↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/26

13

 駅前でタクシーをつかまえて、奏くんと一緒に乗った。

 夜の街を走るタクシーの中、奏くんは一言もしゃべらないで、ずっと頬杖をついて窓の外を見ていた。

 あたしはそんな奏くんの横顔をちらりと見たあと、やっぱりずっとうつむいたままだった。

 マンションの前でタクシーが止まる。奏くんはお金を払ってくれて、そしてあたしと一緒に車を降りた。

「部屋まで行こうか?」

「ううん、ここでいい」

 あたしはバッグの中に手をつっこみ、財布を取り出して中を見た。夕方コンビニで、お菓子と雑誌を買ってしまったせいで、小銭が何枚か入っているだけだ。

「あの……タクシー代……」

「いらない」

「今はないけど……今度必ず返すから」

 自分でそう言ってから、あたしたちに「今度」なんてあるのかな、って思う。

「帰り、どうするの?」

「歩いて帰る」

「駅まで、遠いよ?」

「大丈夫。歩きたい気分だから」

 月のない暗い夜だった。マンションのエントランスだけがぽっかりと明るくて、駅へと続く道は、薄暗い街灯だけがずうっと先まで続いていた。

 あたしは、この月も星も見えない夜空の下を、奏くんが一人で歩いて帰る姿を想像して、なんだかすごく寂しくなった。


「……ごめんなさい」

 奏くんの前で頭を下げる。

「わがまま言って……」

 何も考えずに家を飛び出して、泣いて奏くんを呼び出して、わがまま言って家まで送ってもらって……あたしはやっぱり子どもだ。

 うつむいたまま、顔を上げられないあたしに、奏くんが言う。

「いいよ。ぼくも謝らなきゃいけないし」

 ゆっくりと視線を上げて、奏くんを見る。そんなあたしに、奏くんがつぶやく。

「好きに……なっちゃう気がした」

「え?」

 なにを好きに?

「ゆずちゃんのこと。好きになっちゃう気がしたんだ」

 蒸し暑い空気。ぼんやりと灯る街灯。音のない世界に、奏くんの声だけが聞こえる。

「でもまだどこかで、未練たらしく、ひなののことを追いかけてる自分もいる」

 胸がぎゅうっと痛くなった。

 奏くんは片手で自分の髪をぐしゃぐしゃとかきまわして、そしてあたしから顔をそむけた。

「最低だよ。自分で自分がわかんない。だけどこのままじゃ、ゆずちゃんのこと傷つける気がして……それでもう、会うのはやめようと思った」

 足もとを見つめ、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 泣くな、泣くな。泣いちゃダメだ。奏くんがそう決めたんだから……あたしが泣いたら、きっと奏くんを困らせる。

 どこか遠くで救急車の音がした。初めて知った真夜中の匂いは、なんだかすごく切ない。

「ごめんな? 一緒に海、行けなくて」

 手を伸ばせば、すぐそこに奏くんがいるはずなのに、聞こえてくる声はとても遠い。

 うつむいたままのあたしの前から、奏くんの足音が遠ざかる。その気配が消えてなくなるまで、あたしはずっと顔を上げなかった。


「ゆず?」

 マンションの前で立ち尽くしていたあたしに声がかかった。

「ゆず! どこに行ってたの! 電話にも出ないで……」

 道路の反対側から、駆け寄ってきたのはママだった。ゆっくりと顔を上げたあたしは、部屋着のままで、あたしを捜しまわっていたようなママにぽつりと言った。

「ママ……ごめんなさい」

 パパとママのしていること、納得したわけじゃない。居心地の悪いあの家に、帰りたいわけでもない。

 だけどそこから逃げ出したって、何にも変わらないってこと、なんとなくわかった。

「……もういいから。早くうちに入りなさい」

 ママの手が、あたしの背中をそっと押す。七階のあたしたちの部屋に、ぽっかり灯りが灯っている。

「パパも……待ってるのよ」

 疲れ果てたようなママの声。こんな娘でごめんね、ママ。


 ママと二人でエレベーターに乗る。ママは何もしゃべらなくて、あたしも何もしゃべらない。

 あたしたちを運ぶ深夜のエレベーター。奏くんが歩くあの道へ、あたしはもう戻ることができない。

「ゆず? どうしたの?」

 七階に着いて扉が開いた。ママがエレベーターを降りかけて立ち止る。

「ゆず?」

「う……うぇぇん……」

 耐え切れずに声が漏れた。涙があふれてどうしようもない。

 奏くん、どうして? どうしてあたしと会えないの? あたしは奏くんと会いたいよ。奏くんがまだ――ひなのさんのこと、好きでもいいから。

 言いたかったのに、言えなかった言葉。我慢して、我慢して、言わなかった言葉。

「ゆず。ほらもう、泣かないの」

 ママにうながされるように部屋に入る。泣きじゃくるあたしの頭を、待っていたパパが子どもみたいになでる。

 だけどあたしは今夜、ちょっとだけわかった。

 大人になるって――すごくつらいことなんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。