表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/15

第四話①



 クオーレの森には、四日後の昼過ぎに到着した。

 葉っぱの緑が鮮やかな、鬱蒼としている森だ。静かだ。誰も人はいない。って、当たり前か。ここには魔獣が潜んでいるんだから。


「サーナ。俺の傍を離れないでほしい」

「分かった」


 俺はムーシュさんの後ろにくっついて歩いた。草を踏みしめながら、ひとまず真っ直ぐ進む。

 俺の周りには、それぞれ四方八方に騎士のみんながいて、俺のことを守ってくれる体制を取っている。


「サーナ。魔獣の気配は感じられるか?」

「うん。奥の方から魔の気配を一つ感じる」


 俺は奥の方を指差しながら、ムーシュさんに返した。

 魔獣ひいては魔の気配は、俺のように素養のある者しか感じられない。だから、ムーシュさんたちには詳しくは分からないんだ。


「ありがとう。やはり、聖職者がいるとありがたいな」

「俺はもうただの一般市民だよ」


 肩を竦めて応える。苦笑いしながら。

 聖職者というのは、聖帝を含めたいくつかの教団に所属する人たちのことだ。魔祓いをできる者がなれる職業になる。


「でも……この隊には、どうして聖職者がいないんだ?」

「実は最近まで女性の聖職者がいたが、ちょうど産休に入ってしまって。だから、代わりの聖職者を探していたんだ」

「聖職者ならすぐに見つかるんじゃ?」

「いや。ルミルカ王国では、聖職者はあまりいない。だからサーナがきてくれて本当に助かる」


 そうだったのか、と俺は目を丸くした。

 聖イチア教団にはたくさんの聖職者がいたからビックリだ。てっきり、どこの国も同じような人員だと思っていた。

 そうか。国によって、構成割合は違うんだな。


「そっか。じゃあそれまで、みんなを助けられるように頑張る」

「ありがとう」


 ふわりと微笑みを浮かべるムーシュさん。騎士のみんなも、ほっとしている顔だ。俺がやめると言い出さなくて安心したんだろう。多分。

 そのあとは会話をやめ、俺たちは黙々と草道を歩いた。

 魔獣が俺たちの存在を察して逃亡しないよう、なるべく静かに移動する。息を殺しながら、魔獣のところまで進んだ。


「あ! あいつか!?」


 と声を上げたのは、ディトラさんだ。

 俺ははっとして顔を向けた。――とうとう魔獣が出たのか!

