表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

女将の助言

清蘭の視線は、やがて静かに卓へと落ちた。


これ以上、この場に立ち続けていても、自分のするべきことはもうない。

舞を終え、皇帝に拝謁し、二人の皇子からの言葉を受けた。


今夜の役目は終わったはずだ。

しばらくして、一人の女官が静かに近づいてきた。


「清蘭殿。下がってよろしいとのことです」


清蘭は深く頭を下げる。


「かしこまりました」


そして再び皇帝と皇后の方へ向き直り、丁寧に礼をした。

黎炎はまだこちらを見ていたが、清蘭はその視線を受け止めることができず、

ただ静かに頭を下げるだけだった。


そのまま後ろへと下がり、庭を抜け、回廊を通り、宮門の外へ出る。


外の空気は、宴の中とはまるで違っていた。

春の夜風が、頬に触れる。

甘い香も、ざわめきも、次第に遠くなっていく。


宮城を出ると、待っていた翠陽楼の馬車に乗り込んだ。

御者が静かに手綱を引く。


車輪が石畳を軋ませ、ゆっくりと動き出した。

清蘭は簾の隙間から、遠ざかっていく宮城を見つめた。

煌びやかな灯りが、夜の中で揺れている。


(本当に……ここに来ることになるのね)


胸の奥が、静かに重くなる。


花街で生きる者は、いつだって売り買いされている。

体を売るもの。芸を売るもの。そして、中には全く買い手のつかないものもいる。

買い手のつかない女たちの末路は悲惨だ。


一方で、高値で見受けされる女たちもいて、それは珍しいことではない。

だが、それが皇子の手だとは思っていなかった。


「ずいぶんと大きな話になったものだね」


向かいに座っていた女将が、ふっと笑った。

その声には、満足だと言うような気配があった。


「清蘭。お前、本当に大した娘だよ」


清蘭は黙ったまま、視線を落とした。

女将は続ける。


「花街で十年も育ててきた甲斐があったというものだ」


その言葉は褒め言葉のようでいて、どこか冷たい。


「なんてったって、皇子付きの女官だ。翠陽楼の名も、これでさらに上がるってもんだよ」


女将の指が、膝の上で軽く算盤を弾くように動く。


「後宮に入れば、お前はもう翠陽楼には戻れない」


清蘭は静かに答えた。


「……はい。わかっています」


女将はふっと笑う。


「それでいい」


そして少し身を乗り出した。


「だがね、清蘭」


その声は、いつもの柔らかな調子とは違っていた。


「後宮は花街の何倍も恐ろしい場所だよ」


清蘭は顔を上げる。

女将の目は、笑っていなかった。


「寵愛争い、権力争い……そんなもののために、何人の女たちが死んでいったか……」


馬車が夜の街を進んでいく。

灯りの少ない路地に入り、花街の匂いが少しずつ戻ってくる。


「今日目立ってしまったお前は、これから色んな者に狙われることになるだろう。せいぜいその美しい顔と芸を盾に、寵愛を勝ち取ることだね。生き残るためにうまくやりな」


その言葉に、清蘭は何も答えなかった。

ただ、指先をそっと握りしめる。


馬車が花街の通りへ入ると、夜の空気が変わった。


三味線の音。

酒の匂い。

笑い声。


見慣れた世界。

翠陽楼の灯りが見えてくる。


馬車が止まり、御者が扉を開けた。

清蘭はゆっくりと降りる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