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人外さんの異世界旅行記  作者: 洋風射手座
第二章 家に帰るまでが遠足さ
16/93

ファザー・ユリア

少し雑になっているかもしれませんが、気になった場合はご指摘ください。


では、ごゆっくりお読みください。



  俺は今、過去最大級の苦痛を受けている。


  ヤツが口を動かすたびに、俺の心が少しずつ削られていく。


  汗が額に滲む。心なしか呼吸も荒くなってきている気がする。


  隣にいるエレンとリリシアが、俺を見て訝しげな顔をしながらも、心配そうにしている。彼女たちにはこの苦痛が伝わらないのだろう。


  それも当然だ。何故なら彼女たちは異世界人なんだから。


  だからーーー


「む、にゃんだシンイチ殿。気ににゃることがあるにゃらにゃんでも言ってくれ!」


  ーーーーーこのおっさんの猫語が気にならないんだ……!






  数時間前、俺は牢屋にぶち込まれていた。両手を後ろで縛られ、猫耳の兵士たちに監視されている。


  猫人族の町、シームンに着いた俺たちは、門番の兵士に止められた。それで兵士がユリアを見た途端に、俺を誘拐犯扱いしてきた。


  俺は詰所に連れて行かれて、尋問を受けた。無論、全てに正直に答えておいた。嘘つく理由が無いし、悪いことはしてないし。


  そんな感じで余裕綽々な態度をとっていたら、それが気に障ったのか兵士たちが俺を牢屋にぶち込んだ。冤罪だ、冤罪。


  脱出しようと思えば簡単にできるけど、そんなことをしたら立場がますます悪くなってしまうので、大人しくしていた。すぐに助けが来ると予想していたからな。


  さっきの門番が「ユリア様」とか言ってたし、ユリアは実は良いとこのお嬢様なのかもしれない。ユリアは何も言ってなかったけど、たぶんそうなんだろうな。


  仮定が真だとすれば、エレンたちがユリアの両親に掛け合って、俺を解放してくれるはずだ。いくら高速馬車に腹を立ててたとしても、まさか見殺しにはしないと思う。


  少しずつ不安になってきて、やっぱ脱出しようかと思い始めたとき、一人の男が部屋に入ってきた。


  年齢は四十代くらいだろうか。グロウ程とまではいかないが強面で、厳格そうな雰囲気がある。身なりもきちんとしていて、高い位の人だろうことが窺える。髪の色がユリアと同じ緑色であることから、彼女の父親だと思われる。


  牢を見張っていた兵士が敬礼する。よく見ると、耳までビシッと立っている。


「君がシンイチ殿でよろしいか?」


  よく通るバリトンボイス。俺も思わず姿勢を正してしまう。


  こくり、と頷きを返すと、男は俺を数秒ジッと観察すると、兵士に顔を向けた。


「よし、釈放しろ。後で私の家まで連れてこい」


「ハッ!」


  男はそれだけ言うと部屋を出て行く。兵士は突然の命令に反駁すること無く俺を牢から出して拘束を解いた。


「着いてこい」


  兵士の後に続いて歩く。シームンの町は木造家屋が多いみたいだ。道行く人たちの頭には猫耳。無い人たちは人族の商人だろうか?


  しばらくすると、大きな門が見えてきた。その奥にはこれまた大きな屋敷が建っていた。


「ここだ。無礼が無いようにしろよ」


  門の前に着くと、兵士はそれだけ言って今来た道を帰って行った。それと同時に、門の方からメイド服を着た猫耳が現れた。こっちにもメイド服ってあるのか……


「お待ちしておりました、シンイチ様。どうぞ、こちらへ」


  メイドに促されるまま屋敷の敷地内に入る。広いな。さっきは見えなかったが、噴水まである。これは相当な金持ちだな、あのおっさん。


  屋敷の入り口まで来ると、改めて屋敷の大きさに驚かされる。通ってた高校の校舎と比べても遜色ないデカさだ。町の他の建物と違ってコンクリートのような物で造られているみたいだ。


  中に入ると、目に飛び込んでくるのは真っ赤なカーペット。天井にはシャンデリアまである。なんだこのセレブリティ……


「こちらでございます」


  メイドさんたちがお辞儀をして去って行き、代わりに執事らしきお爺さんが案内してくれる。お爺さんにも猫耳がある。何故かしっくりくるな、この人の場合。


「御主人様、シンイチ様をお連れいたしました」


『うむ、入れ』


  一際しっかりした作りの扉の前で執事が言うと、奥から先ほどのおっさんの声が聞こえてきた。


  執事が扉を開くと、高そうな椅子に腰掛けたおっさんが待っていた。


「一先ずは、座っていただこう。遠慮はいらんぞ」


  お言葉に甘えて対面のソファに座らせてもらう。おぉ、ゲルグの爺さんのとこのやつよりフカフカだっ。


  っと、そうじゃないな。釈放してもらったんだし、お礼をしなければ。


「助けていただいて、ありがとうございます」


「はははっ、礼儀正しい少年だ。……礼を言うのはこちらの方だ。娘を助けてもらって、本当に、感謝している」


  深々と頭を下げるおっさん、もといユリア父。金持ちは傲慢だというイメージがあったが、この人は違うようだ。


  父親として、俺に頭を下げている。


「いえ、俺はここまで連れて来ただけです。年長者として、子どもたちを守るのは当然ですから」


  ユリア父はその言葉を聞いて頭を上げると、俺の目を見つめる。目を逸らすことができずにいると、彼は突然笑い出した。


「ハッハッハッ! 面白い少年だ! ユリア、来にゃさい!」


  ん? にゃ? この壮年のおじさんから、そんな言葉が出るか?


