第三話②
――翌朝。
「よし、っと」
旅用のリュックを担いでから、俺は部屋の隅にある姿見を見た。どこかおかしなところはないか確認したけど……よし、大丈夫だ。寝癖もついていないし、旅装も綺麗だ。
自室から出て一階に下りると、ムーシュさんが玄関先で待っていてくれた。
「準備はできたか、サーナ」
「うん。待たせてごめん」
「いや。じゃあ、行こうか」
その時、モカさんが居間からひょっこり顔を出して、にこりと笑った。
「いってらっしゃいませ」
「ああ。行ってくる」
「いってきます」
モカさんに挨拶をして、俺たちはタウンハウスを出る。向かうのは、馬車乗り場だ。魔獣が出没する場所付近まで、荷馬車で向かうんだ。
「今回の任務……クオーレの森に行くんだよな?」
「ああ」
「それってここからどれくらい?」
「荷馬車で三日と、途中からは徒歩で数時間ほどのところだ」
話しながら、俺たちは石畳の道を歩く。
「クオーレの森は、ここから南西にある。そう大きい森ではないが、最近魔獣が出没するらしい。近隣の村の食物庫を荒らし、そのせいで死傷者が出ていると」
「え、死傷者まで!?」
「ああ。魔獣の区別はなかなか難しいから、単なる野生動物だと思って追っ払おうと近づいてしまったらしいんだ」
「それは……痛ましいな」
俺は沈痛な面持ちを浮かべ、そっと目を伏せる。魔獣の情報は世界各地にあるけど、自分たちの身近にいるとは思わないことが案外多いらしいから。今回もその例にもれないのかもしれない。
これ以上の被害を出さないために、絶対に討伐しないと。
数十分歩いて馬車の乗り場へ到着すると、そこには筋骨隆々の若い男性騎士が四人いた。ムーシュさんと同じ隊服を着ている。
「ムーシュ隊長! おはようございます!」
うち一人が、眩しい笑顔で浮かべながら駆け寄ってきた。
ムーシュさんは一つ頷き、怜悧な表情で応える。
「おはよう。クロイツ」
「「「おはようございます!」」」
「ディトラ、ザルフェ、ヴァルガも。おはよう」
俺は「うっ」となった。名前が一気に四つもきた。どうにか覚えたものの、誰がどの名前かまでは分からない。
「ムーシュ隊長、そちらの方は?」
おそらくクロイツと呼ばれた人が、ムーシュさんに不思議そうに訊ねる。
「騎士ではないですよね?」
「ああ。彼はサーナ。隣国の元聖帝で魔祓いの力を持つ人だ。俺の伴侶でもある」
「「「「え!?」」」」
彼らが反応したのはもちろん、ムーシュさんの『俺の伴侶』というところ。
ムーシュさんが伴侶を持ったことに驚いたのか、あるいは伴侶を任務に連れて歩くことに驚いているのか。いや、どっちもかな?
「ム、ムーシュ隊長がご結婚……!?」
「堅物で、アプローチする数々の女性を泣かせてきた、あのムーシュ隊長が!?」
「だ、大丈夫か? 空から林檎が降ってくるんじゃねーか?」
「いや、なんで林檎だよ。そこは雪だろ」
混乱しすぎて謎の例えを言っている人もいるけど……ムーシュさんって、そういう人だったんだ。それにモテるんだな。王子だし、美青年だし、その上、優しいときたら当然のことか。
苦笑いで事の成り行きを見守っていると、おそらくディトラという人が訊ねた。
「伴侶の方を連れて行くんですか? いくら、魔祓いの能力があるといっても……危ないのでは」
「魔祓いの能力があるからこそだ。魔祓いしないと、結局はまた別の魔獣が発生してしまう。俺たちの部隊に必要だろう」
「それはそうですけど……」
「彼のことは俺がしっかり守る。もちろん、お前たちにも気にかけてもらえたらありがたい。よろしく頼む」
「は、はい!」
やりとりを終えた後、俺はおずおずと前に進み出た。
「あの、みなさん。サーナです。よろしくお願いします」
騎士たちははっとした顔をし、慌ててそれぞれ笑顔で名乗る。
「俺はクロイツです。よろしくお願いします」
「俺はディトラ。よろしく」
「ザルフェです」
「ヴァルガだ」
みんな爽やかな笑顔……だけど、筋骨隆々のせいか、暑苦しい印象を受けるのは否定できない。実際、夏だから暑いし。
名乗ってもらえたことで、ようやく顔と名前が一致した。みんな、いい人そうだ。これから旅をする仲間だから、仲良くできたらいいな。
俺は柔らかく破顔した。
「みなさん、改めてよろしくお願いします」
「「「「はい」」」」
「よし。それじゃあ、行こう」
ムーシュさんが率先して荷馬車のところへ歩いていくので、俺と騎士たちは急いで追いかけた。
荷馬車の御者台に座るのは、クロイツさん。
あとは俺含めてみんな、広い荷台の方に乗り込む。といっても……筋骨隆々な成人男性が三人も並ぶと、思っていたより狭く感じた。ちょっと、ぎゅうぎゅうだ。
「出発します」
クロイツさんが言うと、荷馬車がゆっくりと動き出す。
ガタゴトと揺れる中、ディトラさんが茶化すように俺に言った。
「サーナさんは、ムーシュ隊長のどこがお好きなんですか?」
「!」
俺はなんと返したらよいか分からず、咄嗟に言葉が出てこなかった。
みんなは白い結婚のことを知らない。そのことを伝えたら、ムーシュさんの好感度が下がってしまうかもしれない。
返答に困っていると、ザルフェさんが呆れた顔で「やめろよ」と助け船を出してくれた。
「そんなの、もちろんイケメンなところだろ。いちいち聞くな」
イケメンなところ!?
た、確かにイケメンだけど……顔目当てで結婚したと思われてるのか、俺!
さすがにそれはちょっと嫌だし、ムーシュさんにも失礼だと思ったので、俺は遠慮がちに否定した。
「い、いえ、違います。その、ムーシュさんは……優しいし、それにちょっと過保護で、あとは誠実なところに惹かれたんです……」
ザルフェさんは困ったような顔をした。
「あ、すみません。言い方が悪くて。顔も性格もイケメンなところが、という意味だったんですが……」
「え!?」
「はは、お腹いっぱいだな。塩辛いものが欲しくなる」
「よかったですね。ムーシュ隊長」
ディトラさんがからかうように、ムーシュさんに声をかける。ムーシュさんは……よく分からないけど、手で顔を押さえていた。
「……もういい加減にやめろ。お前たち」
そっと息をつき、ぷいっと顔を背ける。わざとらしい動きをするムーシュさんの頬はほんのりと赤い。
あれ、もしかして照れてる……?
俺ははっとした。そういえば、どさくさに紛れてムーシュさんの長所を熱弁してしまっていた。それでだろう。
なんだか、俺も恥ずかしくなってきて、視線を下に向けた。荷台の底が見える。
なんともいえない空気が漂い始める中、御者台にいるクロイツさんだけが無言で真面目に運転していた。




