船旅と爆散する悪夢
リュケイアへと向かう途中の話です。
海といえば‘‘あいつ”ですよね。これは外せません。
ごゆっくりお読みください。
ギルドでカードを作ってもらった翌日。予約しておいたリュケイア行きの船に乗り込む。
キュボエの町はリオスの最南部にあるためリュケイアに一番近いのだが、それでもこの世界の航海技術では一日と少しかかってしまうらしいので、船の中で一泊することになる。
そういや、なんで奴隷商は王都からキュボエに向かってたんだろう。亜人娘たちを攫って来たならこっちから王都に行くのが自然に思えるんだが……
大方、王都の方に密輸専用の裏ルートでもあるのだろう。キュボエでは積荷の検査が厳しめだから、違法奴隷を連れてるとバレてしまう可能性が高いしな。安全を求めるなら遠くてもそっちがいいのだろう。
そんな訳で、俺は人生初の船旅を満喫している。地球にいた頃は乗ったこと無かったからな。綺麗な青い海がキラキラと太陽の光を反射していて、まるで一枚の絵画のような、ちょっと現実離れした風景に思えてくる。
「うぅ、気持ち悪いわ……私は部屋に戻ってるわね……」
リリシアが顔を真っ青にして口を手で覆っている。隣ではエレンが優しくリリシアの背中をさすってあげている。彼女は船酔いしてしまったみたいだ。エレンが付いていれば大丈夫だろう。
「うあー、さかにゃがはねてるー」
「……あれ、美味しそう」
「ユリア、あんまり身を乗り出すと海に落ちちゃうぞー。あとカグラ、あれは多分魔物だから美味しくないぞ」
テンションの上がっている二人に注意する。
ユリアは目を輝かせて水面を飛び跳ねる極彩色のトビウオのような魚を見ている。カグラはその魚を美味しそうと言ったが、どう見ても毒々しい色をしている。よくあれを美味しそうと言えたな。
「どうですかな、船の旅というのは。なかなかに気持ちの良いものでしょう?」
朗らかな声に振り向くと、そこにはきっちりとした服を着込んだ男が立っていた。たしか、出港の前に船長だと名乗っていた男だ。
「えぇ、潮風がとても」
「ほっほっほっ。この辺りの海は基本的に波が穏やかだから、ゆっくりと景色を楽しむといいですよ」
船長はぺこりとお辞儀をして去って行く。皆に挨拶して回ってるのか。律儀だな。
その後、俺たちはしばらく景色を堪能してから、エレンとリリシアが待つ部屋に戻った。
夜。船内での夕食を満喫して、部屋で明日からの計画を立てる。
「リュケイアには明日の夕方頃に着くらしいから、とりあえずは向こうの宿で一泊。それからお前たちの住んでた所に行こうと思うんだが、誰の家が一番近い?」
「えっと、たぶんユリアの、猫人族の町が一番近かったと思います。港町から西に進んですぐの所です」
地図を見ながら話をする。夕食の前に船内にいた商人が売っていた物だ。リュケイアの大雑把な形と町の位置を記した地図で正確さは測りかねるが、無いよりはマシだろう。
リュケイアは扇状の形をした大陸で、明日着く予定の町はその北東部にある。丁度扇の広がった部分の右端の所か。
「犬人族や狐人族はどこら辺に住んでるんだ? エルフは聞かなくても分かるが」
「何で分かるの? 一応聞いておいた方が良いんじゃない? もしかしたら違うかもしれないわよ?」
チラチラこっちを見るな。話したい奴か。つーか本気で聞くまでも無いわ。
だってこの地図だと、大陸の南側の三分の一が緑一色なんだから。分かりやすく最深部の所に向かって矢印が引かれていて、「神樹」って書いてある。
テンプレ通りに行けば、エルフ族は代々この「神樹」とやらを守ってきた一族で〜、とかいう設定があるんだろうな。
まぁ、リリシアの機嫌を損ねても得は無いので、一応聞くことに。
「……それもそうだなー。あー、エルフ族ってどこに住んでるのかなー?」
「シンイチさん、全く感情がこもってませんよ……」
「……棒読み」
「ガリガリ〜、ガリガリ〜」
エレンとカグラに突っこまれる。仕方ないじゃないか、全然興味無いし、大体予想つくし。あとユリア、暇だからって俺の背中をガリガリするな。服が破れる。
