二日経って
今回は話が進まなかった………
ごゆっくりお読みください。
とある小学校の卒業式の直後に、凄惨な事件が起きた。
死者十名、五人が重体で重軽傷者は合わせて十三人。
卒業式を終えたばかりの小学校の校門に、突如としてトラックが突っ込んできた。原因は飲酒運転。まだ昼間のことだった。
死者十名のうち、六人は生徒、四人は保護者だった。
その保護者には、俺の両親が含まれている。二人とも即死だったそうだ。
笑顔で俺を出迎える両親は、目の前でその命を唐突に終えた。
それ以来、俺は時折夢を見るようになった。あの日を幾度となく繰り返す夢。
あの日の光景そのままに、俺だけが違う。何度も何度も叫んだけれど、結局両親はトラックに連れ去られた。
あの時の俺は笑顔だった。笑っていた。父も母も、笑っていた。夢の中でも、笑っていた。
何度もその笑顔を見るうちに、俺は分からなくなっていった。
ーーーーー笑顔って、何だっけ?
そう思い始めてから、俺は上手く笑えなくなった。友達だった奴らは俺の笑顔を歪だ、不気味だと言って離れていった。
周りに誰もいなくなった頃から、異常に頭がよくなった。正確には要領がよくなった。ちょっとした勉強で学年一位は余裕だし、口で言われただけでも運動のコツをつかめるようになった。
そのせいか、ますます皆が俺から離れていった。俺に近づこうとするのは御堂ぐらいのものだった。
異世界に来てからは、俺から離れていく人はいなかった。エレンもユリアもカグラも、ちょっと素直じゃないがリリシアだって、俺を遠ざけようとはしなかった。グロウやゲルグの爺さん、ユリアの両親もそうだった。
正直、楽しかった。
でも、あの魔物が襲ってきて、俺の判断ミスでエレンの実の母親が犠牲になって……
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目を開くと、光が入り込んできた。眩しい。
なんだか頭がボーッとする。気怠い体を起こす。そっか、俺は寝てたんだな。
「シンイチさん! 目が覚めたんですね!」
すぐ側から、嬉しそうな声が聞こえる。そこには、目尻に涙を浮かべるエレンがいた。
そうだ、エレンの実の母親がエレンの代わりに……
「エレン、あの魔物はどうしたんだ! お前の母親は無事なのか!?」
「きゃっ、ちょっと、シンイチさん! 落ち着いてください!」
気がつけばエレンの肩を掴んでいた。彼女は痛そうに身を捩る。
「わ、悪い。取り乱しちまった。……それで、どうなったんだ?」
途中から記憶が無い。エレンの母親が倒れている姿を見たっきり、そこから先を思い出せない。
「覚えてないんですか? あの魔物はシンイチさんが倒してくれました。それであの女性……私の母は酷い怪我をしていましたが、カグラちゃんが治してくれました」
……よかった、助かったのか。守れなかったのは悔しいが、なんとかなったみたいだな。
「皆は無事だったのか? というか、ここエレンの家じゃないか。他の魔物はどうなったんだ?」
「それは、理由は分かりませんが、魔物は全て樹海の方に帰って行きました。リリシアやお父さんとお母さん……私を育ててくれた父と母は無事です」
魔物たちが樹海に戻ったのは、多分あの熊の魔物を倒したからだろうな。魔物たちはあいつから逃げていたみたいだし、危険が無くなったから巣に帰ったとかだろう。
それより、エレンの言い方が気になるな。
「なぁ、エレン。カグラはどうしたんだ?」
「ッ! カグラちゃんは、その……」
エレンがそっと目を伏せる。なんだ、その反応は。もしかしてカグラに何かあったのか!
「カグラちゃんは……」
エレンの目が俺の向こうに向けられる。その視線の先を追っていくと、エレンとは反対側に、眠っているカグラがいた。
「はぁ、無事だったのか。心配させやがって……」
カグラの銀髪を優しく撫でてやる。こうされても起きないんだよな、こいつ。
しかし、そんな俺に告げられたのは、聞きたくない事実だった。
「カグラちゃんは、お母さんを治した後から、一度も目を覚ましてません……」
……ん? 目を覚ましてない?
