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捉え方はなにもかもを一新する。また、便利とは‥‥。

 気づきは、いつだって唐突に、まるで雷鳴のように頭上を劈くものだ。それは、カームが何気なく口にした、ささやかな一言から、僕の凝り固まった常識を打ち破るように、静かに、しかし確実に始まった。

人形ひとがた以外も作れたらいいのだがなあ」

 カームの呟きは、朝の食卓に、湯気を立てる温かい芋のスープの香りと共に、ふわりと漂った。彼の視線は遠く、窓の外の青空をぼんやりと見つめている。その声には、どこか遠い夢を語るような、諦めにも似た響きがあった。幼いながらも、彼の心に秘められた深い願望が透けて見えるようだった。

「人形の魔法ですからねえ」

 僕は、熱気を帯びたスープをゆっくりとすすりながら、何の疑いもなく、当たり前のようにそう答えた。幼い頃から刷り込まれてきた、揺るぎない事実だと思っていたからだ。僕の頭の中には、「人形使いの魔法は、人の形をしたものしか作れない」という固定観念が、まるで分厚い壁のようにそびえ立っていた。するとカームは、手にした匙をくるりと指先で器用に振り回しながら、少しばかり首を傾げ、純粋な疑問を投げかけるように問いかける。

「私にはわからんのだが、人形というのはどこまでなのだ? 私にとってはほれ、私の姿こそが人形ひとがただが、四足の人形を人形ひとがたとは思わんぞ」


 カームの言葉が、まるで鋭利な刃物のように、僕の脳裏に深く突き刺さった。その瞬間、僕の手から滑り落ちた木製の匙が、カチャリと乾いた音を立てて木製のテーブルに転がる。その音は、僕の心の中で崩れ落ちた、思い込みが崩れ去る音のようだった。いやはや、全くもってその通りだ。なぜ僕は今まで、このあまりにも単純で当たり前の事実に気づかなかったのだろう。既に僕の作っているものの中には、人の形を明らかに逸脱しているものもあるというのに、なぜ「人の形」に限定すると、僕自身で勝手に決めてしまっていたのか。思い込みが、まるで分厚い石の壁のように僕の視界を遮っていたことに、今、ようやく、まぶしい光が差し込むように気づかされた。目から鱗が落ちる、とはまさにこのことだった。

「兄上、ありがとうございます!」

 僕は、弾けるような笑顔をカームに向け、心からの感謝を口にした。その声は、喜びと興奮で少し上ずっていた。胸の奥底から、新しい発見への期待と、未知への探求心が、マグマのように熱くこみ上げてくる。全身が、内側から燃え上がるような感覚に包まれた。カームは、僕の突然の変化に目を丸くしながら、呆れたような、しかしどこか嬉しそうな表情で口を開いた。

「あ、ああ。それはいいがお前、飯はいらないのか?」

「もうお腹いっぱいです!」

 僕はそう言い放つと、椅子を蹴るように勢いよく立ち上がった。もちろん、それは真っ赤な嘘だ。しかし、父上も母上も、この時間には既に仕事に出てしまっているだろうし、育ち盛りのカームが僕の分まで食べれば、それで十分だと思った。今は、この胸に沸き立つ衝動を抑えきれない。一刻も早く、この新しい可能性を試したかった。


 新しい発見への衝動に突き動かされるように、僕は一目散に庭へと飛び出した。朝の光がまぶしく降り注ぎ、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でる。その冷たさが、僕の熱気を少しだけ冷ますようだった。慣れ親しんだ手つきで、地面に魔方陣を広げていく。いつものように、素材は庭の土。しかし、今回は形が違う。これまでの「人形」という概念を打ち破る、新たな創造への挑戦だ。中身は極限まで削り、その分、外側を徹底的に強くする。頭の中に描くのは、イメージしやすい、重厚な甲冑を纏った騎士の姿。そして、その手に持たせる剣も、盾も、全て土で作り上げるのだ。指先から魔力を流し込み、土が蠢き、形を変えていく。その光景は、まるで生命が宿るかのように神秘的で、僕の心臓を高鳴らせた。


