでくる。その勢いで尻餅をついてしまうが、リリシアは俺をきつく抱きしめて離さない。
「ねぇ、もう、無茶しないで……心配させないで……」
頬を伝う大粒の涙を拭うこともせず、そう呟くリリシア。
俺は、急ぎすぎてたのかもしれない。視野が狭まって、一つの目的しか見えてなかった。
ーーーーー近くにいる存在に、気づけていなかった。
俺は、嗚咽を漏らしながら泣いているリリシアをそっと抱きしめる。サラサラとした金髪を優しく撫でると、リリシアの肩がピクンと跳ねた。
「ごめんな、お前たちのこと、見てやれなくて。ごめんな……」
視界が滲んだ。熱い何かがこみ上げて、抑えきれずに溢れ出す。
俺はリリシアが泣き疲れて眠るまで、ずっとその小さな体を抱きしめていた……
今回はリリシアのヒロイン度数を上げるのに必至だったんです。許してください。
時間かかった割りには展開が急だったかもしれないですが、自分の未熟さ故ですね。受け入れます。
一応、次話からは少しずつ明るくなっていきます。早く吹っ切れた晋一が書きたいです。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。




