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第五話①



「うぉおおおお!」

「……」


 悔しがるディトラさんと、ディトラさんに腕相撲で勝利したヴァルガさん。いつものように厳めしい顔つきで、だけどほのかに嬉しそうな表情をしている。

『腕相撲大会INディトラさんの部屋』で、ヴァルガさんが優勝したからだ。よって、ディトラさんは二位になる。


「あーあ、俺はビリか……」


 しょんぼりと肩を落とす。隣に座っているムーシュさんは、苦笑いだ。


「落ち込まなくていい。サーナは騎士じゃないのだから」

「でも、男として非力なのはちょっとショックっていうか……」

「みんなが強いだけだ。気にしない方がいい」


 優しく声をかけてくれるムーシュさん。俺は「ちぇっ」と口を尖らせた。


「ムーシュさんはずるい。審判役だけなんて」

「はは。隊長が混ざり合ってはつまらないだろう」

「確かにそうだけど……ムーシュさんとも、戦ってみたかった」

「隊員とは力比べをしない主義だ」


 きっぱりと宣言するムーシュさんに、俺は不思議に思う。


「ムーシュさんってそんなに強いんだ」

「さて」


 ムーシュさんは肩を竦めるだけだ。でもきっと、一定以上の強さを隠し持っていることは間違いないだろう。

 俺たちが会話をしている目の前で、仲間のみんなが大騒ぎしている。道中のへとへとになっていた姿はなんだったのか……回復するのが早いな。


「よかったな、ヴァルガ」


 クロイツさんが無口なヴァルガさんに優しく声をかけている。

 それに応じて、一つ頷くヴァルガさん。


「ちくしょう、優勝できなかった!」


 まだ本気で悔しがっているディトラさんに、


「残念だったな。出直して鍛えようぜ」


 ザルフェさんが叱咤の声をかけて、二人は励まし合う。

 みんな楽しそうだ。いいな、こういう賑やかで和む雰囲気。聖宮での暮らしとは雲泥の差だ。


「いつか……みんなと離れることになるのか」


 ついぽつりと呟くと、隣のムーシュさんが聞きとがめてはっとした顔をした。


「どうしたんだ、サーナ」

「いや。この結婚が終わったら、俺は……みんなと会うこともなくなるのかと思うと、寂しくて」

「……」


 一瞬、ムーシュさんは押し黙る。ムーシュさんもまた、ぽつりとこぼした。


「なら、ずっと俺の伴侶でいたらいい」

「え?」


 俺は驚いて目を見開きながら、隣のムーシュさんを見やる。ムーシュさんは僅かに下方を向いたまま、恥ずかしそうにしていた。

 あれ? もしかして……求婚されてる? 本気で?

 頬がカッと熱くなった。誰かに想いを寄せられた経験がこれまでないから、戸惑ってしまった。視線をどこに向けたらいいのか分からない。


「か、考えておきます……」


 俯いて、どうにかその言葉だけを返した……。





 翌日から荷馬車に乗って、また数日かけて王都に帰還した。

 途中、荷馬車の車輪がぬかるんだ泥にはまってしまうトラブルに見舞われたものの、無事に戻ってこられた。

 雨上がりの王都。草木には水滴が付着し、街路にも水たまりができている。


「じゃあ、俺たちはしばらく休暇だ。みな、体調回復に努めてくれ」


 馬車の乗り場。

 ムーシュさんが真剣な表情で言うと、俺を含めた仲間のみんなは「はい」と頷く。

 俺たち六人の隊は、ここで一度解散する運びとなった。


「ムーシュさん。えっと、休暇ってどのくらい?」


 ちょっと気まずく思いながらも、ムーシュさんに訊ねる。ムーシュさんは多分いつも通りの表情で、優しく答えた。


「サーナの場合は、また任務がくるまで休んでもらえる。俺たちは……まぁ、一週間くらい休んでからまた鍛錬の日々だな」

「そっか。分かった」


 次の任務がくるまで。

 以前の俺だったら、就職活動をしようとしていたところだけど……ムーシュさんから求婚された以上、答えを出さないといけない。

 数日以内にはきちんと応えよう。うーん……どうしようかな。

 ムーシュさんと家路につきながら、俺は一人で考えるしかない。一人で答えを出そうと躍起になって考えた。

 ムーシュさんのことは確かに好きだ。少なくとも、人として尊敬しているし、好感を抱いていることは自分でも分かる。

 ムーシュさんとなら、きっと幸せになれるだろう。でも、こんなあやふやの気持ちのまま、ムーシュさんの想いに応えるわけにはいかない。ムーシュさんの優しい心を利用することは絶対にしたくない。

 俺はちらりと隣を歩くムーシュさんを見つめる。視線に気付いたムーシュさんが、俺の方を向いて優しくはにかんだ。


「どうした。サーナ」

「あ、いや……なんでもない。はは」


 誤魔化して笑い、俺はまた顔を正面に戻す。

 ムーシュさん……本当に優しくていい人なのに。俺はムーシュさんのことを男性としてどう思っているんだろう。分からない。

 そういえば、今まで一度も恋をしたことがないからかな。

 そうして沈黙したまま、俺たちはタウンハウスに帰った。たまたまモカさんが家の前のプランターで土いじりをしていて、俺たちの姿に気付くと、ふっと顔を綻ばせる。


「おかえりなさいませ。ムーシュ様、サーナ様」


 ズボンの土埃を払いながら立ち上がるモカさん。俺たちに恭しく一礼する。

 俺はほっとして、明るく破願した。


「ただいま、モカさん。留守中、元気だった?」

「はい。サーナ様はお怪我などありませんか?」

「大丈夫」


 ムーシュさんもモカさんに「ただいま、モカ」と返しながら、プランターの前に腰を屈めて、満開の花々を見下ろす。


「アジサイの花。とうとう満開になったんだな」

「はい。今年も綺麗に咲きました」


 言葉少なに答えるモカさんに、ムーシュさんは気にせず穏やかに笑う。


「いつもありがとうな。留守中、何もなかったか」

「問題ありません。お二人も任務お疲れ様でした。部屋の寝具はそれぞれ整えてあります。どうぞごゆっくりお休み下さいませ」

「ありがとう、モカさん。モカさんって本当に気配りの達人だな」


 俺が笑顔を浮かべながら冗談めかして言うと、モカさんは困り顔だ。そしてちょっと照れ臭そうな顔をしてもいる。


「とんでもございません。侍従として当然のことです」

「そんなことないよ。俺はモカさんにはいつも助けてもらっている」

「そうだな。俺もモカには日頃から世話になりっぱなしだ。ありがとうな、モカ」


 ムーシュさんからもお礼を聞いたモカさんは、子どものようにあどけない表情を浮かべていて嬉しそうだ。


「こちらこそ。お二人とも、今後ともよろしくお願いいたします」


 どこまでも謙虚に恭しく、モカさんは微笑むのだった。



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