 カームくらいのサイズで作るつもりで魔力を注ぎ込んでいたはずなのに、途中でこれまでにないほどの魔力の枯渇を感じ始めた。全身から力が抜けていくような感覚に、思わず息を呑む。背筋に冷たいものが走った。きっと、色々な要素を応用し、複雑な構造を練り込んでいるからだろう。しかし、ここで止まるわけにはいかない。僕の心は、湧き上がる創造への渇望に突き動かされ、限界まで魔力を使い切るつもりで、震える手を魔方陣に広げ続けた。額には玉のような汗が滲み、呼吸は荒くなる。心臓がドクドクと激しく脈打つ。そして、ついにその時が来た。最後の魔力が流れ込んだ瞬間、目の前にカームくらいの大きさの全身甲冑を模した、土の騎士が、ズン、と重々しく姿を現したのだ。その姿は、大地から生まれ出た巨人のようだった。右手に握られた剣は、土製でありながらも鋭く、頑丈さを感じさせる。左腕に構えられた盾は、厚みを確保し、堅牢な防御力を予感させた。自然と頭に浮かんだその名は――

【土騎士生成】


 僕は、魔力の使いすぎで膝からガクリと崩れ落ち、そのまま大の字になって庭の土に寝転がった。全身を駆け巡る疲労感と、それ以上に満ち溢れる達成感に、ただひたすら浸る。空はどこまでも青く、白い雲がゆっくりと流れていく。小鳥のさえずりが心地よく響き、僕の耳に届く。どれくらいの時間が経っただろうか。ご飯を食べ終えて、僕を追いかけてきたのだろうカームが、心配そうな顔で駆け寄ってきた。その小さな足音が、土の感触を通して僕の背中に伝わってくる。

「アレク、大丈夫か!」

 カームの焦った声が、僕の耳に届く。僕は、寝そべったまま、かすれた声で答える。

「‥‥魔力の使いすぎで倒れてるだけなので、平気です」

 カームは、その小さな顔に心配を貼り付けたような表情で、僕の無事を確かめると、すぐに僕が作り上げた土の騎士へと視線を移した。その瞳は、驚きと好奇心でキラキラと輝いている。恐る恐る、しかし好奇心に満ちた目で、その土の甲冑に手を触れ、ひんやりとした土の感触を確かめる。そして、何かを閃いたように、くるりと踵を返すと、一目散に家の中へと駆け戻っていった。パタパタと、その小さな足音が遠ざかる。まあ、きっとアイザックを呼びに行ったのだろう。僕は、一人残された庭で、心の中でガッツポーズを取った。「やってやったぞ」と、強い達成感が僕の全身を埋め尽くす。この高揚感は、何物にも代えがたいものだった。

 試しに動かしてみると、全体的には軽く作ったことと、関節部を精巧に模したおかげか、予想以上に軽快に動いた。その動きは、元々の土人形とは比べ物にならないほど滑らかで、普通の人と比べてもやや遅い程度だろう。僕は、自分の魔法の可能性に、改めて驚きと喜びを感じていた。胸の鼓動が、トクトクと高鳴る。これは、僕の魔法が新たな段階に進んだ証拠だった。

 その日の昼食時、食卓には珍しく重苦しい空気が漂っていた。早めの家族会議が、突然開かれることになったのだ。いつもは賑やかな食卓が、今は静寂に包まれている。食器の触れる音一つなく、誰もが固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。

「アレク、説明してくれ」

 父であるアイザックが、真剣な面持ちで僕に問いかけた。その視線は、僕の隣に立つ、威風堂々とした土の騎士に向けられている。その表情は、普段の朗らかさとはかけ離れた、厳しさを帯びていた。彼の眉間には深い皺が刻まれている。

「はい、あれは兄上の言葉から、重要な気付きを得まして作りました。私の魔法は、ただ人形を作るだけの魔法ではなかったのです。私の魔法は、魔力で形を作り、それを意のままに動かす魔法なのではないかと思います。思えば、以前指輪を作ったときもそうでした」


 僕の言葉に、カームがハッと息を呑むように反応した。その小さな体は、微かに震えている。彼の顔には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。

「指輪?」

 カームの問いかけに、僕はゆっくりと頷いた。

「はい。僕の知識では、自分の属性の魔力を、魔力に親和性が高い物質や道具に込めれば、魔法がそれに宿るとありました。例えば、指輪なら魔法の行使を助け、ネックレスなら身につけた者の身体に宿る、と」


 アイザックは僕の言葉を聞いて、驚きに目を見開いたようだった。彼の瞳には、かつてないほどの動揺が浮かんでいる。彼もまた、その事実に気づいていなかったのだろう。彼の表情には、困惑と、そして深い思案の色が浮かんでいた。顎に手を当て、深く考え込んでいる。その沈黙が、部屋の空気を一層重くする。

