第四話②
「よし。これで終わったな」
そう言うのはムーシュさんだ。
あの後。イノシシを森の片隅に埋葬した俺たち。俺たちは両手を合わせ、イノシシのご冥福を祈る。
あのイノシシ、どうか安らかに眠ってほしい。転生するとしたら、次は長生きしてくれたらいいな。
「……そろそろ行こう。もうすぐ夕暮れだ」
身を翻したムーシュさんの後ろに、俺たちも続く。
気付いたら、もう空は日が傾きかけている。すぐ傍の村まで歩いて戻ったら、夜になるかもしれない。
「サーナ。今日はありがとう」
「え?」
俺は、隣を歩くムーシュさんに顏を向ける。
「何が?」
「魔祓いのことだ。危ない仕事なのに、ついてきてくれてありがとう」
「ううん、お礼を言われることじゃない。俺だってこの隊の一員なんだから」
笑顔で応えると、ムーシュさんは「そうか……そうだな」と優しげに微笑む。
俺は、ちょっと困った顔で目を伏せた。
「俺の方こそ、魔祓いくらいしか役に立てなかったし……魔獣に立ち向かっていったみんなの方がすごいよ。ありがとう」
「それが俺たちの仕事だ。それこそお礼を言われることじゃない」
ムーシュさんとお互いに目を合わせ、にこりと笑い合う。
そのあとは、あまり会話をすることなく村まで歩いた。みんな、魔獣戦で疲れている上に、徒歩で歩き通しだからやっぱり疲労の色合いが濃かったんだ。
みんな、あと少しだよ、と励ましながら、俺とみんなは頑張って村まで歩いた。
「――みなさま。ありがとうございました」
村に到着してすぐ、出迎えたのは初老の村長さんだ。クオーレの森に出発する前、村長さんには話をしていたから、心配してくれていたんだろう。
木の杖をついて、よろよろしている村長さん。隣で三十代頃に見える息子さんが、村長さんの体を支えている。
「大変お疲れ様です。お怪我などはありませんか?」
「大丈夫です。この通り、みな無事ですよ」
気遣わしげな村長さんに対して、いつもより柔らかく笑って応えたのは、ムーシュさんだ。一般市民が相手だと、さすがに普段以上に愛想笑いには気を付けているらしい。出発前、本人がそう言っていた。
『態度の悪い騎士だと思われたら、国に迷惑がかかるからな』
とのこと。
ムーシュさんの優しい笑みは好きだけど、無理をしていないかがちょっと心配だ。飾らないままのムーシュさんで十分だと思う反面、一般市民の好感度を得る必要性の難しさを感じるとそう伝えることはできなかった。
「本当にありがとうございます。どうぞ、今夜はごゆるりとお休み下さい」
村長さんの息子が明るい笑顔を浮かべ、手の平を宿屋に向ける。昨日、泊まったところと同じだ。
「ありがとうございます」
俺たちは頭を下げながら口々にそう伝え、宿屋に向かった。
宿屋では、全員個室だ。俺はよろめきながら部屋に入って、ベッドにダイブする。布団の冷たい感触が俺の体を受け止めてくれた。
ひんやりとしていて、火照った体には気持ちがいい。ふぅ。
そのまま小一時間ほど、体を休めていると……コンコンと扉をノックする音が室内に響いた。
「サーナ」
「あ、はいっ」
ベッドに寝そべっていた俺は、むくりと体を起こす。慌てて戸口に駆け寄って扉を開けると、そこには優しい表情のムーシュさんが立っていた。
「休んでいるところ、すまない。サーナ」
「ムーシュさん。どうしたんだ?」
「今、みんなで腕相撲大会を始めるところなんだが。サーナもこないか?」
「腕相撲大会……?」
なぜ、腕相撲大会。疲れているんじゃなかったのか。
俺は驚いたものの、すぐに「行く!」と即答した。
まだちょっと体の疲れが残っているけど、楽しそうだし、何よりみんなともっと仲良くなりたい。これを逃さない手はない。
返答が前のめりすぎたのか、ムーシュさんは面食らった顏だ。
「そ、そんなに気合を入れなくても大丈夫だぞ。ただのお遊びだ」
「それは分かってるけど……その、みんなと仲良くなれるチャンスだなって」
ムーシュさんは、少し驚いたように目を見開く。俺の言わんとすることを察したのか、ふっと優しく口角を持ち上げた。
「そうか。ありがとう。だが、サーナはもう俺たちとは立派な仲間なんだから。そう張り切り過ぎずに。ありのままのサーナでいたらいい」
「え? 俺は普通にしてるだけで……」
「そうかもしれない。でも、それが俺には頑張りすぎているように見える」
「!」
頑張りすぎ。
俺ははっとした。すぎているかは分からないけど、確かにみんなと仲良くしようと頑張っている自覚はある。
「そ、そっか。確かにちょっと無理してるところはあったかも……」
「自然体のサーナでも十分すぎるくらい魅力的なんだから。あまり肩肘を貼らなくても、大丈夫だ。みんな、サーナのことを好いている。それは忘れないでほしい」
「みんな、俺のことを……?」
嫌われてはいないだろうとは思っていたものの、改めて好かれているのだと分かったらほっとした。多分……聖宮での一件が尾を引いているからだろう。
あんなことがあった後だ。無自覚に嫌われたくないと必死になっていた部分があったのかもしれない。
「……うん。ありがとう。俺もみんなのことが好きだよ。そう伝えておいてほしい」
「そうか。じゃあ、腕相撲大会は欠席で……」
「ううん、行く」
「?」
不思議そうな顏をするムーシュさん。俺は明るい笑顔を返した。
「やっぱりみんなと仲良くなりたいから。みんなが好きだからこそ」
自分を受け入れてくれる人の存在はとてもありがたいし、大切だ。だからこそ、俺も精一杯の誠意で応えたい。
今度はムーシュさんがはっとしたような顔をする。
「分かった。じゃあ、一緒に行こう」
温かみのある微笑みを浮かべるムーシュさん。俺は部屋を出て、ムーシュさんと一緒に腕相撲大会の会場へと足取り軽く向かった。