  自分の耳を疑っていると、ユリア部屋に入ってきた。


「にゃにー、おとうさまー? あー、シンイチだー!」


  ユリアがパタパタと駆け寄ってくる。服がキュボエで買った物ではない白のワンピースになっている。とても似合っているから、腕をカリカリするのは止めて欲しい。くすぐったい。


「フフッ、随分と気に入られてるみたいだにゃ、シンイチ殿。ユリア、お友達のお嬢さんたちも連れて来にゃさい」


  んん? 聞き間違いじゃ無いよな? 絶対に「にゃ」って言ってるよな?


  ユリアが入ってきた扉の方に近づいてエレンたちを呼ぶ。エレンたちは恐る恐るといった感じで入ってくる。三人とも服が綺麗になっている。


  三人は俺を見つけるとホッとしたように表情を緩めた。まぁ、カグラはあんまり変わってないが。


「シンイチさん、無事だったんですね。良かったです」


「ふん、あんなことするから捕まるのよ!」


「……シンイチ、おかえり」


  やっぱり馬車がダメだったみたいだな。今はもう許してもらえてるっぽいが。リリシアもチラチラとこっちを見てるあたり、少しは俺が捕まったのを気にしてたようだ。


「うむ、集まったにゃ。でははにゃしをしたいんだが、いいか?」


  ……やっぱり言ってる。兵士の人は普通に「な」って言えてたんだから、これは遺伝なのか?


「む、にゃんだシンイチ殿。気ににゃることがあるにゃらにゃんでも言ってくれ!」


  あんたの喋り方が気になるんだよ! と言いたいとこだが、我慢だ。飲み込むんだ。


「にゃんでもにゃいです……」


  くそっ、釣られちまった……!


「そうか? では改めて、ユリアを助けてくれてありがとう。それで、そのお礼をどうしようか、ということにゃんだが……」


  頭を切り替える。もう気にしない。


  しかし、お礼か。別に貰わなくても構わないんだがな。まだエレンたちを送らなきゃいけないしな。


「そのことなんですが、まだ俺にはやることがあるんです。なので、そのお礼はまた後で、ということにできますか?」


「それは、その子たちを家まで送ることか?」


「えぇ。それが終わったらまたここに来ます。その時までお礼は保留、ということにはできませんか?」


  俺の提案に小さく唸るユリア父。


「むぅ、それは長としてはどうか……」


  長? もしかして町長なのか? それならこの豪邸も納得だ。


「すぐに発つのか?」


「できるだけ早く、とは考えています」


「シンイチ、つぎはどこにいくんだー? エレンのいえかー?」


  ユリアがカリカリしながら聞いてくる。着いてこようとしてるのか?


「ユリアは家にいるんだぞ。俺たちはまぁ、エレンの住んでたとこに行こうかな」


  やっと親に会えたんだ。きっと甘えたいだろうからな。なんとなく寂しい気もするが、また会いにくることはできるしな。


「えー、ユリアはおるすばんー? シンイチたちについてくー!」


  不満そうにガリガリの力を強くする。そんな目で見られてもなぁ……


  ユリアに何を言えばいいか分からず困っていると、何やら考えていたユリア父が口を開いた。


「……ユリアは、シンイチ殿は好きか?」


  何を聞いてんだよこのパパさんは。これで嫌いとか言われたら傷つくじゃないか。


「んー、すきー!」


  よしっ、嫌われてなかった。けどなんでそんなことを聞いたんだ?


「そうかそうか」


  満足そうな顔で頷いているユリア父。なんだ? ちょっと嫌な予感がする。


「シンイチ殿。君は、ユリアのことをどう思っている?」


  ……先の展開が読めた。読めたが故に、もう逃げ場が無いことも分かってしまった。


「……可愛いやつだと思っています。嫌いではないですよ」


「好きか嫌いか、と言えば?」


  なんで「にゃ」って言わないんだよ。おかげでプレッシャーが半端じゃない。曖昧な返答は許さない、という意思が伝わってくる。


「……好き、ですかね」


「ほう、そーかそーか!」


  先程の威圧感はどこへやら。とてもにこやかな顔をしている。


「シンイチ殿。お礼が決まったぞ」


  キリッとした顔になるが、その先の言葉はもう分かってる。俺の「好き」という言葉に無邪気に喜んでいるユリアがその証明にすらなる。


「ユリアを嫁にやろう。どうだ! これにゃら、今度来た時にでも構わにゃいだろう?」


  ……ですよねー。そうなりますよねー。


  隣にいるエレンが顔を赤くしている。リリシアはどうでもよさげなフリをしながらこっちを見ている。カグラのジッと見つめる目が怖い。


「そ、それはユリアの気持ちも聞かないと……」


「シンイチのおよめさん? にゃってもいいー」


  おうおう、好かれたもんだねぇ。どうしてだろう? 俺を好きになる要素なんて無かったはずだ。つーか、ユリアは分かってて言ってるのか?