「そ、そうかしら? フンッ、やっぱり人間はバカね! いいわ、エルフの姫である私が教えてあげる。エルフ族はリュケイア大陸の南部にある大森林、『ナーガ樹海』にいるわ。それだけじゃないのよ? ナーガ樹海の一番深いところ、そこに聳え立つ神樹『ナーガスティア』を代々守護してきたの。ナーガスティアはナーガ樹海の名前の元になっている大樹で樹海の守り神として崇められているわ。その神樹を護るエルフ族はまさに森の守護者とでも言うべき誇り高い種族なのよ! さらにさらに、エルフは森の民として知られるほど森に詳しく、また愛されていて…………
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 中略 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どう? エルフ族の凄さが分かったかしら?」
ドヤ顔でふふん、と鼻を鳴らすリリシア。
……………………………………長ぇ。
話が長い。途中から場所じゃ無くてエルフの凄さを語ってるだけだし、何よりしっかりとテンプレートを踏襲してる。予想通りすぎて逆に驚いた。
エレンも隣で溜息を吐いているし、カグラなんか途中で俺に膝枕を要求して眠り始めた。
かく言う俺も、正直半分くらいしか聞いてなかった。残りの時間はリリシアが語る様を見てただけだ。
そんな俺は、リリシアにこう告げる。
「……リリシアは、エルフ族が大好きなんだな」
「当然よ! なんたって私は一族の姫だもの! いえ、そうでなくともエルフ族を愛していると言えるわ!」
小さな胸を張って自信満々に言うリリシア。
ーーーーーあんな楽しそうに、そして誇らしげに語られちゃあ、否定なんてできるわけねぇよ。
未だに語り続けようとするリリシアを見ながら、思う。
ーーーーーなんとか無事に、こいつらを両親のもとに帰してやらねぇとな。
俺は改めてそう決意し、話を進めるためにリリシアを止めようと声をかけるのだった。
…………まぁ、それから一時間はノンストップでしたけどね。
ぐらん、と船体が大きく傾いた。
「な、何よ今の……?」
翌日の昼。船酔いに苦しむリリシアを部屋で寝かしていたところ、急にそれはやってきた。
「大変です、シンイチさん! ま、魔物が……!」
焦燥を顔に浮かべたエレンが部屋に飛び込んでくると同時、先ほどよりも船が大きく揺らいだ。
「悪いエレン。リリシアを看ててくれ!」
エレンを部屋に置いて飛び出す。後ろから呼び止めるエレンの声が聞こえるが、止まってはいられない。たしか、甲板にはユリアとカグラがいたはずだ!
「ユリア! カグラ!」
「シンイチー、でっかいイカー!」
甲板に出ると、すぐにユリアが駆けてきた。後ろからトテトテとカグラが着いて来ている。でっかいイカ?
海に目を向ける。すると、船の左側に巨大なシルエットが映る。
…………うん、でっかいイカだ。
そこには、見えているだけでも10メートルはあろう巨体を海面から覗かせるイカがいた。イカは触手をウネウネとさせてこちらを見ているように思える。さっきの揺れはこいつのせいか。
「く、クラーケン!? なんでこの海にこんな化け物が……!!」
船員の慌てた声には、絶望感が入り混じっている。つーかクラーケンなのか。異世界でも恐れられているようで。
「すまない、少年……」
「船長さん?」
「クラーケンが出るとは思ってもいなかった。こいつに出会ったらもうお終いだ……」
いやいや、謝られても困る。こいつがここら辺の海域にいないってのは分かってるから、あんたの責任じゃ無いだろう。
また船が揺れる。ユリアが「にゃー!」と俺にしがみついている。クラーケン、遊んでるな。完全に俺たちをエサとして見ている。このままじゃこいつに食われるのも時間の問題か。
そんな危機的状況の中で、一つの案が浮かんだ。
たぶん、クラーケンは相当な強さを誇る魔物だろう。いや、知らないけどさ。なんとなくイメージがね。まぁ、間違い無く人間よりは強い。
そこでだ。俺は考えついた。
こいつを実験台にして俺の力を測ってみよう、と。
失敗すれば死ぬが、何もしなくとも死ぬ。ならやってみても損は無い。いや、損しか無い、の間違いか?
