家族との再会
気づけば「人外さん」も10,000PV、1,000ユニークを記録していました! 皆さん、本当にありがとうございます! これからも頑張って書いていきます!
では、エレン編です。ごゆっくりお読みください。
馬車を引きながら、タッタッタッと走る。周りからはジョギングペースに見えていると思うが、個人的には歩いてるのと同じ。
昨日までの俺だったら、そう思っていただろう。
しかし、今の俺は違う。本当にジョギング感覚で馬車を引くことができている。相変わらず重いとは感じないが、なんとか出力の制御に成功した。
今朝、テントの中で目を覚まし、リリシアの説教を食らった後のこと。なんでかは知らないが、底知れない力の出力を抑えることができていた。とは言っても、出そうと思えばいくらでも出せる。気を抜くとスキップで数メートル飛んだりもしている。
どうやら、意識の向け方次第で変わってくるみたいだ。普通に考えれば当たり前のことだけれど、生憎俺の身体は普通じゃない。その事実を把握しきるまでに時間がかかってしまった。
そんなわけで、亜人娘たちに快適な馬車ライフを送ってもらえるようになった俺は、一路、犬人族の集落に向かっていた。
「えっと、疲れてませんか? シンイチさん」
御者台に座ったエレンが心配そうに声をかけてくる。でもそれは、俺の体を労って出た言葉ではない。
「おう、元気いっぱいだぜ。エレンはどうだ? このぐらいの速さで問題無いか?」
「私はもう少し速くてもいいですけど、リリシアたちが……」
「私はもっと速くても平気よ! さぁ、とっとと走りなさい!」
「……問題無い」
「そっか。なら、ちょっとだけ速くする、ぞっ!」
「きゃっ! ちょっと、いきなりすぎるわよ、この馬鹿!」
「あれ、お姫様はこれが限界ですか?」
「なっ、そんなこと無いわ! 全然平気よ!」
「ほうほう、ではもう少しスピードを……」
「へ、平気だけど、か、カグラが怖がっているから、もう少しゆっくりでもいいんじゃない?」
「……よゆー」
「らしいぞ? よし、はりきって行くぞー」
「まま、待って! お願いだから、これ以上速くしないで! お願いだからぁ………」
「っと、冗談だよ、冗談。泣くなって、リリシア。少しゆっくりにするからさ」
「……リリシア、いい子いい子」
「ぐすっ、泣いてなんか、無いわ!ぐしゅ……砂埃が目に入っただけなんだから!」
「ふふっ、シンイチさん。あんまりいじめちゃダメですよ?」
四人でわいわい騒ぎながら、馬車は進む。
さっきのエレンの言葉は、話のとっかかりを掴むためのもの。少なくとも、俺はそう感じた。
だから、リリシアやカグラも巻き込んで話を広げていく。俺とカグラがリリシアをからかい、リリシアが反発し、エレンが宥めて、またそれをからかって。
そんな風にして、皆でお互いを確かめ合う行為を続ける。途切れないように、ぽっかり空いた穴を埋めるように。
たったの一週間と少し。それだけの時間で、ユリアは大切な仲間として俺たちの中にいた。
それは、奴隷だった時の恐怖から来る絆だったのかもしれない。あるいは、慣れない旅に対する不安からきた結束だったのかもしれない。
それでも、一人の猫人族の少女がいなくなった穴は、大きく感じられた。
「これもまた、『家族』なのかね……」
「何ボソボソ呟いてるのよ! いい? エルフ族は決して挫けたりしない強さをもつ種族で……」
口から零れた言葉は、姦しいエルフ姫に掻き消されて、誰にも届くことは無かった。けど、それでよかったと思う。
だって、聞かれたら恥ずかしいもんな。
その日は皆が眠るまで、ずっと話し声が絶えることは無かった。
「ん? エレン、遠くに何か見えないか?」
「はい? えっと……あ、見えました! あれが犬人族の集落です! それにしても、よく気付きましたね?」
視力抜群だからな、この身体は。
二日後の昼。やっと俺たちの視界に目指す場所が見えてきた。
しばらく走り続けると、徐々にその全容が明らかになる。
周りにはお世辞にも立派とは言えない木の柵。俺なら小指で壊せてしまうだろう。目に映る家々は、全て木でできた簡素なものだ。数人の犬人族が歩いているのが見えた。
馬車の速度を落として集落に入る。今回は誰にも止められることは無かった。その代わり、道行く人は皆ジロジロと俺を見ている。人族が珍しいのだろうか。
ふと、そこで気づく。この集落で見かける全ての犬人族の髪や耳、尻尾の色が、総じてグレーに近い青色をしている。
ユリア父に聞いた話を思い出す。犬人族の集落は血統の違いが一因になっている、というものだ。
もしそれが本当なら、この集落の人は皆、あの灰青の毛色を有すると考えられる。
しかし、エレンの毛色は茶色だ。
もしかしたら場所を間違えたんじゃ無いか? と思いながら歩いていると、目の前にいた女性が抱えていた荷物を落とした。
「え、エレン……?」
灰青の犬人族の女性は、口もとを手で押さえて驚愕の表情を浮かべている。
「お母さん……お母さん!」
すると、御者台に座っていたエレンが勢い良く飛び出して未だに呆然とする女性のもとに向かう。
「本当に、エレンなの……? ゆ、夢じゃないわよね……?」
「本当だよ、お母さん! 私、帰ってきたよ!」
