第二話②
市場を抜けてすぐ、青と白を基調とした涼しげなタウンハウスがあった。
「ここが俺の家だ」
「へぇ、大きい家なんだな」
さすがは第二王子の住まい。俺の実家とは雲泥の差だ。
派手さはないものの、控えめながら上品な佇まいで見ていてほっとする。生活感もきちんと感じられるからかな。玄関の前に花々が植えられたプランターがあるし。
「この花、ムーシュさんが育ててるのか?」
「いや。俺の侍従が育ててくれているものだ。少しでも家に彩りが欲しいと」
「確かに花壇が玄関先にあると、見映えがいいよな。綺麗で心が癒される」
「はは、そうだな。花とは不思議なものだ」
ムーシュさんは玄関の扉を開けると、「中に入ってくれ」と促した。俺はおずおずと「お邪魔します……」と呟きながら、中に入る。
窓から夕陽が差し込んでいて案外、明るい。ムーシュさんに案内されて二階に行くと、俺のために用意してくれていたという自室があった。
ムーシュさん、元々俺のことを迎え入れるつもりで、あの国境のところまで来ていたらしいから。
ギィィと音を立てて扉を開けると、あれ? ダブルベッドがある。なんで俺の部屋にダブルベッド?
ぽかんとする俺の後ろで、ムーシュさんが顔を押さえていた。
「あいつ……何をしているんだ」
「どういうこと?」
「……俺たち二人で寝ろということだろう。くだらないお節介を」
「!?」
――ムーシュさんと二人で寝る!?
俺は頬を赤らめ、僅かに俯く。そうか。偽装結婚とはいえ……ムーシュさんと夜の夫夫生活をするかと思って誰か――ムーシュさんの侍従だろうか――が用意した。そういうことだろう。
「うちの侍従がすまない。我慢してそこで寝てもらえるか? 俺はもちろん、別の部屋で寝るから」
「え、あ、うん……」
「夕食の支度ができるまで、ここでゆっくりしているといい。家の中は自由に歩いてもらって構わないから」
「夕ご飯の支度なら、俺も手伝うよ」
「いい。スープを温めるだけだし、疲れているだろう。今日は大丈夫だ」
「そっか。分かった」
あまりしつこく食い下がるのも気が引けて、俺はこくりと頷いた。
ムーシュさんが「またあとで」と出て行って、扉を閉める。一人になった俺は荷物を文机の上に置いてから、ふかふかのダブルベッドに横になった。
わっ、思っていたよりもふかふかだ。気持ちがいい。ゆっくり眠れそうだ。
「はー……疲れた」
しばらく馬車の移動が続いたし、まさかの教団からの追放だったし。
目を閉じると、うとうとしてきて……俺はそのまま眠りについた。
気付いたら、朝だった。
窓の向こうから鳥のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から、明るい太陽光が差し込んで、部屋の中が明るく照らされている。
「ん…っ……」
目を覚ました俺は重たい目を擦りながら、上体を起こした。ダブルベッドの脇にある置き時計を見ると、朝の八時だ。
「って、八時!?」
この家にやってきたのは、夕方の五時過ぎだったはず。もう半日以上も寝てしまっていたことになる。
俺は慌てて寝台から下り、旅装のまま一階にバタバタと下りた。
「ムーシュさん! すみません、寝坊してしまって!」
食堂らしき一室へ駆け込むと、そこにはムーシュさんではなく、見知らぬ美青年が立っていた。
亜麻色の髪をした、二十代前半頃の小柄な青年だ。それに俺と同じオメガでもある。えっと……誰だろう?
「おはようございます。サーナ様」
先に美青年が柔らかい笑みで挨拶してきたので、俺は困惑しながらも「お、おはようございます」挨拶を返す。
「えっと、どちら様ですか」
「モカと申します。ムーシュ様の侍従をしております。ムーシュ様から聞いておりませんでしたか?」
「お名前の方はまだ聞いていませんでした。でも、確かに侍従の方がいらっしゃるとは聞いていました、そういえば」
なるほど、彼がムーシュさんの侍従なのか。想像したいたよりもずっと若い。なんとなく、年嵩の男性かと思っていた。
モカさんが、食堂用テーブルの椅子を引く。
「こちらへどうぞ。朝食をご用意します」
「あの、ムーシュさんは?」
「ムーシュ様なら、仕事に出かけました。帰ってくるまでの間、サーナ様のお世話をしてほしいと仰せつかっています」
ムーシュさん、俺に気を遣ってくれたということらしい。確かにまだこの国の暮らしに慣れていない以上、一人で放り出されても不安でちょっと困るかもしれない。
「そう、ですか。ありがとうございます。今日一日よろしくお願いします」
「サーナ様。私に対して、敬語は不要です。どうぞ、いつもの口調で構いませんよ」
俺は眉をハの字にした。そう言われても……とは思ったものの。よく考えてみると、ムーシュさんにはタメ口なのに、ムーシュさんの侍従に対しては敬語というのもおかしいような気がする。
それにタメ口の方が、モカさんと早く仲良くなれるかもしれない。
「分かった。よろしく、モカさん」
「はい」
にこっと微笑むモカさんは、目がぱっちりとしていて可愛らしい人だ。一見すると、女性に見えてしまうくらい。
モカさんが厨房に引っ込んでいる間、俺は勧められた椅子に座って、朝食が運ばれてくるのを待つ。
「お待たせしました。サーナ様」
「ありがとう」
目の前のチェック柄のランチョンマットの上に置かれたのは、白いパンやスクランブルエッグを乗せた皿だ。新鮮なサラダもついている。
「わぁ、おいしそう。モカさんが作ってくれたのか?」
「はい。昨夜は所用でこられませんでしたが、基本的にムーシュ様の日々のお食事をご用意していますので」
「そうなんだ。毎日お疲れ様」
「いえ。こちらこそ、これからよろしくお願いしますね」
そう言って、モカさんはきびきびと食堂から出て行った。厨房に向かったようなので、後片付けをするんだろう。
俺はありがたく朝食をいただくことにして、パンにかじりついた。




