街までの道中
第二章、開始です。
第一章に比べて文字数が増えているかもしれません。
のんびりとお読みください。
見晴らしのいい平原を、馬車に揺られながら進む。手綱を握らずとも馬はパカパカと道に沿って歩き、疲れたら勝手に休む。腹が減ったり喉が渇いたりすれば、御者台に座る俺を見て小さく鼻を鳴らす。この馬、どうやら知能が発達しているのか俺の言葉を理解できるようで、この先に街があるかと聞いたところ、首を縦に振った。器用なものである。
奴隷商から解放されて三日。俺たちは今だに街に辿り着けずにいた。旅の先達である馬があると言うのだからあるのだろうが、少し不安だ。
「ねぇ、まだ着かないの?」
荷台から顔を出してリリシアが不満そうに尋ねてくる。五分前にも同じことを聞かれたな。
「まだだな。街の影すら見えてこないぞ」
なので、俺も五分前と同じ返答をする。リリシアは盛大な溜息を吐いて顔を引っ込めた。五分後にはまたひょっこり出てくるだろうけど。
「……んぅ」
膝の上で眠っていたカグラが身じろぐ。どんな夢を見ているのだろうか、とても気持ち良さそうな顔だ。晴れていて微風が吹いているので、絶好の昼寝日和だろう。
御者台の背もたれに寄りかかり、カグラの綺麗な銀髪を撫でる。サラサラとした触り心地が何とも言えず気持ちいい。
「ふわぁ……俺も眠くなってきたな……」
脱力して目を閉じる。揺れが少し気になるが、眠気という魔法はそれに勝る。俺の意識はどんどん遠のいていき、そのまま微睡みの底へと落ちて……
ペシッ、と頭を叩かれる。睡眠を妨げられたことに少し苛立ちつつも振り返ると、唇を突き出して頬を膨らませるリリシアがいた。
「……ねぇ、まだ着かないの?」
エルフのお姫様は我慢が苦手らしい。
「ん? 疲れたのか?」
馬車が止まる。馬は小さく嘶きながら頷きを返す。
「なら休憩するか」
座ってるだけってのもつまんないからな。やること無くて暇だったんだ。
現在、両脇に木が生い茂る道の横にぽっかりと開いた休憩スペースらしき場所に馬車を停めている。随分とタイミングよく休憩の意思を見せたな、この馬。確実に分かってやってる。
カグラを膝から退かして御者台を降り、馬車から馬を外して近場の木に繋ぐ。すると、馬は座り込んで眠ってしまった。行動に人間っぽさが滲み出ている辺り、少し不気味だ。
大きく伸びをして身体をポキポキ鳴らしていると、リリシアたちも荷台から降りてきた。ユリアは元気そうだが、残る二人は疲れ気味だ。
カグラは御者台でスヤスヤと寝ている。一体何時間夢の世界にいるつもりなのだろう。今は昼だが、起きてたのは朝の一、二時間だけだ。
「先ほど誰かとお話しなさってましたよね? 何の話をなさってたんですか?」
エレンが首を傾げている。荷台にいたけど聞こえてたのか、流石は犬人族。聴力がいいのか。
俺たちの乗る馬車は元々は奴隷を運ぶための物であるため、荷台は幌が付いていて中は見えなくなっており、奴隷の声が漏れないよう防音性が非常に高くなっている。リリシア曰く、これは魔法によるものなのだとか。
「すれ違った商人に街までどのくらいか聞いたんだ。ここから後一日経たずに、つまり明日の昼前には着くだろうってさ」
言うが早いか、リリシアがガッツポーズをかました。その後、すぐに興味無さそうなフリをする。何の意味があるんだ、それには。つーか、こっちにもガッツポーズってあるんだな。ボウリングもあるのかな?
「そ、そう。そんなことだったの。へー、明日の昼前ね、へーそう」
早口で捲し立てるリリシア。本当に何なんだお前は。
隣でクスクスと笑うエレンにリリシアが何やら言っている。こういう姿を見ていると、自然と頬が緩みそうになる。気をつけて引き締めなければ。
「にゃんかガサガサ音がするー」
俺の背中をカリカリと爪で搔いていたユリアがキョロキョロと辺りを見回す。エレンも何かに気づいたのか、少しビクビクしている。
……もしかして魔物か?
