表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

「どうして隠したりしてたの?」

 いつものように学校から帰ると、ママが怒った顔をしてあたしに言った。

 ママはあたしがいない間に勝手に塾のバッグをあさって、この前返された模試の成績を見つけたみたいだ。

「隠してたわけじゃないよ」

 ママがあたしの前でため息をつく。模試の成績は前回よりかなり下がっていた。

「遊んでばかりいるからよ。ちゃんと勉強しないと」

 遊んでなんかいない。勉強だってちゃんとやってる。ママがあたしのことを見ていないだけ。

 あたしはママの手から模試の結果をひったくると、それを丸めてバッグの中へ突っ込んだ。

「ゆず!」

「塾、行ってくる」

 逃げるようにリビングを出る。あたしを呼ぶママの声が聞こえたけれど、返事もしないで玄関から飛び出した。


 夕暮れの街は、オレンジ色に染まっていた。

 あたしは息を切らしながら、いつもの場所に立つ奏くんの姿を見つける。

 どんな人ごみの中でも、あたしはすぐにその姿を見つけられるようになっていた、んだけど……。

 奏くんに二人組の女の子が話しかけていた。どこの学校か知らないけど、可愛い制服を着た高校生たちだ。

 二人はどこかを指さして、奏くんを誘っているみたいだった。奏くんはそれを突き放すわけでもなく、でも浮かれてる様子もなく、いつもと同じように淡々と返事していた。

 あたしは小さく息を吐く。こういう場面を見たのは、実は二回目。

 モテないなんて言うけれど、そんなの絶対嘘だと思う。

 やがて二人の女の子が、あきらめたように奏くんから離れていく。あたしはゆっくりと一歩を踏み出し、奏くんのそばに近寄った。


「またナンパされてたでしょ?」

 あたしが言うと、奏くんは笑って答えた。

「カラオケ行こう、だってさ」

「行けばいいのに。歌上手いの自慢できるじゃん」

「行かないよ。バイトあるし。いま彼女と待ち合わせ中って言っといた」

 奏くんがいたずらっぽく言って遠くを見る。その視線を追いかけたら、さっきの女の子たちが、あたしと奏くんのことをじいっと見ていた。

「やだぁ! 絶対誤解されてる!」

「誤解させとけばいいよ」

 ふっと笑った奏くんが、いつものように花壇の淵に腰かける。あたしはちょっとドキドキしながら、そんな奏くんと少し距離を置いて座る。

 こんな所でこんなふうに、この人と座っている自分がすごく不思議だった。

 初めて会った時、あたしは遠くから奏くんのことを見ているだけだったのに――あの女の子たちと同じように。


「ねぇ、前に奏くん言ったよね? あの歌作ったの、ぼくじゃないって」

「ああ……」

 黙っているのが恥ずかしくなって、あたしは必死に話題を探していた。

「じゃあ誰が作った歌なの?」

 奏くんはちょっと遠くに視線を移してから、つぶやくように答えた。

「高校生の頃、一緒にバンドやってた女の子が作った歌」

 女の子が? それがちょっと意外だったけど、あたしは続けて話した。

「バンドやってたんだ。カッコいい」

「高校生のバンドなんて、部活の延長みたいなもんだよ」

 そう言いながらも奏くんは、懐かしそうに笑う。

「高一の時、ギターにはまった友達がいてさ。バンドやるぞーって突然言い出して。それに乗ったピアノ弾ける女の子が、奏、歌上手いからボーカルやんなよって。それで強制的に」

「うん、確かに上手いもんね。奏くんを誘った子、見る目あるよ」

 奏くんは、なんだかすごく嬉しそうだ。

 あたしは、あたしの知らない高校生の奏くんを、頭の中で一生懸命想像する。

「で、その言い出しっぺの男が佐久間ってやつでさ。決めたバンド名が『佐久間ドロップス』。いま思い出すと鳥肌立つほど恥ずかしい」

「あは、まんまだしね。でもあたしそのバンド、見たかったなぁ。なんで辞めちゃったの?」

 奏くんは一瞬動きを止めて、それから大きく伸びをするように、両手を空に伸ばした。

「バカバカしくなったから。歌なんか歌ったって、べつにプロになれるわけでもないし」

 あたしはそんな奏くんの、夕焼け色の横顔を見る。奏くんは両手を下すと、この前と同じように、黙ってどこか遠くを見つめた。


「じゃあなんで……歌ってたの?」

 あたしの声に、奏くんがゆっくりと顔を向ける。

「バカバカしくなった歌を、どうしてここで一人で歌ってたの?」

 奏くんがふっと笑ってあたしに答える。

「ヒマだったから。ずっと前、佐久間とここでやったの思い出して……なんとなくだよ」

 あたしの隣で、奏くんが立ちあがる。

「もう時間だよ。行かなきゃ」

 あたしはぼんやりと、奏くんの背中を見つめる。静かに振り返った奏くんが、いつもみたいにあたしに笑いかける。

「じゃあ、また。ゆずちゃん」

 夕日の中で見た奏くんの笑顔は、なんだかすごく寂しそうに見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