第七話②
「ムーシュの姿はないな……」
近隣の村に着いてすぐ、レオニー殿下が辺りを見回しながら呟く。落胆した、けれど決して諦めていない真剣な表情で。
俺も村の中を見渡した。村にしては村人が多いところだ。作物の蓄えがたくさんあるようだし、家畜も多い。
「この村ってどういうところなんだろう」
つい呟くと、隣にいたクロイツさんが穏やかな顔で答えた。
「ここは、主に王都に作物や家畜を卸売りすることで生計を立てている村です。もちろん、自給自足しながら」
「だからこんなに裕福そうなんですね」
「ええ。おそらく」
そういえば、村人の装いも心なしか上品だ。品質がよさそうというか。
「こういう村は、野盗に狙われやすいんですよねぇ」
口を挟んだのは、ザルフェさんだ。
なるほど、確かに。これだけ物資があったら野盗が目を付けそうだと、俺は納得する。
「じゃあ、用心棒とかもいるんですか?」
「おそらくそうでしょう」
俺たちが話している後ろで、ディトラさんが「うまそうだなぁ、あの林檎」と呟いていた。林檎……季節外れだけど、昨年収穫した物の備蓄なんだろう。
すぐ、クロイツさんが「さっき、昼ご飯を食べたばかりだろ」とツッコミを入れた。仲がいいよな、この二人。
「ここの用心棒は強い」
「え?」
俺は驚いて斜め後ろを振り返る。珍しくヴァルガさんが自分から喋ったから。
「知ってるんですか?」
「昔、剣術道場で一緒だったんです」
「そうなんですか……」
ザルフェさんも、「へぇ、そうだったのか」と驚きの声を上げた。
「……用心棒のことはともかく、隊長はどこに行ったんでしょうね」
クロイツさんが気遣わしげな表情で話題を変える。
確かに。ムーシュさん、こっちの方角に向かっていたはずだけど……もっと先に行ってしまったんだろうか。
「でも、悪魔は何かしら悪行を行なうはずです。必ず、人里に現れますよ」
俺がきっぱりと言うと、みんなはなんとも言えない表情を浮かべた。
「そうですね。……隊長はこれまで真面目に頑張ってきたのに。台無しだ」
クロイツさんがそっと目を伏せて嘆く。他の三人も右に同じだ。ムーシュさんを慕ってきた彼らだからこそ、やり切れない思いでいっぱいなんだろう。
「隊長の今後はどうなるんだろう……」
「よくても降格処分は免れないだろうな」
不安そうなディトラさんの呟きに、ザルフェさんが冷静に答える。ヴァルガさんは何も言わないけど、彼も残念そうに顔を伏せている。
――と。
「うわぁあああああ!」
「!」
村の砦から、誰か男性の悲鳴が上がった。
レオニー殿下を含めた俺たちみんな、はっとして、声がした方向へ急ぐ。
「ゾラムや貴殿たちは念のためここに」
陽動を警戒したのか。レオニー殿下がゾラムさんや他の騎士数名にここの残るよう指示を飛ばす。遅れて俺たちのあとを追いかけてきた。
――もしかして、ムーシュさんが現れたのか?
俺は内心では緊張しながらも、怖気づくことなく前に走る。だけど、体力のない俺だから、みんながどんどん先に行ってしまう。
「ムーシュさん!」
息を切らしながらやっと到着した時には、――悪魔に憑依されたムーシュさんと、レオニー殿下が対峙していた。
また、ムーシュさんはなぜか十数人の野盗を引き連れており、野盗の方はクロイツさんたちが相手をしている。
――もしかして、野盗を引き連れてこの村の物資を奪おうとしたのか……?
そうとしか考えられなかった。そうしてムーシュさんの騎士としての名誉を傷つけるつもりだったのだ、悪魔は。
「ムーシュさん……」
ムーシュさんは、これまでとは違う表情をしている。もう優しい眼差しをしていない。冷たく、かつ残忍な目つきだ。
俺は胸元にある水晶のペンダントをぎゅっと握った。
『なんだ、これ』
『お守りのペンダントだ。これから魔獣討伐の仕事に付き合ってもらう以上、持っていた方がいい』
肌身離さず着けるよと受け取ったら、優しく微笑んでいたムーシュさん。
今はもう本物のムーシュさんの意識はない。同じ顔をしているだけの別人だ。
「お願いします、レオニー殿下……!」
どうか、ムーシュさんを悪魔から解放してほしい。
俺が震える声で叫ぶと、レオニー殿下はこっちに背を向けたまま、「言われなくても」と応えてくれた。
ざっ。
レオニー殿下は一歩、前に進み出る。剣を抜きながら。
「ムーシュ。必ず助けてやる」
レオニー殿下のその真摯な呟きは、風に紛れて消えていく。
地を蹴るレオニー殿下。同じく剣を構えたムーシュさんへ正面から斬りかかる。
――キィン!
金属同士がぶつかる音が砦に反響する。二人は激しく斬り合い、何度も何度も正面衝突する。
俺は傍に倒れていた男性……多分、ヴァルガさんが言っていた用心棒だろう。彼のことを抱き起こしながら、勝負の行方を見守る。
「強くなったな、ムーシュ」
剣で斬り合いながら、レオニー殿下が一人、呟く。
「幼子だったお前はよく泣いていたが、今はもう違うだろう。愛する人、守りたい人がいるんじゃないのか? ――目を覚ませっ!」
「…っ……!」
ムーシュさんが持っていた剣が弾き飛ばされ、空遠くに吹っ飛ぶ。
レオニー殿下はすかさず間合いに入り、大きく剣を振りかぶった。俺の位置からはレオニー殿下の背中しか見えないけど、鮮血が噴き出したのが分かる。
俺は急いで二人の下へ駆け寄り、手を前面に突き出して魔祓いの力を全力で解き放つ。足下に白光の魔法陣が浮かび上がり、上着の裾が風で翻った。
「消えろ、悪魔……!」
静かに怒りを滲ませた声で呟き、睥睨した。
「!」
ムーシュさんの肉体からちょうど離れようとした黒い塊――『悪魔』は、断末魔を上げながら浄化されていく。
《くそっ、くそぉおおおおお!》
悔しげに絶叫しながら、悪魔は消滅していった。
「う…っ……」
「ムーシュさん!」
大量に失血しながらも呻き声を上げるムーシュさんの下へ、俺は駆け寄った。傍に両膝をついて、急いで白い布で傷口を止血する。
心臓に近いところを縛り上げると激痛が走ったのか、顔をしかめるムーシュさん。それはそうだ。よく……生きている。
「医療班を連れてくる」
レオニー殿下が言葉少なに言い置いて、身を翻す。
気付いたら、クロイツさんたちも野盗を全員倒し、緊張した面持ちでこっちに駆け寄ってきた。
「隊長! 大丈夫ですか!」
「しっかりして下さい!」
「絶対に一緒に帰りましょうね!」
「……隊長」
みんながそれぞれムーシュさんに声をかける。その声が聞こえているのか、ムーシュさんは仄かに笑った。
俺は涙がこぼれ落ちそうになった。でも、頑張ってどうにか堪える。まだ、泣くところじゃない。――泣くのは、ムーシュさんがきちんと生還してからだ。
「ムーシュさん。家に帰ったら……伝えたいことがあるんです」
「?」
「聞いて下さいね。俺の気持ち」
「わか、った……」
そこでムーシュさんはそっと目を閉じる。限界がきたみたいだ。ここからが正念場になる。
「…っ……」
俺はムーシュさんの右手をそっと掴み、祈るように強く握り締めた。