この世界には「魔物」と呼ばれる存在がいる。一説では濃密な魔力に曝された動物が突然変異したと言われていて、元の動物の面影を残しながらも変わった特徴を持つ、凶暴な生物だ。中にはテイム(使役)できる魔物もいるらしいが、数は少ないとのこと。
目に映る生き物に見境無く襲いかかる習性を持っているがそれは知能の低いものだけで、意思疎通の可能な魔物もいるらしい。
エレンに魔物かどうか聞いてみるが、違うという答えが返ってきた。
「これは、人間の臭いだと思いますが……色々な臭いが混じっていて、分かりづらいです」
「えっとねー、あっちとこっち、それとそっちにもいるー」
エレンとユリアの報告を聞いて判断する。犬人族の鼻と猫人族の耳が実際の犬や猫ほどにいいかは分からないが、それでも十分な材料だ。
「……たぶん、盗賊か何かだな」
しかも、どうやら囲まれているみたいだ。色々な臭いというのは、まともに体を洗っていない故の体臭が原因だと推測できる。
「盗賊」というワードにリリシアがビクッと肩を震わせ、俺の服の裾をギュッと掴む。見れば、目の端に涙を溜めている。怖いのだろう。人攫いにあったことがトラウマになっているのかもしれない。
エレンも同じく顔を青褪めさせている。ユリアは状況が把握できていないのかキョトンとした顔をして俺たちを見ている。
くそっ、まずいな。よりにもよって亜人娘たちが出てきた時に襲ってくるなんて。
実は、ここに来るまでにも数回盗賊のような奴らに襲われそうになっていた。その時は彼女たちが荷台にいて外の様子が分からなかったためこっそりと俺一人で撃退できたが、この状況ではそう上手くはいかない。
俺はまだ自分の力を制御し切れていない。故に、盗賊を何人か殺してしまってもいた。拾った石ころを親指で弾いて頭に当てていたのだが、偶に当たりどころが悪い時や強く撃ち出してしまうときもあったのだ。
しかも、それは落ち着いて狙っている時の話だ。彼女らを守りながらではコントロールが狂う確率が上がってしまう。
俺は亜人娘たちに「死」を感じて欲しく無い。それを知るのはもう少し大きくなってからで構わない。寧ろそうあるべきなのだ。
……仕方ない。この手は使いたく無かったんだが、これが最善だ。
今だにぐっすりのカグラを抱きかかえて馬の近くに行く。背中にユリアを引っ付け、エレンとリリシアに服の裾を握らせておく。
そのまま立っていると、周囲の木々の中から、いかにも、といった風体の男たちが現れた。皆片手に剣を持ち、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「お前、なかなか良いの連れてんじゃねぇか。その馬車ごと全部置いて行けば、命だけは助けてやるぜ?」
ニヤニヤしながら言う一際背の高い男。こいつが盗賊たちの頭、ってところか。
「生憎と、この子たちはお家に帰る途中でしてね。それは無理な話なんですわ」
「へへ、そうかい。なら、力ずくで奪うまでだ。行け、野郎ども!」
頭の号令とともに盗賊たちが襲いかかってくる。手が早い奴らだ。
あーもう、本当にやりたく無いんだけどなぁ!!