「そんな違いがあったのか。となると、あの狸どもがつけている装飾品は‥‥」

 アイザックは、何かを悟ったように、低い声で呟いた。僕は、彼の言葉を肯定するように、ゆっくりと頷く。彼の思考が、僕の言葉によって新たな方向へと向かっているのが見て取れた。

「はい。ですが、魔法の知識には、ただものに魔力を込めたら指輪になると言う知識はありません。だからあれは、僕が無意識のうちに、そうできるとわかっていたからこそできた、僕の魔法で作られた指輪なんです。つまり、僕の魔法は、決して人形を作るだけの魔法ではありませんでした。そのことを、今、はっきりと理解しました」


 僕が結論付けると、アイザックとカームは、揃って難しい顔をした。その顔には、困惑と、そして深い懸念が刻まれている。普段は家の方針や事情にあまり干渉しない母のソランでさえ、深く考え込むような面持ちで、その場に重い沈黙が続く。食卓には、カチャカチャと食器の触れる音さえ響かない、重苦しい静寂が支配していた。誰もが、この新たな事実にどう向き合うべきか、頭を悩ませているようだった。その場の空気が、まるで鉛のように重く感じられた。

 やがて、アイザックが、決意を秘めた、しかしどこか固い声で口を開いた。彼の視線は、僕とカーム、そしてソランの間をゆっくりと巡る。

「皆、箝口令を敷く。アレクの魔法は、人形を作ることだ。それでいいな?」

 カームが、少し震える声でそれに続いた。その声には、緊張が滲んでいる。彼の小さな手は、ぎゅっと握りしめられていた。

「はい、アレクの魔法は間違いなく人形を作るものです」

 ソランもまた、静かに、しかし力強く応える。その瞳には、強い意志が宿っていた。彼女の表情は、母としての覚悟を物語っていた。

「ええ、そうね」

「え、えっと」


 僕だけが、その場の状況から完全に置いていかれていた。まるで、自分だけが違う世界にいるような感覚だ。今、一体何が起きているのだろう? 僕の理解が追いつかないまま、アイザックが僕の目を見据えて言った。その視線は、僕の心の奥底を見透かすようだ。彼の真剣な眼差しに、僕は思わず身を固くした。

「アレク、そういうことだ。いいな?」

 僕は、ただ頷くしかなかった。胸の奥に、得体の知れない不安が、じわりと芽生え始める。それは、まるで冷たい雫が心に落ちるような感覚だった。何かが、大きく変わろうとしている予感がした。

「は、はい。僕の魔法は、人形を作る魔法です」

「うん、それでいい。というのも、私が今聞いた限りでも、お前の魔法はかなり危険に思えた」

「危険、ですか?」

 僕が問い返すと、カームが、まるで囁くように、しかし重い言葉を口にした。その声は、ひどく沈んでいた。彼の小さな肩が、わずかに震えているのが見えた。

「暗殺、兵士の量産、武器の量産。王家が、そんな力を手放しでいるとは思えないよ、アレク」


 カームの言葉が、まるで冷たい水を浴びせられたかのように、僕の全身を貫いた。その瞬間、僕は全てを理解した。僕の魔法が、どれほどとんでもない影響力を持ち得るのかを。そして、その力が、どれほど危険なものとして認識されるのかを。僕の胸には、新たな発見の喜びとは異なる、重苦しい感情がのしかかっていた。それは、未知の力への畏怖と、その力を巡る世界の厳しさへの、初めての直面だった。喉の奥が、キュッと締め付けられる。背筋に冷たい汗が流れた。

「禁止でしょうか」

 僕の問いかけに、アイザックは静かに首を振った。

「いや、外部への流布や目立つ形では運用しないだけだ。草案は明日までに相談しつめることになるが、その素晴らしい力を使わないということはない」

 父の言葉に、僕の心に一筋の光が差した。僕は、決意を込めた眼差しで父を見つめ、力強く言い放った。

「父上、この力は必ずユライアン家の、果ては王国の栄光のために振るうと誓います。」

 僕の決意に満ちた言葉に、アイザックは深く頷いた。彼の表情には、安堵と期待の色が浮かんでいる。

「ああ、しばらくは中央にも秘匿するが、時期がくれば開示することになるだろう。アレクにひとつ頼みがある。」

「はい、なんでしょうか?」

「家を囲うように視界が通らない壁、又は柵を作れ。そうすれば外部からの目がない状態で色々できるだろう。」


 確かにそれなら色々できそうだ。しかし、僕の頭の中には、もっと効率的で、もっと秘密裏に実験を進められる方法が閃いていた。目を輝かせ、僕は提案する。そのアイデアが、僕の口から溢れ出た。

