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 すっかり暗くなった街の中を歩き、土曜日に二人で行ったファーストフード店へ入った。

 テーブルの上にドリンクを二つ置いて、この前と同じように窓際の席に向かい合って座る。

 だけどあたしは目の前にいる奏くんの顔を見ることができなくて……うつむいたままバッグの中からハンカチを取り出し、それでごしごし顔を拭った。

「大丈夫?」

 そんなあたしに奏くんが言う。ずるいくらい優しい声で。

「大丈夫って聞きたいのは……あたしのほうだよ」

「え?」

 ゆっくりと顔を上げ、あたしは奏くんの顔を見る。

「コンビニの店長さんに聞いたの。奏くん、休んでるって。体調悪くて……だからあたし、心配して……」

「ああ……そうだったんだ」

 奏くんがつぶやいて、そしてすっと窓の外を見る。

 雨はまだ降り続き、窓の向こう側で傘を差した人たちが、急ぎ足で駅に向かっている。


「ごめんな、ゆずちゃん」

 奏くんはあたしを見ないで言う。

「体調悪いっていうのは嘘。ただサボりたかっただけ」

「そんな……ひどいよ。お店の人たち、困ってたよ?」

「うん、わかってる」

 ほんの少し口元をゆるませて、奏くんは視線をあたしに向けた。

「頭ではわかってるんだ。人に迷惑かけて……こんなんじゃダメだって」

 あたしは黙って奏くんの声を聞く。目をそらさないで、少し潤んだような、奏くんの目をじっと見つめて。

「だけどこんな雨の日は、どうしようもなく不安になる。怖くて、体が動けなくなる。また子どもの頃みたいに、発作が起きたらどうしよう。あんな苦しい思いはしたくない。今度こそぼくは死ぬ。死ぬのは怖い。絶対嫌だ」

 想いを吐き出すようにそこまで言って、奏くんは大きく息をつく。そしてTシャツの胸元をぎゅっと強く握りしめた。

「言っただろ? ぼくは怖がりで弱いんだ。カッコよくなんて、全然ない」

「奏くん……」

 もう一度息を吐いて、奏くんは疲れたように椅子の背にもたれかかった。


「ゆずちゃんも行きなよ。こんな男に付き合ってたら、時間の無駄だよ」

 ゆずちゃんもってどういう意味? あたしは黙って奏くんの顔を見つめたあと、右手でドリンクをつかんで、ストローで一気に飲んだ。

「やだ。奏くんが帰るまで、あたしも帰らない」

 奏くんがゆっくりとあたしを見て、そしてつぶやくように言う。

「塾行かないと、ママに怒られるよ?」

「怒られるのなんて、慣れてるもん」

 平気な顔をしてそう言ったけど、実は塾をサボったことなんて一度もない。

 しばらくあたしたちは黙っていた。黙ったまま、あたしはジュースを飲み続けた。カップの中が空になって、ずずっと音が鳴っても、あたしはストローを離さなかった。

「じゃあ……」

 そんなあたしを見て、やっと奏くんが口を開く。

「このまま朝まで一緒にいようか?」

 ストローを口から離し、奏くんを見る。奏くんはかすかに笑って、「冗談だよ」って言うと、頬杖をついて窓の外を見た。

「雨、まだ止みそうにないな……」

 奏くんの顔が窓に映る。雨の滴が流れる窓に。

 あたしはあの夜聴いた、奏くんの歌声を思い出しながら、その横顔をずっと見つめていた。


 その日の夜、家に帰ったあたしは、ママに怒られた。

 塾をサボったこと、塾の先生から連絡が来ていたらしい。

「塾行かないで、どこで遊んでたの?」

 ママにそう聞かれたけど、あたしは答えなかった。

 遊んでいたわけじゃないもの。だけどきっとママはわかってくれない。

 あたしの気持ちも、奏くんの気持ちも……絶対ママにわかるはずはない。


 あたしはあの時、あの場所にいたかったんだ。

 あたしには何もできないけど……それでもあたしは、奏くんのそばにいたかったんだ。

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