7
すっかり暗くなった街の中を歩き、土曜日に二人で行ったファーストフード店へ入った。
テーブルの上にドリンクを二つ置いて、この前と同じように窓際の席に向かい合って座る。
だけどあたしは目の前にいる奏くんの顔を見ることができなくて……うつむいたままバッグの中からハンカチを取り出し、それでごしごし顔を拭った。
「大丈夫?」
そんなあたしに奏くんが言う。ずるいくらい優しい声で。
「大丈夫って聞きたいのは……あたしのほうだよ」
「え?」
ゆっくりと顔を上げ、あたしは奏くんの顔を見る。
「コンビニの店長さんに聞いたの。奏くん、休んでるって。体調悪くて……だからあたし、心配して……」
「ああ……そうだったんだ」
奏くんがつぶやいて、そしてすっと窓の外を見る。
雨はまだ降り続き、窓の向こう側で傘を差した人たちが、急ぎ足で駅に向かっている。
「ごめんな、ゆずちゃん」
奏くんはあたしを見ないで言う。
「体調悪いっていうのは嘘。ただサボりたかっただけ」
「そんな……ひどいよ。お店の人たち、困ってたよ?」
「うん、わかってる」
ほんの少し口元をゆるませて、奏くんは視線をあたしに向けた。
「頭ではわかってるんだ。人に迷惑かけて……こんなんじゃダメだって」
あたしは黙って奏くんの声を聞く。目をそらさないで、少し潤んだような、奏くんの目をじっと見つめて。
「だけどこんな雨の日は、どうしようもなく不安になる。怖くて、体が動けなくなる。また子どもの頃みたいに、発作が起きたらどうしよう。あんな苦しい思いはしたくない。今度こそぼくは死ぬ。死ぬのは怖い。絶対嫌だ」
想いを吐き出すようにそこまで言って、奏くんは大きく息をつく。そしてTシャツの胸元をぎゅっと強く握りしめた。
「言っただろ? ぼくは怖がりで弱いんだ。カッコよくなんて、全然ない」
「奏くん……」
もう一度息を吐いて、奏くんは疲れたように椅子の背にもたれかかった。
「ゆずちゃんも行きなよ。こんな男に付き合ってたら、時間の無駄だよ」
ゆずちゃんもってどういう意味? あたしは黙って奏くんの顔を見つめたあと、右手でドリンクをつかんで、ストローで一気に飲んだ。
「やだ。奏くんが帰るまで、あたしも帰らない」
奏くんがゆっくりとあたしを見て、そしてつぶやくように言う。
「塾行かないと、ママに怒られるよ?」
「怒られるのなんて、慣れてるもん」
平気な顔をしてそう言ったけど、実は塾をサボったことなんて一度もない。
しばらくあたしたちは黙っていた。黙ったまま、あたしはジュースを飲み続けた。カップの中が空になって、ずずっと音が鳴っても、あたしはストローを離さなかった。
「じゃあ……」
そんなあたしを見て、やっと奏くんが口を開く。
「このまま朝まで一緒にいようか?」
ストローを口から離し、奏くんを見る。奏くんはかすかに笑って、「冗談だよ」って言うと、頬杖をついて窓の外を見た。
「雨、まだ止みそうにないな……」
奏くんの顔が窓に映る。雨の滴が流れる窓に。
あたしはあの夜聴いた、奏くんの歌声を思い出しながら、その横顔をずっと見つめていた。
その日の夜、家に帰ったあたしは、ママに怒られた。
塾をサボったこと、塾の先生から連絡が来ていたらしい。
「塾行かないで、どこで遊んでたの?」
ママにそう聞かれたけど、あたしは答えなかった。
遊んでいたわけじゃないもの。だけどきっとママはわかってくれない。
あたしの気持ちも、奏くんの気持ちも……絶対ママにわかるはずはない。
あたしはあの時、あの場所にいたかったんだ。
あたしには何もできないけど……それでもあたしは、奏くんのそばにいたかったんだ。