「父上、地下室はいかがでしょうか。この力で地下室を作成し、そこを秘匿の実験場としたいです。」


 地下室、通常作るのであれば崩落の危険性や作成のコストも踏まえ、簡単に作れるものではない。しかし、この魔法なら、不可能ではないように思えるのだ。土を自在に操るこの力ならば、きっと安全で堅牢な地下室を築けるはずだ。アイザックは、僕の提案に驚いた表情を見せたが、すぐに納得したように頷いた。彼の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。

「危険がないのであれば構わない、その方向性で進めてくれ。ただ囲いも作ってほしい。かねてから欲しいとは思っていたからな」

「承知いたしました。囲いの作成を優先し、地下室の作成を行います。」

 僕の返答に、アイザックは満足げに目を細めた。彼の表情は、僕への信頼と期待に満ちていた。

「うん、頼んだ。カームやソランは空き時間でいいからアレクの手伝いをしてやってくれ。身体が小さいから困ることは多いと思う。」

「当然です、可愛い弟のことですから。」

 カームは、僕の頭を優しく撫でながら、誇らしげに答えた。彼の瞳は、僕への愛情でいっぱいだった。ソランは、少し困ったような、しかしどこか含みのある表情でアイザックを見つめる。彼女の視線には、何か言いたげな色が宿っていた。

「あなた、私の実家にはどう説明なさるおつもり?あとでお話が必要かと思いますよ。」

「う、うむそうだな。私は貴族の作法や慣例に明るくない。頼んだぞソラン。」

 アイザックは、頭を掻きながら、心底困ったようにソランに頼み込んだ。その様子は、普段の威厳ある姿からは想像もつかないほど人間味にあふれていた。彼の顔には、苦笑いが浮かんでいる。


 そういえばソランは昔からアイザックや僕らに貴族のあれこれを教えていたような気がする。なぜそんなに詳しいのだろうか。僕の心に、素朴な疑問が湧き上がる。その疑問が、僕の口から自然とこぼれ落ちた。

「母上はなぜそんなに貴族にお詳しいのですか?」


 珍しくソランが素で驚いたような顔をした。その表情は、まるで秘密を暴かれた子供のようだ。一瞬の沈黙の後、彼女は優しく微笑んだ。その笑顔は、どこか遠い昔を懐かしむような色を帯びていた。

「え、ああアレクはまだ知らないわよね。私は男爵家の娘だったのよ。お父さんとは見合いで出会ったの」

「なるほど、それは貴族に明るくない名誉貴族に貴族を教えるため、ですか?」

 僕の問いかけに、ソランはクスリと笑った。その笑顔は、どこか懐かしさを帯びていた。彼女の瞳の奥には、穏やかな光が宿っている。

「ええ、狙いはそうよ。でも私は好ましいと思ったから結ばれたのよ。」

「なんというか、こう安心しました。」

 僕の言葉に、ソランは再び優しく微笑んだ。その場に、温かい空気が流れる。家族の絆が、一層深まったように感じられた。


 空気に耐えかねたのか、それとも僕らの話が長すぎると感じたのか、カームが突然立ち上がって僕の腕をグイッと引いた。その小さな手には、確かな力が込められている。そして、父と母にきっぱりと別れを告げる。

「アレク、こい。父上に母上、ごちそうさまでした。おやすみなさい。」


 引っ張られていく僕は、少し雑に寝床に案内されて布団を被せられた。カームは、僕の隣に座り、疲れたような顔でため息をつく。彼の小さな眉間には、深い皺が刻まれていた。

「子供が聞く話じゃない」

「兄上も子供では」

「私は長男だからな。」

「はあ。」


 疲れたような顔の兄と、まだ状況を完全には理解しきれていない僕の夜は、静かに、そしてすぐに更けていった。窓の外では、月が静かに輝き、二人の兄弟を見守っているようだった。夜風が、そっと窓を揺らす音が聞こえる。明日からの日々が、大きく変わることを予感させる、そんな夜だった。

良いスタートを切りたいと願うばかりです。

みんなの応援を待っています!

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