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第三話①



 一年後の期限に向けて、仕事を探していかなくてはならない。

 ルミルカ王国では、一体どんな仕事があるんだろう。


「モカさん。あの……この国で、異国人の俺が働ける仕事ってありますか?」


 朝食の食器を片付けながら、厨房にいるモカさんに話しかけると、モカさんは困ったように眉尻を下げた。


「やはり、ムーシュ様とはいずれ婚姻を破棄されるおつもりなんですか?」

「え?」

「ムーシュ様から聞いております。一年以内の期限付きのご結婚だと」


 言いながら、モカさんは俺が運んだ食器を受け取る。「運ばせてしまって申し訳ございません」と小さく謝罪しつつ。


「意に沿わぬご結婚だとは思いますが……どうか考え直していただけませんか」

「どうして」

「異国出身の方が働ける仕事はキツイものが多いですし、低待遇のこともあります。ムーシュ様と一緒にいた方がよい暮らしができるかと」

「……」


 思いもよらぬ事実に、俺は押し黙る。考えが甘かったみたいだ。そうか。異国人がこの国でやっていくのは、難しいのか……。

 それに、とモカさんは真剣な目で俺に訴えてきた。


「ムーシュ様のことを、どうかお傍で支えいただきたいのです。ムーシュ様は……些か家庭環境に難があった方です。だから――幸せになってもらいたい」

「……家庭環境に難って?」

「それは私からは軽々しくお話できません。ですが、ムーシュ様は誰よりもお優しくて誠実な方です。よき伴侶となることは折り紙付きです。私が保証します」


 必死に俺に対して訴えるモカさん。

 優しくて誠実、か。優しいのは分かるし、悪い人じゃないんだろうけど……偽装結婚を持ちかけるような人なのに。いや、俺にとってはありがたい話だったんだけどさ。


「ムーシュさんのこと、大切に思っているんですね」

「もちろんです。ムーシュ様がいなかったら、私はもうこの世にはいません。街路に捨てられたまま、餓死していたことでしょう」


 俺は目を丸くした。モカさんってそんな壮絶な過去を持つ人なのか。

 それにムーシュさんも……捨て子だったモカさんを保護し、今は職を与えているってことなんだ。すごい。そりゃあ、モカさんがここまでムーシュさんのことを慕うわけだ。


「モカさん、大変だったんだな……。捨て子だったってことは、平民なんだ?」

「はい」


 王族であるムーシュさんは、身分問わず救いの手を差し伸べた。ムーシュさんに限っては意外というほどじゃないけど……本当にそんな王子がいるんだな。

 それでも、家庭環境に難があったって、何があったんだろう。王族は家庭環境にだって恵まれていると思っていたから、ビックリだ。

 だから、平民出身である俺にも優しいのか?

 ともかく、モカさんを保護したムーシュさんと、そんなムーシュさんを慕うモカさん。素敵な関係だな。


「……ごめん。それでもやっぱり俺は、結婚は愛する人としたいから。いずれ仕事を見つけて、頑張って働きながら生きていくよ」


 やんわりと断ると、モカさんは残念そうに肩を落としていた。


「そう、ですか……」

「本当にごめん。でもムーシュさんなら、他にもっといい人がいると思うよ」

「……」


 黙り込むモカさんに俺は申し訳なく思いつつも、こればかりは譲れない。

 この国で生涯を共にするパートナーを見つける。それもまた、俺の目標だ。だって、実は小さい頃から誰かと支え合いながら生きていくことが夢だったから。

 俺と心から一緒にいてくれる人。いるのかな、どこかに。





 その日の夜、ムーシュさんが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえり、ムーシュさん」


 俺は玄関まで出迎えに行く。エプロン姿の俺に気付いたムーシュさんは、不思議そうに目を瞬かせた。


「サーナ。なぜ、エプロンをつけているんだ」

「モカさんと一緒に夕ご飯を作ってたんだ」

「モカと? モカに任せたままでよかったのに。気を遣わなくてもいいんだぞ」

「夫としてきちんと家事もやりたいんだよ」


 偽装結婚とはいえ、今はれっきとした夫夫。俺は外で働いているわけじゃない以上、家のことくらいはしっかりと担いたい。

 ムーシュさんは虚を突かれた顔をしていた。


「……なんだか、すまない」

「え? 何が?」

「俺は自分のことばかりだった。君を保護する名目で魔祓いの能力だけを欲して、あとは自由にしていい、そう思っていた。それなのに君は……誠実に夫としての役割をこなそうとしてくれているんだな」


 苦々しそうな表情で言うムーシュさんに、俺の方が驚いてしまう。


「大袈裟だな。俺はただ、一人の人間として自立していたいっていうだけのことだよ」


 ただ、ぬるま湯に浸かって、与えられるだけの人間ではいたくない。

 ムーシュさんは「そうか」と口元に優しい笑みを浮かべた。


「しっかり者なんだな、サーナは」

「別に普通だよ」

「そんなことはない。あんな目に遭っても、君は強く生きている。誰にでもできることじゃない」


 そう温かく言ってくれるムーシュさん。やっぱり大袈裟だなとしか思えないけど、悪い気はしない。でも、俺なんか大して強いわけじゃないんだけどなぁ。

 ムーシュさんが俺の頬にそっと手を伸ばす。


「君が独り立ちする時まで、君のことは俺が必ず守るよ」

「!」


 ムーシュさんはふわりと微笑む。かと思うと、その怜悧な視線が、俺の胸元にあるペンダントに向けられた。


「そのペンダント。家でも身に付けてくれているのか」

「う、うん。だって、せっかくムーシュさんからいただいたものだから」

「そうか」


 どことなく嬉しそうに、ムーシュさんは微笑む。優しい笑みだ。日頃は冷たい表情をしていることが多いから、その落差がすごい。どきりとする。


「ところで、サーナ」

「なに?」

「明日から魔獣討伐の任務だ。ついてきてほしい」

「! 分かった」


 俺は表情を引き締め、頷く。

 魔獣討伐。聖帝時代に経験がないわけじゃないけど、在位期間が短すぎてあまり回数をこなせなかった。大丈夫かな、俺……。

 不安な気持ちを押し隠して、俺はくるりと身を翻した。


「そろそろ夕ご飯、できるから。着替えたら、食堂にきてくれ」

「ああ。ありがとう。本当に」


 心なしか、ムーシュさんの眼差しが、これまでよりも優しく穏やかなものになった気がする。何かあったのかなと内心首を傾げつつ、まぁいいかと俺は厨房に戻った。



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