 でも、おかしい。まだ魔獣の気配は遠く感じていたのに……。

 と思ってよくよく『その魔獣』を観察してみると。


「……違います。あれはただの大きな鹿です」

「え!?」


 驚くディトラさん。

 周りのみんなは呆れ顔だ。ムーシュさんがツッコミを入れた。


「依頼書に書いてあっただろう。魔獣は、イノシシだったと」

「あ! そうだった! ……すみません」


 ディトラさんは、さすがに気恥ずかしそうに体を小さくさせていた。……っていうか、俺は聞いてないんだけど。その話。

 むっとして、前を歩くムーシュさんに視線を戻した。


「ムーシュさん。俺は聞いてないよ、その報告」

「え? ああ、すまない。君には必要がないだろうと思って」

「そんなわけないだろ!」


 俺にだって心の準備というものがあるし、みんなと共有して知りたかった。

 少し眉尻を上げると、ムーシュさんは慌てて謝罪してきた。


「す、すまん。次からは気を付ける。……そうか、そうだよな。魔獣の形態をしておかないと、君も緊張するよな」

「当たり前だろ。それに俺だってみんなの仲間なんだから。……のけ者はやめてくれよ」


 はっとした顔をするムーシュさんだ。本人に悪気はなかったみたいだ。もう一度、今度は真摯な表情をして「すまなかった」と謝罪した。

 俺が思い出していたのは、聖宮での生活。みんなと仲良くしたくても、俺が偉い地位だからと遠巻きにされて、親しくできなかった。

 でも、ここのみんなとは仲良くしたいし、きっとできると思っていたんだ。

 気まずい沈黙が下りてしまったせいか、ザルフェさんが明るい調子で口を開く。


「ま、とにかくさっさと任務を終わらせてしまいましょうや。それで帰りにみんなで腕相撲大会でもしましょう」


 吹き出して笑うのは、クロイツさんだ。


「どうして腕相撲大会なんですか。宴会でもいいのに」

「確かに」


 ヴァルガさんが厳めしい顔で同意して頷く。

 一気に重い雰囲気が和らぎ、俺とムーシュさんも小さく笑った。

 落ち着いた頃を見計らって、ムーシュさんに顏を向ける。バツの悪い顔で謝った。


「ムーシュさん。ごめん。さっきは強く言い過ぎた」

「いや、いい。俺の方が悪かったんだから」


 お互いに謝り合って、きちんと仲直り。俺たちはにこりと笑い合う。


「じゃ、行きましょうか」


 急に仕切り始めるディトラさんに、騎士三人のツッコミが相次いだ。みんな、半笑いを浮かべながらだけど。


「「「お前が仕切るな」」」」

「……ちぇっ」


 わざとらしく、そして楽しそうに拗ねるディトラさん。


「お前たち、いい加減にしろ。――行くぞ」


 元の真剣な表情に戻したムーシュさんが、颯爽と歩き始める。


「うん」

「「「「はい!」」」」


 俺たちは再び歩き始めた。

 ――その時だ。


「グォオオオオ!」


 獣の唸り声が響いた。前横の茂みから突然、飛び出してきたのはイノシシだ。

 俺はすぐに叫んだ。


「みんな! あれが魔獣だ!」


 ムーシュさんがずいっと前に進み出る。


「サーナ。下がっていろ。――クロイツ」

「はい!」

「サーナを頼む」

「分かりました」


 クロイツさんが俺のすぐ隣に立ち、ムーシュさんたちは魔獣に向かっていく。

 みんなの勢いに驚いたのか、魔獣はびっくりした顔をして、そのまま逃げるように疾走していった。みんなはさらに追いかけ、俺たちも小走りであとを追う。


「ディトラとザルフェは右! ヴァルガは左へ!」


 ムーシュさんが走りながら、みんなに指示を飛ばす。

 はいと応えた三人はそれぞれ、魔獣の右側左側に向かっていった。ムーシュさんは魔獣の背後を追いかけているから、魔獣は方向転換できずに前に進むしかない。

 逃げ場を封じられた魔獣は、――あっ!?

 ――ドォオオオオオン!

 目の前の木に正面からぶつかって、魔獣はよろめいた。衝突された木が木端微塵に折れかけているところが、イノシシの突進力の凄まじさを物語っている。

 う、うわぁ……あんなに威力があるのか。みんな、すごいのと戦っているんだな。

 後方で驚くしかない俺だ。俺だったら……あんなに飛びかかっていけるか分からない。


「すまないが、死んでもらうぞ」


 ムーシュさんが僅かに痛みを堪えるような表情を浮かべ、剣で魔獣の心臓部を力強く突き刺した。ぴゅっと鮮血が噴き出し、みんなに返り血が飛ぶ。

 ぴくりとも動かなくなった魔獣。おそらく死んだからだろう、周りに黒いモヤのようなものが漂い始めた。

 魔だ。早く浄化しないと!

 俺はすぐさま前に進み出て、手をかざして魔祓いの力を解き放つ。

 すると、黒いモヤ――『魔』は消滅した。これで魔祓いは終わりだ。しばらくこの辺りで魔獣が発生する可能性は低いだろう。


「終わったか、サーナ」

「うん。ムーシュさんたちも……お疲れ様」


 無害だったはずのイノシシが、死んでしまった。

 俺は何とも言えない気持ちで胸を痛めつつも、表向きは笑顔でムーシュさんに応える。ズボンのポケットからハンカチを取り出して、ムーシュさんの顏に付着した鮮血を拭った。

 ムーシュさんは驚いた顔をしたものの、黙ってされるままでいる。

 後ろでディトラさんが茶化すように「ひゅー」と口笛を吹いた。クロイツさんがすぐ、「バカ、やめろ」とディトラさんの頭をぺしりと叩いたから、やめたけど。

 俺は気恥ずかしくなって頬を赤らめた。俯くと、ムーシュさんが「だから、いい加減にしろ」と一喝する。本人もちょっと顔を赤くしながら。


「はぁ……。それよりも、お前たちは大丈夫か?」

「「「はい」」」

「サーナとクロイツは?」

「大丈夫だよ」

「問題ありません」


 みんなの無事を確認したムーシュさんは「よし」と一つ頷き、イノシシを振り返った。


「このイノシシを埋葬しよう。手伝ってほしい」

「!」


 ちゃんと弔うんだ、ムーシュさんは。

 俺は驚きに目を見開いた。……今まで出会った騎士で、わざわざ埋葬する人なんていなかったから。俺だって遺体に手を合わせることはあっても、埋葬しようとまで言い出したことはなかった。

 やっぱり、優しい人なんだな。ムーシュさんって。

 騎士のみんなもやれやれと言いたげな顔をしつつも、優しい表情を浮かべながら頷いた。


「「「「はい」」」」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