「……はは、そんなに眠ってるのか。そういや、あれからどれくらい経ったんだ?」
ここで期待するのは、一日とか、そんな程度だ。そんな程度で、いいんだ。
「……もう、丸二日経ってます。シンイチさんは二日間意識を失っていたんです。そして、カグラちゃんも……」
でも、そんなに甘くなかった。
二日。
俺はそんなに寝てて、カグラはまだ目を覚まさない。
「……エレン。悪いけど、水を持ってきてくれないか?」
「はい、いいですけど……」
「ごめんな、ちょっと喉が渇いたんだ」
エレンが部屋を出て行ったのを見て、頭を抱える。
何があったんだ? 俺の記憶の無い時間に、何が? 頭が回らない。
隣のカグラを見る。その顔はただ眠っているようにしか見えない。呼吸もしてるし、熱も感じる。大丈夫、死んでない。
「シンイチさん、お水持って来ました」
「あぁ、ありがとう」
戻ってきたエレンから木製のカップを受け取り、中の水を飲む。すると、急激に頭の中がクリアーになっていく。どうやら本当に喉が渇いていたようだ。
飲み干して、考える。カグラがエレンの母親の怪我を治したと言った。あの出血量だ、相当に深い傷だったろう。骨が折れていたのは間違い無い。
それを治したということは、多分カグラは魔法を使ったんだ。致命傷だけを治したとしても、それにかかる魔力量は多かったんじゃないだろうか? 使ったことの無い俺だから推測の域を出ないが。
そこで、エレンが心配そうに俺を見つめているのに気づく。その後ろから同じようなリリシアの顔も見えた。俺が目覚めたと聞いてやってきたのだろう。
「なぁ、エレン。今のカグラの容態は分かるか?」
俺が尋ねると、エレンはリリシアを見て、リリシアがそれに頷いて話し始めた。
「今、カグラは魔力切れに近い状態に陥ってるわ。命に別条は無いはずだけど、ここまで眠ったままなのは少しおかしいわね」
やはり魔力が関係してたか。でもリリシアの最後の言葉は気にかかるな。
「魔力切れっていうのは、どういう症状なんだ?」
「私はなったことが無いから詳しくは知らないけど、最初に酷い倦怠感があるらしいわ。その状態でそれ以上に魔力を消費すると、意識を失ってしまうのよ。それも普通なら半日もすれば快復するけどね」
「……分かった。ありがとな、リリシア」
要するに、カグラの状態は魔力切れにしては少し変だというわけか。
「シンイチさん、とりあえず何か食べませんか? 二日も寝たきりだったんですから……」
……それもそうか。考えていても俺にはどうしようもない。言われて気づいたが、腹もかなり減ってるみたいだしな。
「そうだな。じゃあ、そうするよ」
立ち上がって身体に異常が無いか確認する。うん、少し怠い以外は特に問題無いな。
エレンとリリシアに続いて部屋を出る。そこでエレン父と母に出会った。
「シンイチくん、目が覚めたのか! いやぁ、安心したよ」
「えぇ、本当に。あんなにすごい怪我だったんですもの」
二人とも微笑んで灰青の尻尾をパタパタと揺らしている。犬人族は分かりやすいなぁ。というか、怪我ってなんのことだろうか。もしかして熊に吹き飛ばされた時のやつか? いや、あの時はダメージはあっても怪我まではしてなかったはずだ。
「怪我って何のことですか? 俺、あの日は途中から記憶が無くて……」
「そうなのかい? 私たちが駆けつけた時には君は全身血まみれで……あ、これは魔物の血じゃなくて、君の血だったんだ。とにかく体中から血が出てたんだよ」
「思わず気絶しそうになっちゃったわ。でも、もうすっかり消えちゃってるみたいね……なんでかしら?」
……なるほど、理解した。俺はフルパワーであの熊の魔物を倒したんだ。正確には、耐久の値を大幅に超えた力で、といったところか。あまりの力に身体が耐えきれなかった、と考えるのが妥当か。そして、怠さは残るものの二日で快復した……
それなら、俺の力は以前よりも強くなっているはずだな。
…………次は、過信しない。
「シンイチくん、お腹空いてるでしょう? 今何か作ってあげるから」
「ありがとうございます」
エレン母が料理を作ってる間に、テーブルへと向かう。そこには、既に先客がいた。暗い雰囲気をまとった茶色の犬人族の女性である。
「あ、あなたは……」
「シンイチと言います。エレンの母親……ですよね?」