「ほら、ユリアもこう言っている。よし、なら今度来た時には食事でもしようじゃにゃいか!ユリア、シンイチ殿も忙しいんだ。我慢しにゃさい」


「にゃ〜、わかった。シンイチとあそぶのはまたこんどー」


  話を終えられてしまった。これじゃあ結婚が確定してしまう……


「け、結婚とかは、ユリアがもう少し大きくなってから考えます。その時にまた……」


「そうだ、今日は泊まっていきにゃさい! 部屋は沢山あるからにゃ。セバス、彼らを案にゃいしろ」


「は、かしこまりました」


  いや、話を聞けよ。セバスさんとやらも止めてください。服を引っ張るのは案内じゃなくて連行って言います。


  その後も夕食に招待されて(将来の)話をしたり、人が入ってる風呂に娘をけしかけたりと、ユリア父には散々な目に合わされた。


  カグラの無感情な瞳が、今日は何故か恐ろしかった……






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






「よろしかったのですか、ご主人様?」


  いつもは何も言わないセバスが、珍しく自分から口を開いた。


「にゃにがだ?」


  むぅ、どうしても「な」が「にゃ」になってしまう。妻は可愛いと言っていたが、この歳になってこれは恥ずかしいものがあるな。


「ユリアお嬢様のことでございます。奥方に相談無く決めてもよいのですか?」


  なんだ、そのことか。こいつも分かっているだろうに、おかしなことを聞く。


「シンイチ殿にゃら問題は無い。彼は強く、優しい。にゃにかを『守る』ことのできる人間だ」


  ユリアを助けてくれた礼を言った時、彼は嘘を吐いていた。


  でもアレは、悪意から生まれた嘘でないことは簡単に分かった。伊達に何年も父親をやっている訳では無いのだ。


「まったく、違法奴隷から解放されておいて『連れてきただけ』にゃどと、誰が信じると思うのか」


  思わず笑ってしまう。あまりに堂々と言うものだから、可笑しくて仕方が無い。


  そもそも、違法奴隷が何の理由も無く解放される訳が無いのだ。掴んだ金をみすみす見逃すような人間が、そんな危ない橋を渡ろうはずも無い。


  ましてやあのエルフをも商品にした程の腕を持つ奴隷商が相手では、中途半端な手段は何の足しにもならない。それどころか、より強い支配を受けることになるだろう。


  要するに、殺す以外に解放される手立ては無い、ということだ。


  察するに、奴隷商を殺したのはシンイチ殿だろう。どうやったのかは知らないが、そうとしか思えない。


  彼の目には「思い」があった。


  それが何かははっきりしないが、恐らくその「思い」があってユリアたちを助けてくれたのだろう。


  しかし、ユリアを含めた少女たちは彼の行いを詳しくは知らなかった。


  あのカグラという狐人族の少女は何かを知っていそうだったが、その他の三人はシンイチ殿が「助けてくれた」ことには気付いていなかった。


  ユリアはまだ幼い故、聞かされてもよく分からなかったとは思う。だが、エレンとリリシアという子たちまで気付いていないのは妙だ。


  なら、こう考えよう。


  ーーーーーシンイチ殿が真実を隠しているのだ、と。


  何故そんなことをするのか。何故助けてくれたことを隠すのか。


  それは、言い換えによって全てが明らかになる。


  彼が隠したのは、人を殺したことだ。


  ユリアたちを怖がらせないためかもしれない。周りに言いふらされて評判が落ちることを気にしているのかもしれない。まぁ、それは杞憂に終わるだろうが。奴隷商は極悪人だからな。


  彼の真意は掴みきれない。


  ただ、彼は信じられる。


  それは、シームンの町長、すなわち猫人族の族長としてでもあるし、一人の男としてでもある。


  何より、


  ーーーーー 一人の「父親」として、彼を信じられる。


「あれ程の物件を逃すのは惜しい。にゃんとしてもユリアと結婚させねばにゃ! ハッハッハッ!」


  可愛い可愛い一人娘なのだ。幸せな結婚にしてやりたい。


  無表情な少年の側で綺麗な笑顔の花を咲かせる娘の姿を想像しながら、私は笑っていたのだった。


 


御堂「! 渡良瀬レーダーが反応した……」


親というのは、何か強い力を持っているように感じます。理屈なんかじゃなく。


ただ、四十超えて「にゃ」はねぇ………


次話は少しユリアの話をして、エレンの話に移りたいと思います。


誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。

また、感想をお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。

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