ともかく、さっさと行動に移した方がいいな。船が沈んでからじゃ何もできない。
「船長さん。この子たちを頼みます」
「し、少年? 何をする気だ! 無茶なことはするな!」
船長の制止も聞かずにイカの目の前に立つ。本当にデカイな。クジラを丸呑みにできそうなくらいだ。
俺は一つ深呼吸をして、心を落ち着かせる。イカが俺を最初のエサにターゲットしたのか、その触手を伸ばしてくる。
「そんじゃ、行きますかね!」
向かってくる触手には目もくれず、全力でクラーケンに突っ込む。メキャッ、という音を立てて甲板の床を踏み抜いた俺は、目にも止まらぬ速さでクラーケンに迫る。いや、速すぎだろ。
「食らいやがれぇーー!!!」
突然目の前に現れた俺に驚くクラーケンに、接近の勢いそのままに全力で拳を叩きつける。
俺の固く握り締められた拳がクラーケンの巨体に触れた瞬間、
ーーーバァン!という派手な音とともに、クラーケンの巨体が爆散した。
「………………………はぁ?」
俺はそんなすっとぼけた声を漏らしながら、クラーケンの肉片が浮かぶ海に落ちて行った…………
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は、もう三十年は海とともに生きている。
海は素晴らしい。その雄大さは子どもだった頃の無邪気な冒険心を掻き立てる。その青さは私たちを包むかのような優しさに満ちている。
しかし、海には危険が付き物だ。その雄大さは船乗りを陸から引き離して戻すことを許さず、その青さは時に黒を纏って高波となり船を飲み込もうとする。加えて、海には魔物が棲んでいる。落ちてしまえば、それはそのまま命の危機につながる。
でも私は、そんな危険でさえも海の一つの魅力だと思っている。平穏なだけの日常にスリルをもたらす刺激剤のようなものだ。
リオスとリュケイアに挟まれたこの海は、非常に穏やかな性質を持つ。波は小さく、時化が来ることも滅多に無い。多少の魔物はいるが、船を転覆させる力を持つ魔物などはいない。歳をとって操船技術の衰えた私には丁度いい。
今日もその海を渡ってリュケイアへと向かっている。楽しそうにはしゃぐ猫人族の少女を連れた少年が、海を眺めている。傍らにいる狐人族の少女も少年と同様に海を見つめている。
とても微笑ましい光景だ。海というものは種族を超えて感動を与えてくれる。まさにこの子たちがそうだ。
私にもこんな時代があったものだ。初めて父に乗せてもらった船にとても興奮したのは五十を超えた今でも鮮明に思い出せる。
若い彼らには船旅を楽しんで欲しい。そう思って私は船の操縦に戻った。
翌日だった。その悪夢が私たちを襲ったのは。
リュケイアが見えてきた頃合いで船を若手の操舵主に任せて私は甲板に出た。昨日も見た少女たちがリュケイアの方を見て大はしゃぎしていた。家族が待っているのかもしれない。
私にもキュボエで帰りを待つ妻と娘がいる。帰ったら娘を目一杯可愛がってやろう。そんな歳ではないと言われるかもしれんが、私にとってはいつまでも可愛いままだ。
そんなことを思っていた時、突然船が大きく揺れた。ザバァ、と海面から巨大なイカが顔を出す。
海の悪魔、クラーケンだ。
普段はムサの近くの深海に棲息しているはずの魔物が、なぜこんな所に?
クラーケンはその巨大さと凶暴性からギルドにAランク認定を受けた魔物だ。それは、Aランクの冒険者が十人いてやっと討伐可能ということを示す。
…………あぁ、お終いだ。
この船には武器の類は積まれていない。安全な海域にそんなものは必要無かったからだ。
昨日の少年が甲板に駆けてくる。せっかくの船旅がこんなことになってしまうなんて、この子たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。私の油断も一因だ。クラーケンからは逃げられないとはいえ、事前に調べて出航を見送ることもできたはずだ。
私が後悔の念に駆られていると、少年が少女たちを私に預けてクラーケンの目の前に立った。
いけない!このままでは少年が死んでしまう!
少年を止めようと必死に声を張り上げるも、聞こえていないのか、少年はこちらを向こうともしない。
悪魔の触手が少年に迫る。
ーーーーーすまない、少年!
彼の死を幻視した。しかし、現実は全く違った。
触手が少年に届く直前、彼の体がフッと消えたかと思えば、クラーケンの巨体が飛び散った。そこにいるのは、拳を振り抜いた態勢のまま宙に浮かぶ少年。
まさか、彼がクラーケンを……?
信じられない光景に呆然としていると、少年が海に落ちて行った。
そこでやっと意識を取り戻す。
急いでロープを準備して海に投げ入れ、少年に捕まるよう叫ぶ。
彼が掴んだのを確認して、ロープを引き上げる。老体に鞭打って引くも、力が足りない。すると、先ほどの少女たちが手を貸してくれた。遅れて犬人族の少女とエルフの少女もやって来た。きっと彼の仲間なのだろう。
力を合わせてやっとの事で少年を引き上げる。少女たちは少年に駆け寄ると、何やらホッとしたように肩を落とした。どうやらケガは無かったみたいだ。
「船長さん、ありがとうございます」
無表情に僅かな笑みをのせて感謝の言葉を告げる少年。その顔はとても歪なものだったが。
お礼を言うのはこちらの方だ。まさか助かるなんて思いもしなかった。
ーーーーーこの恩は、絶対に忘れまい。
私は、固く心に誓うのだった。
リリシアはウザカワイイのです。
エレンのヒロイン成分は後々補充されます。別にエレンが嫌いな訳では無いです。
無いったら無いんです。
晋一くん?とても力が強いですよね。
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また、感想をお書きいただければ幸いです。
今後の参考にしたいと思います。