第二話①
数日後、ルミルカ王国王都に到着した。夕方頃になってしまった。
役場で国籍を取得してすぐ、ムーシュさんと婚姻届を書き、窓口に提出した。
「頼む」
「は、はい」
窓口の女性がムーシュさんの美貌に顔を赤らめていたけど、婚姻届を見て僅かに目を丸くしていた。がっがりしたのか、肩を落としながら奥に引っ込んでいく。何か手続きがあるのかもしれない。
数分置いて、女性は戻ってきた。「受理できました」とにこりと笑う。
「ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺たちはそれぞれお礼の言葉を返す。――これで俺たちは夫夫になったわけだ。
あとは特に用事はなかったので、俺たちは早々に役場を去った。
石造りの階段を下りていくと、目の前に大きな噴水がある。噴水をぐるりと囲むように作られた花壇には、色とりどりの花々が咲いていて、とても綺麗だ。
「待ってよ、おにいちゃん!」
「ほら、早くこいよ」
広場を駆け回っている幼い兄弟。
「婆さん、あと少しだ。頑張れ」
「はい」
お互いを支え合いながら、歩いている老夫婦。
他にももちろん、多くの市民が役場前の公園にいた。ベンチに腰かけて本を読んでいる人もいれば、噴水の傍で水遊びをする子どもたちもいる。
「みんな、幸せそうな顔をしてるんだな。ルミルカ王国は」
微笑ましく思いながら言うと、ムーシュさんは苦笑した。
「些か主語が大きいかもしれないが。ありがとう。みな、頑張って国を支えてくれている。大変ありがたいと思う」
「みんな裕福そうだけど……貧民街はあるのか?」
「ないとは言い切れないが……この国には生活保護制度があるし、今のところ俺は見たことがない」
「そっ、か。いい国なんだな」
俺は……過去を思い出して、少し遠くを見た。
ノルディーナ王国にある実家は、貧民街にある。だから俺は貧困家庭育ちなんだ。実家に戻ろうとしなかったのは、だからだ。俺が帰ったら、一時的でも食い扶持が増え、迷惑をかけてしまうから。
「サーナ? どうかしたか?」
「あ、ううん。ちょっと故郷のことを思い出して」
「故郷か。どういうところだったんだ?」
「……貧民街。近所の人たちとみんなで支え合って暮らしていたんだ。懐かしいのと、……両親が心配だなって」
極端に悪環境だったわけでないものの、貧困であることに変わりない。毎日を生きるので精一杯なところだった。両親ももう年だ。どうにかこの国で生活を立て直したら、両親のことも呼び寄せられないだろうか。
ムーシュさんは、少し眉尻を下げた。
「そう、か。なら、一度、ご実家に戻るか?」
「いや、いいよ。心配をかけて無理をさせそうだから。ここで自立できた時、両親に連絡をとってみる」
「分かった。どこの国も難しい問題だな、貧困とは」
王族らしく、民を憂う目をするムーシュさん。
あ、そういえば。
「ムーシュさんって、何番目の王子なんだ? 王太子……ではないよな?」
王太子だったら、騎士になるはずがない。
ムーシュさんは一つ頷く。
「俺は第二王子だ。王太子は、レオニー殿下という人だ。機会があったら、いつか会うと思う」
「そっか」
「そろそろ行こう。俺の家はここから少し遠い。市場を抜けた先にあるんだが」
「市場?」
「興味があるか?」
ふっと笑みをこぼすムーシュさんに、俺は頷いた。
「うん。異国の市場ってどんな感じなのかなって」
「じゃあ、少し立ち寄っていこう」
会話しながら広場を出て、俺たちは市場に向かう。
市場は広場から歩いて十五分ほどのところにあった。大通りの両端にテントを張った露店がずらりと並んでおり、様々な商品を取り扱っているみたいだ。
「わぁ、綺麗なブローチだな」
小さな赤い宝石が散りばめられたミモザのブローチ。それを見つけた俺は、足を止めて食い入るように見つめた。
赤い宝石が林檎みたいな色をしている。そういえば、実家でたまのご馳走として出ていたなぁ。聖帝になってからは毎日のように食べられるから、びっくりした記憶がある。
俺の隣で、ムーシュさんがすっと前に進み出た。
「おやっさん。これが欲しい」
露店商の男性にお金を渡すムーシュさん。――え、まさか!
俺のために、このブローチをプレゼントしようとしてくれている!?
「あの、ムーシュさん……必要ないよ」
「いや、必要だ」
「ほ、本当にいいよ。ただ、綺麗だと思っていただけで……」
「綺麗? なんのことだ」
露店商の男性から商品を受け取ったムーシュさんが、「ほら」と言って俺に『それ』を手渡した。
……ん?
「なんだ、これ」
「お守りのペンダントだ。これから魔獣討伐の仕事に付き合ってもらう以上、持っていた方がいい」
きらりと輝く水晶のペンダント。
ミモザのブローチじゃないんかい、と一瞬思ったものの、俺の身の安全を思ってのプレゼント。突き返すことはせず、素直に受け取った。
「ありがとう。肌身離さず付けるよ」
俺がにこりと笑顔を見せると、ムーシュさんも柔らかく笑んだ。
思わずどきりとした。あまりにも優しい笑みだったから。冷たそうな表情が多い人だけど、こんな風にも笑うんだな。
意外に思いつつ、俺はムーシュさんのあとをついていった。




