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人外さんの異世界旅行記  作者: 洋風射手座
第二章 家に帰るまでが遠足さ
21/93

号哭の後

ごゆっくりお読みください。

  グシャッ!


  耳を塞ぎたくなる音。


  フードを被った人がエレンを突き飛ばし、熊のような魔物の凶悪な一撃をまともに受けた。


  時間がゆっくりになる。吹き飛ばされた衝撃でその人のフードが外れる。


  そこに見えたのは、エレンと同じようにペタンと垂れた茶色の犬耳。


  その人の顔は、苦痛に歪められながらも、どこか微笑みに似た感情が読み取れる。


  その視線の先には、突き飛ばされて呆然と尻餅をつくエレン。


  ーーーーーまさか。


  ある一つの可能性に思い至り、それはすぐに確信へと変わる。


  ーーーーーあぁ、エレン……


  なぜか。なぜか、聞こえるはずのない声が聞こえた。それは、慈しむような声。


  母が我が子に向ける、慈愛の声。


  世界が元の早さに戻った。


  ズシャアァァ、とフードの人は地面を滑り、倒れたまま動かない。徐々に、その人の周囲に赤い色が広がっていく。


「嘘、だろ。おい、そんな、んなことってあるか?」


  その光景が俺を責め立てるように視界に入り込んでくる。嫌でも、目に焼きつく。


  ーーーーーあの人は、エレンの実の母親だ。


  そう、思った時、俺は完全に正気を失っていた。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




  息を切らしながら走る。シンイチさんの姿はまだ見えないけれど、地面を深く穿つ足跡が彼の行方を示している。


  シンイチさんが簡単に死ぬとは思っていない。けど、すごく嫌な予感がする。


  その予感を押し殺すように走っていると、突然何かが横を通り過ぎていった。


  驚いて振り返る。そこには、うつ伏せに倒れたシンイチさんがいた。


「シンイチさんっ!?」


  私の声に反応して、シンイチさんが顔を上げる。立ち上がろうとするが、フラフラとして上手く立てないみたいだ。


「エレン! 後ろだ、逃げろー!!」


「え?」


  シンイチさんの声に、再度振り向く。目の前には、真っ黒な巨体。視線を上に向けると、私を見つめる真っ赤な目。その大きな腕が、高く振り上げられている。


  恐怖した。動けなかった。


  その腕がゆっくりと私に近づいてくる。私は動けない。その距離が徐々に縮まって、もう避けることはできなくなった。


  あぁ、死んじゃうんだ。


  ただ、それだけを思った。頭の中に色々な思い出が蘇ってきた。


  いつでも優しく私の手を引く父。私が話しかけようとすると逃げていく灰青の子どもたち。そんな私を見て抱きしめてくれた母。ある日急に攫われて奴隷になった時の、あの奴隷商の嫌らしい笑み。実は優しかった顔の怖い見張り人の奴隷さん。目を離すとすぐにウロチョロする元気なユリア。いつも眠そうな目をしていて無口なカグラちゃん。素直じゃなくて、でもどこか憎めないリリシア。


  そして、無表情で頭を撫でてくれる、シンイチさん。


  嫌なことも楽しいことも、全部のことが頭をよぎっては消えていく。


  ……嫌だなぁ、死にたくないなぁ。


  そう思いながら、諦めて目を閉じる。やってくる衝撃を待つ。


  しかし、私は横からトンッと優しく突き飛ばされた。


  目を開くと、そこには昨日会ったフードの女性がいた。フードの影から、女性のニコリとした笑みが見えた。


  瞬間、女性は吹き飛んだ。地面を転がっていき、止まった女性はピクリともしない。女性の周りに、血が滲み出す。


  女性は犬人族だった。けど、その毛色は灰青ではなく、茶色。


「……………え?」


  尻餅をつきながら、訳が分からず呆然とするしかなかった。なんであの人は茶色なのか? どうして私を助けたのか? なぜ、私を見て微笑んだのか?


「アァァァアァァアアッ!!!!」


  頭がグチャグチャになっていた私は、そんな怒号で現実に引き戻された。


  怒号の発生源は、シンイチさん。


  でも、彼は本当にシンイチさんだろうか?