対面の席に座った俺に気づいた女性に、直球で尋ねる。女性は大きく目を開くと、こくりと小さく頷き、深々と頭を下げた。
「ローラと言います。娘を守ってくださって、ありがとうございます」
その姿を見て、罪悪感に襲われる。
「当然のことをしたまでです。それに、頭を下げるべきは俺の方です。あの時本気を出していれば、ローラさんが傷つくことは無かった。本当に申し訳ありません」
ーーーーーあの時、自分の力を過信していなければ。クラーケンを倒したことで少し調子に乗った部分があったのかもしれない。制御できるようになって、浮かれてたのかもしれない。
それで人を傷つけてちゃ、制御できてないのと一緒だ。
「……私のことは構いません。あの子が無事でいてくれたのが、私にとって一番大事なことですから」
俯いたまま頭を上げて、そう零すローラさん。
……この人は、強いな。ずっと離れていても、しっかりとエレンの母親でいる。
「ローラさんは、これからどうするつもりですか?」
ローラさんは茶色の集落の生まれで、灰青とは何かしらの因縁があってここにいることはできない。それに茶色からも勘当されている。この先エレンとともにいるにはエレンを連れて行くしかないのだ。
「……私は、またリオスへ渡ります。エレンには偶に会いにくるだけにすると決めました」
「それでいいんですか?」
俺の問いに、ローラさんは答えられない。
「それは、皆と話し合って決めたことですか?」
「……いいえ、私一人で決めたことです」
「なら、話し合ってはどうですか? 一人で決めていいことではないと、俺は思います」
ローラさんは口を噤む。自分がエレンの側にいていいと、思えてないんだ。
「はい、シンイチくん。間に合わせだからあまり味はよくないけど、大丈夫かしら?」
「ありがとうございます。いただくんですから、文句は言いませんよ。それに、美味しいですからね」
エレン母が料理を持って来てくれる。俺はそれを食べ始め、俺とローラさんの間の会話が切れる。エレン母はどうやら部屋を出て行ってしまったようだ。
「……ごちそうさまでした。じゃあ、俺は部屋に戻ります」
ローラさんをおいて席を立ち、部屋に戻る。部屋にはリリシアがいた。どうかしたんだろうか?
「話があるわ」
リリシアから話をしてくるなんて珍しいな。真剣な顔をしてるし、真面目な話か。
「明日カグラが目覚めなかったら、先に私をエルフの里に送って欲しいの」
「……カグラはどうするんだ?」
「エレンたちが見ていてくれるわ。昨日の内に話し合ったのよ」
「それでカグラは大丈夫なのか?」
「ローラが治癒系の魔法を使えるのよ。だから衰弱することはないわ」
……俺の知らない内に話が進んでたのか。カグラの無事がある程度確保されてるなら先にリリシアを送った方が効率がいいな。
「……分かった。とりあえず今日は休むことにするよ」
そう断って寝転がる。リリシアがこちらを見ているが、何かしたのだろうか?
気にはなりながらも、俺はすぐに意識を手放してしまった。
次の日になって、カグラはまだ目を覚まさなかった。
「それじゃあ、俺たちは行きます。戻ってくるまで、カグラのことをお願いします」
「ああ。気をつけてな、シンイチくん」
「リリシアちゃんも元気でね」
「……………」
エレン父と母が見送ってくれる。ローラさんは無言でお辞儀した。
「シンイチさん、ありがとうございました。……また会えますよね?」
不安そうに見上げてくるエレンの頭を撫でる。茶色の尻尾がフリフリと振られる。
「何回でも会いにきてやるよ。ローラさんとも話をしとけよ?」
「……はい。約束します」
エレンたちに手を振りながら、馬車を引く。乗っているのはリリシアだけだからとても軽い。
でも、ユリアがいなくなった時より、重く感じる。
力も強くなったはずなのに、重いと感じる。
……今はリリシアを無事に送ることだけを考えないと。
「……ねぇ」
「どうした? もしかして速かったか?」
「……なんでもないわ」
「そうか?」
御者台に座るリリシアは憮然とした表情でそっぽを向いている。変なやつだな。
「……………………バカ」
小さく呟かれた言葉は、風に流されて俺には届かなかった。
次回からリリシア編です。まだ少し暗い雰囲気が続くと思いますがご容赦ください。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。




