お金で買えない価値あるモノは高く売れる
話が全然進んでません。
そういうモノだと諦めるか大目に見てください。
長い目で見てください。
「俺は別の世界から召喚されたみたいだ」
日向が意を決して言った言葉は――
「そうでしたか」
――簡単に受け入れられてしまった。
しかし、この反応は当然のことなのだ。この世界には魔法というものが存在し、その中には召喚魔法という、異世界の生命を呼び出し使役する。そういった技術がすでにあるため、この場に不釣り合いな人間が『自分は召喚されました』といったのなら『へー、そうなんだ』と納得することは容易なのだ。
そしてここは太古の遺跡の祭壇だ。何らかの技術で召喚が起こったとも考えられる。日向の言葉をとりあえず信用するには十分だった。
そして現在。アーネは日向を連れて森の中を町に向けて歩いていた。
あの後、少々問答したのだが、このヒナタという人間は驚くことに知の遺産扱い方がわかるというのだ。
知の遺産とははるか昔の文明――とはいっても百や二百ではなく、千年以上前に栄えた文明の遺跡から発掘される高い技術で作られた道具たちのことである。
便利なモノなら、ボタンを押すと小窓に映る風景を内部の紙に精巧に映す小さな小箱。危険なモノなら、小さなつぶてを高速で放ち彼方の敵を穿つ鋼の筒。
その利便性や危険性から知の遺産はどんなものでも高額で取引されるのだ。
ただ、発掘される知の遺産の大半は使用法がわからないという難点をもっている。そのため王都の学者たちは日夜知の遺産の使用法を研究しており、有効な使用法を見つけた者には高額の報奨金が与えれらるのだ。
だから、知の遺産を知るこのヒナタという人間には、お金で買えないような価値があるということになる。
「――それなら高く売れますね」
「アーネ、何か言ったか?」
「や、なんでもありませんよー」
とらぬ狸の皮算用、思ったことがつい口に出てしまったようだ。以外に耳のいいヒナタの問いを適当にごまかした。
「いや、それより目の前で当たり前のように知の遺産を使われたときは驚きましたよ。けーたい、でしたっけ? 似たような遺産を見たことがありますが、動いてるものを見るのは初めてでしたので」
「いや、その程度で驚かれても。まあ、この世界には電源とかないだろうから充電が切れたらしばらくしたらただのゴミになるだろうけど」
アーネが『知の遺産の使い方がわかる』という、この世界では非常に嘘くさいヒナタの言葉を信用したのは、目の前で“けーたい”を使われたことが大きい。
そして“じゅうでん”の概念なども面白い。
この人間を学者たちに売ったらいくらになるのか、考えただけで心が弾む。
「……それはそうと、アーネ。少し休まないか?」
「疲れましたか?」
「いや、だって遺跡出てからずっと歩いてるし、歩きにくいし」
アーネたちが遺跡を出たのは太陽が一番高いころだ。そして、今はもうじき日が沈もうとしている。人間にしては結構な運動量だろう。
「もう少し頑張ってくださいよ。ヤックルを待たせたところはすぐそこですから。ヤックルに乗れば町まですぐですから、それまで頑張ってください」
「ヤックル? 車……なわけないから馬かなにか?」
「馬というか、鳥なんだけど……ああ、あれです」
そう言ってアーネが指した場所、森の開けた場所には、旅の荷物に囲まれるように大きくて黒い毛玉(または羽玉)が転がっていた。
アーネは毛玉に歩み寄り、軽い蹴りを入れた。
「起きろヤキトリ。帰るよー?」
毛玉がブルリと揺れた。そしてにょきっと頭が生えた。ひとの頭などひと飲みにできそうな大きな黄色いクチバシ、頭を覆うのは獅子のようなタテガミ、二つの赤い眼差しがヒナタを捉えた。
「…………」
「…………あ、こんにちは」
「…………」
「…………」
「…………ウケ」
「は?」
「ウケ、ウケケ、ウケケケケケケケケケケケケケケッ! ウケケ、ウケケケケケケケケケケケケケケッ! ウケケ、ウケケケケケケケケケケケケケケッ! ケケケッ!」
ヒナタはヤキトリの奇声にどう反応していいのか困り、救いを求めるようにアーネを見た。
「ああ、よかった。ヤキトリはヒナタを気に入ったようですね」
「ヤキトリ?」
「ヤックル鳥のヤキトリです。これからこの子に乗って町に向かいますよ。夜目は利きくけど完全に暗くなれば危ないので」
そういうとアーネは置いてあった荷物を慣れた手つきでヤキトリに積んでいく。その間、ヤキトリは胴体や頭の大きさに対して細い首を伸ばしたり、縮めたり、頭を180°回転させたりと、さまざまな角度からヒナタを観察していた。正直、動きの一つ一つが不気味な鳥だ。
「さあ、乗ってください」
アーネがヤキトリの上に座りそのすぐ後ろをポンポンと叩いてヒナタに促した。
ヒナタがおっかなびっくりヤキトリの上に座ると、以外にも安定していることが分かった。どうやら、荷物が馬具(または鳥具)の役割を果たしているようだ。
「ヒャン! ヒャン!」
出発の準備が整うとうなぎ(アーネのダックスフンド犬)がどこからともなく現れ、慣れた様子でヤキトリの頭に駆け上った。うなぎの定位置だ。
ぐるり、と前を見ていたヤキトリの頭が唐突に180°回転してこちらを見た。
「うん、行っていいよ」
「ウケケ!」
出発の許可を得たヤキトリは奇声と共に立ち上がった。
どこに収納されていたのか、長い脚が伸びあがる。
そして全長3メートルほどの巨鳥。ダチョウにタテガミどつけたような奇妙な鳥が二人と一匹を乗せ、颯爽と駈け出した。
――ガサリ。
木の枝にぶつかった。