  立ち上がった彼はフラフラとしながら、魔物を睨んでいる。


  その表情は、今まで見たことがない程に変化していた。あのシンイチさんの顔が、動いている。怒りに満ちている。


「絶対に殺してやるッッ!!!」


  その叫びが大気を震わせたのとほぼ同時に、その場からシンイチさんの姿が消えた。


  ドパァン!! という、何かが破裂する音が、すぐ近くから聞こえた。そして、生温かいものが降りかかってきた。


  血、だ。


  先程まであの巨大な魔物が立っていた場所には、血まみれのシンイチさんが立っている。そこに魔物の姿は無く、よく分からない赤色の肉片が散らばっているだけだった。


  シンイチさんはフラフラとフードの女性のもとへと歩いて行く。その体は真っ赤に染まっているが、先程までとは少し違って、全身から血が滴り落ちている。違う、流れ出ているんだ。


  シンイチさんは女性の隣にしゃがみこむと、女性の体を揺らし始めた。


「おい、死ぬなよ……さっさと起きろよ。娘が待ってんだろうが……」


  何の話をしているのだろう。娘って誰のことだろう。


「ふざけんなよ。なに満足そうな顔してやがんだよ」


  私は立って、俯いたまま女性の体を揺らすシンイチさんのところへ向かう。


「まだ生きてんだろ? なら目を覚ませよ。なぁ、起きてくれよ!」


「シンイチさん……?」


  私の声に、ゆっくりと顔を上げるシンイチさん。


  ーーーーー泣いていた。


  あの無表情なシンイチさんが、子どものように顔をくしゃくしゃにして泣いていた。両の目から涙をボロボロと零し、悔しそうに口を引き結んでいた。


「ごめん……ごめんな、エレン……俺が、俺の力が無いばかりに……!」


「な、なんで謝るんですか。それより、その人は……」


  仰向けに横たわる女性の顔を見たとき、なぜか心が痛んだ。


  と、その時。女性が目を開いた。


  虚ろな眼差しで私を見つけると、震える手を私の頬に添えた。


「大きく、なったね……可愛い、私のエレン……」


  それだけ。ただそれだけ言い残して、女性の手はありませんパタンと下ろされた。頬に、僅かな温かさが残る。


「おかあ、さん……?」


  なぜだか、その言葉が口を突いて出た。シンイチさんがビクリと肩を震わせた。


「……くそッ、なんでだよ! なんで俺には魔法が使えないんだ! なんで、こんな力しか無いんだ! 約束したのに、それを守ることもできないんだ!!」


  シンイチさんが、涙を流しながら叫ぶ。


  約束。


  そこで、思い出した。


  ーーーーー『なら、俺が探しといてやるよ。会いたくなったらいつでも会えるようにな。こう見えても、人探しは得意なんだぜ?』


  いつもの無表情で、彼が言った。私を励まそうとしたのが簡単に分かる、そんな「約束」。


  それが示すのは、ただ一つ。


  ーーーーー大量の血を流し、ひっそりと目を閉じているこの女性が、私の本当の母親である、ということ。


「お母さん……? やだよ、やっと会えたんだよ? 死んじゃ、やだよ……!」


  自然と、水滴が頬を伝って落ちる。止まらないそれは、ポタポタと女性の手に当たっては、弾ける。


「ごめん……ごめんな……」


  隣で、シンイチさんが謝罪の言葉を呟いている。そんな、シンイチさんは悪くない。だって、シンイチさんは魔物を倒してくれた。


  どうしてもそれは言葉にならず、私は冷たくなりかけている母にすがりつくことしかできなかった。


  すると、そこにお父さんたちが走ってきた。心配そうに何かを言っているが、それは私には届かない。


  ……お母さん、死なないで!


  ただそう願うだけの私の隣で、カグラちゃんがシンイチさんを優しく抱きしめた。すると、シンイチさんは意識を失ったのか、ぐったりとその身を横たえた。


  カグラちゃんはその様子を見て、次は私の手を握った。


「……私に、任せて」


  カグラちゃんは私の手を離すと、女性の胸に手を当てた。


  突然、カグラちゃんから銀色の光が溢れ出す。


  眩しさに目を細めてカグラちゃんを見ると、さっきまで一本だったカグラちゃんの尻尾が、九本に増えていた。


「……『御霊の癒し』」


  カグラちゃんの体を覆っていた銀色の光が女性に吸い込まれていく。光が消えると同時に、女性から微かに呼吸の音が聞こえてきた。


「お母さん!? 生きてるの!?」


  思わず女性の体を揺さぶると、女性はゆっくりと瞼を開いた。


「……うぅん、あれ? なんで、私……」


  女性は何事も無かったかのように上体を起こすと、自分の体が無事であることを確認した。そして私に気づくと、瞳を潤ませて抱きしめてきた。


「エレン、やっと会えた……今までずっと会えなくて、ごめんね……」


  その温かさに、また涙が溢れてしまう。


  その時、ドサッという音がした。




  ……そこには、カグラちゃんが倒れていた。




誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。

また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。

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