心の中で悪態をつきながら、殺さない程度に思いっきり蹴りを食らわせる。
…………呑気に寝ている馬の尻に。
「ゴギャァァァァアァァアァァア!!!」
その瞬間、とても馬とは思えないような悲鳴が轟く。馬は立ち上がると目を真っ赤に充血させ、「ブルルルルル……」という重低音を響かせながら後ろ足で地面を数回蹴った。蹴られた場所は、蹄の形に抉れている。
そして何より目を見張るのが、馬の頭部。先程までは無かったはずの真っ青な角が屹立しているのだ。
その馬の異様を見て、盗賊たちが後退りを始めた。
「ぶ、ブルーホーンじゃねぇか。なんて魔物を飼ってやがんだこいつ!!」
「やべえ、逃げろ!」
「蹴り殺されるぞ!」
「嫌だぁ! まだ死にたくない!!」
頭を残して盗賊たちは全力で逃走を開始する。
「おい、お前ら! 俺を置いて行くんじゃねぇ!」
頭が叫ぶが、誰も振り返りすらせずに走っていく。後には頭一人だけが立っていた。
「お前は逃げねぇのか?」
慌てる頭に、トドメとばかりに満面の笑顔をプレゼントする。
「うぁ、あ、悪魔、アクマだぁぁぁぁぁぁ!!」
泣きながら走り去って行く頭。その無様な姿はとても滑稽だが、それを笑っている暇は無い。
なぜなら、
「ブルルルルル……」
「あぁ、やっぱり?」
憤怒に身を染めた馬が俺をターゲットしているからだ。
「悪かった。許してくれ、ユリア」
地面に頭を突き刺す勢いで七歳の子どもに土下座をする俺。目の前には涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたユリア。そして俺を非難するように見下ろすエレンとリリシア。二人はユリアを抱きしめるようにして宥めている。
これが、俺が作戦の実行を嫌った理由である。
ややこしいのだが、今まで馬だ馬だと言っていた馬は、実は馬では無く魔物だったのだ。盗賊たちが言っていた「ブルーホーン」というのが正式名称らしく、その性格は極めて温厚で、且つ高度な知能を持つ魔物である。
こいつ、普段は賢いだけのただの馬で滅多に怒らないのだが、眠りを妨げられると激怒するのだ。その際に頭から立派な青色の角が生えてきて、とても凶暴になってしまう。盗賊たちが蜘蛛の子を散らすように逃げたことからも、その脅威性は明らかだろう。
で、どうして今の状況になっているのかというと、ことは一日前に遡る。
その日の休憩時間だった。変に頭のいい馬だな、と思いながら眠る馬を見ていたとき、何を思ったのかユリアがやつの尻を引っ掻いたのだ。すると馬が突然奇声を上げて凶暴化し、ユリアを追いかけ始めた。
これはまずいと思って馬の角をへし折ったところ、これまた突然元に戻って落ち着いたのだ。まるで何事も無かったかのように。
この出来事のせいでユリアは馬、というかブルーホーンが苦手になってしまった。まぁ、あんな形相で追いかけられたら苦手にもなるわな。自業自得だと思ったが。
しかし、今回は俺が馬を切れさせたのだ。いくら盗賊がいなくなった直後に沈静化させたとは言え、ユリアを怖がらせてしまったのは事実。
なので、何とか許してもらおうと謝り倒しているのが現在の俺の状況である。
「うっ、ぐす。も、もううまいにゃい? いにゃい?」
「えぇ、もう大丈夫よ。だから安心して泣き止んで。もう怖くないからね」
エレンがユリアの頭を撫でながら落ち着かせようとする。ビクビクしながら泣き続けるユリアに罪悪感を覚えずにはいられない。
「……はぁ。もういいから、頭を上げなさい。アレで助かったのは本当のことだし。でも、今後は二度とこういうことが無いようにしなさい。いいわね?」
「はい。肝に銘じます。金輪際このような真似は絶対に致しません」
リリシアに注意され、やっと許しを得られた俺はゆっくりと立ち上がった。うぅ、ユリアを直視できない。申し訳無さすぎて……
「……シンイチ、ナイスファイト」
今ばかりは、カグラの慰めがありがたかった……
「お、やっと見えてきたな」
次の日の昼過ぎ、俺たちは目指していた街を目視できる所まで来ていた。
「本当? あ、あれね! 見えたわ!」
「後三十分くらいで着きますね。ここまで結構かかりましたね……」
「はやくつかにゃいかにゃー」
「……またシンイチと、寝る」
亜人娘たちが全員荷台から顔を出している。リリシアは嬉しそうに顔を綻ばせ、エレンは疲れた様子ながらも安堵の吐息を漏らし、ユリアはすっかり元気になって俺の背中をガリガリして、カグラは爆弾を落として来た。今回は三人部屋を取るからそんなことにはならないぞ。
「よし、それじゃあのんびりと行きますか」
馬こと「ブル」(俺命名)が、ラジャー! とでも言うかのように鼻を鳴らして、ゆっくりと歩みを進めるのだった。
予告では五月とか言ってましたが、一話分書き終えたので投稿しちゃいました。予告詐欺申し訳無いです。
とは言え、書き溜めはしてないので、毎日更新とはいかないと思います。遅くとも三日以内に次話を投稿したいと思っています。
あと一つだけ言っておくと、ブルーホーンはとても強いです。人間一人でどうにかできる魔物じゃありません。だから一匹でも馬車が引けるんです。決して書き間違えたとかじゃ無いです。無いったら無いです。
誤字・脱字などがありましたら、適当にご指摘ください。
また、感想もお書きいただければ幸いです。今後の参考にしたいと思います。