エレンが女性に抱きつく。女性はその感触を確かめるようにエレンの体に触れる。
女性の瞳から、一滴の雫が頬を流れ落ちた。女性はエレンを抱きしめると、更に涙を流し始めた。
「あぁ、エレン。お帰り、エレン……!」
「うん、うん。ただいま、お母さん……」
俺はその光景を、何も言わずに見つめていた。こみ上げる熱いものを必至に堪えながら……
「エレン、一体どこに行ってたの? 皆、心配してたのよ?」
感動の再会を経た二人は、やっと落ち着いたようだった。
「それは、少し長くなるかもしれないから……一回家に帰ろう? そこで話すよ」
エレンに言われ、初めてここが道のど真ん中であることに気づいた様子のエレンの母親は、慌てて荷物を拾い立ち上がった。
「そ、そうね。じゃあ、帰りましょう。あ、そちらの方は……?」
「この人のことも、後で話すよ。一緒に行ってもいい?」
「えぇ、いいけれど……」
どうすればいいのか戸惑っている感じのエレン母だったが、再度エレンに急かされて歩き出した。一応、俺もそれに着いて行く。
「着きました。ここが私の家です」
少しすると、目的地に着いた。他の家と同じ、質素な木造建築だ。
まずエレン母が中に入っていく。どうやら他の家族を呼ぶらしい。
待っていると、ドタドタと足音がして、バァン! と玄関が開かれ、一人の男性が飛び出てきた。
「エレン! 本当に帰ってきてたのか!? 怪我は無いか? どこか悪いところは?」
「お、お父さん。恥ずかしいよ……」
ものすごい早さで捲し立てる男性は、エレンの父親のようだった。ベタベタとエレンの体を触っては、心配そうに無事を確かめる。エレンは少し、というかかなり恥ずかしそうで、尻尾がシュン、となっている。
「ご、ごめん。つい動揺して……でも、無事なようで安心したよ。お帰り、エレン」
「うん、ただいま、お父さん」
嬉しそうにはにかむエレン。その顔を微笑ましく見守っていると、急にエレン父が立ち上がった。
「よし、今日はお祝いだ! 盛大にパーティーを開こう! そこの君も、誰だか知らないが一緒にどうだ? こんなにめでたいことは無い!」
今にも飛び上がりそうな程テンションが高くなってるエレン父。やばいな、ちょっと着いていけない。視界の端のエレンの顔が真っ赤になっている。
「あなた、落ち着いて。その人も困ってるでしょう? すみません、はしゃいじゃって。どうぞ、上がってください」
家の中からエレン母が顔を出す。注意されたエレン父はハッとして俺を見ると、申し訳無さそうに頭を掻いていた。
「シンイチさん、こちらへ」
エレンに手を引かれて家に入る。話を聞いていただろうリリシアとカグラも後を着いてくる。
「少し狭いですけど、ゆっくりしていてください」
居間のようなところに通される。床は板張りになっていて、歩くと少し軋む音がする。エレンに勧められて、テーブルを囲うように置いてあった椅子に腰掛ける。何故かその上にカグラが座る。椅子、壊れないだろうか? リリシアは隣の椅子に座った。
することも無いのでカグラの銀髪を撫でていると、お盆に木のカップを載せたエレンがやって来た。
「どうぞ。ただの水ですけどね」
小さく笑うエレン。とても、幸せそうだ。カップを置くと、リリシアとは逆側の隣に座った。
「やぁ、先程は済まなかったね。嬉しくて我を忘れてしまっていたよ」
ニコニコと少年のような笑みを見せながらエレン父が来て、対面の椅子に座る。遅れて、エレン母がその隣に腰掛ける。
「あの、いきなりで申し訳無いのですけど、あなたは……?」
「この人はワタラセ シンイチさん。ここまで私たちを送ってくれた人です」
エレン母の問いかけに先に反応したのは、エレンだった。
「まぁ、あなたが……娘を連れてきていただいて、ありがとうございます」
エレン母が頭を下げる。ううむ、どうも慣れないな、感謝されるってのは。
「そうだったのか。ありがとう、シンイチくん。娘を守ってくれて、感謝している」
エレン父の感謝を受けて、でも、と思う。
ーーーーー感謝されるのは、気持ちがいいな。
「しかし、こう言ってはなんだが、私たちには特別なお礼なんてできないんだ……」
「構いませんよ。お気持ちだけでも十分ですから」
エレンを抱きしめる母、エレンの帰りを我を忘れる程に喜ぶ父。
あんなに幸せそうな姿を見れただけでも、俺は満足だった。
「うーん、それだと私たちが……そうだ! さっきも言ったが、パーティーをしよう! シンイチくんも、そこのお嬢さん二人も一緒に!」
「それくらいしかできませんからね。それじゃ、準備しますか」
「あ、私も手伝うよ。待っててくださいね、シンイチさん」
そう言うと、居間を出て何やらし始めるエレンたち家族。そういうことなら俺たちも混ざらせてもらおうかね。わざわざ水を差すようなことはすまい。
「あぁ、楽しみにしてるよ」
俺の膝の上でウトウトするカグラの銀髪を撫でながら、俺は少し浮き立つような気分を味わっていた。
あんなことが起きるなんて、夢にも思わないまま……
エレン編からは少しだけ暗くなりますが、読み続けていただけると嬉しいです。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。