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第七話①



「行ってきます」

「どうか……お気を付けて」


 数日後。タウンハウスの玄関で、モカさんが悲痛な面持ちで俺を見送る。

 あれから一度タウンハウスに戻った俺は、モカさんにもムーシュさんに起きた悲劇を話した。モカさんは泣き崩れていた。


『そんな…っ……! また助けられなかった…っ……』

『また? どういう意味ですか?』

『……関係のないお話ではありますが。ムーシュ様は子どもの頃からずっと、母君から冷たく当たられていたんです。私はその様子をただ見ていることしかできなかった……』

『……』


 思いがけない、ムーシュさんの身内話に俺は衝撃を受けた。まさか実母から冷たくされていた過去があるなんて。

 家族なのにどうして。


『何か理由があったんですか? ムーシュさんのお母さん』

『よく分かりませんが……噂では、陛下の寵愛が消えたことをムーシュ様のせいだと思い込んで、冷たくされていたそうです』

『ひどい……』


 子どもに八つ当たりするなんて。ムーシュさんは何も悪くないはずなのに。

 俺は眉尻を下げ、諭すように伝える。


『モカさん。ただ見ていることしかできなかったっていうけど、ムーシュさんはモカさんがただ傍にいてくれるだけでも十分、心の支えになっていたと思うよ』

『そうでしょうか……』

『その答えを、ムーシュさんが帰ってきたら聞こう。俺たちが絶対にムーシュさんを助け出すから』

『はい…っ……』


 ――そうして今に至る。

 モカさんに見送られて、タウンハウスをあとにした。空は少しずつ明るくなっていっている。早朝だからだ。

 一人、ルミルカ王城へ向かっていると。


「サーナ様」

「クロイツさん! みんなも!」


 俺はつい破願した。仲間のみんなの姿を見ることができて少しほっとしたんだ。

 曲がり角のところに、仲間の四人みんながいた。あれ? 休暇中のはずなのに、みんな騎士服姿だ。


「隊長の下へ行かれるんですよね?」

「!」


 真剣な表情で問うクロイツさんに、俺はぎくりとした。まさか、みんなもムーシュさんの身に起きたことを知っているのか。


「ムーシュさんが悪魔に憑りつかれたことをご存知なんですか?」

「ええ。レオニー殿下からお話がありまして」

「……ごめんなさい」

「え?」


 俺に謝罪されて面食らうクロイツさん。俺は涙を堪え、でも声を震わせた。


「俺のせいでムーシュさんが……」


 そう。あの時、早く魔祓いしていたら。そうしたら、ムーシュさんは悪魔に憑りつかれずに済んだかもしれないのに。

 雨で濡れたままの地面に視線を落としながら、懺悔すると、隣にいるザルフェさんが「それは違いますよ」と穏やかに口を挟んだ。


「隊長はきっと、サーナ様をお守りしたんです。そうは思いませんか?」


 ディトラさんもまた、明るい調子で口を挟む。


「そうですよ。隊長、サーナ様にメロメロそうでしたから」

「それ、今は関係ないだろ」


 容赦なくツッコミを入れるのは、クロイツさんだ。ヴァルガさんは、苦笑いしている。

 いつもの凸凹コンビが炸裂して、俺はつい吹き出してしまった。笑ったのは……ムーシュさんとパエリアを食べていた以来のことだ。つまり、数日ぶり。


「ありがとうございます、みなさん」


 俺はゆっくりと顔を上げ、力強く笑む。


「そうですね。だから今度は、俺がムーシュさんを助けに行きます」


 みんなもほっと安堵した顔をして、代表してクロイツさんが申し出た。


「俺たちもついていきます。必ず、隊長を救出しましょう」

「はい!」





 その後、俺たちはルミルカ王城でレオニー殿下たちと合流した。

 俺を含めた総勢十人の集団で王都を発つ。


「行こう」


 レオニー殿下が力強く言い放ち、身を翻す。俺たちは「はいっ」と返事をして、あとに続いた。

 悪魔に憑依されたムーシュさんの足取りを追い、王都から南下する。

 俺や仲間のみんなは荷馬車に乗って移動だ。レオニー殿下とゾラムさんだけ、上品だが速度の速い馬車に乗っている。


「隊長が戻ってきたら、また腕相撲大会をしたいですね」


 ディトラさんが優しげに笑いながら言う。

 俺ははっとした顔をした。ディトラさんの優しさに気付いたからだ。いつもはお調子者のように振る舞うディトラさんだけど……心根はきっと誠実な人なんだろう。

 俺だけじゃない。他のみんなもはっとしたような顔をしている。


「……どうして腕相撲大会なんだよ!」

「いてっ」


 ぺしりとディトラさんの頭を叩くクロイツさん。その目は半笑いだ。彼もまた、場を明るくしようとしていることが伝わってくる。


「はは、確かに。飲み比べでもいいよな」


 ザルフェさんが笑いながら口を挟めば、


「……イラスト対決でもいいかも」


 と、ヴァルガさんも穏やかな表情で提案する。

「「「なぜ、イラスト!?」」」と三人のツッコミが荷馬車の中に響いた。


 ちょっぴり可笑しくて、俺はくすりと笑った。いいな、この雰囲気。ムーシュさんがいたら……もっと楽しいのに。


「……ムーシュさん」


 俺は胸元にある水晶のペンダントをぎゅっと握る。

 ムーシュさんを絶対に取り戻す。また、みんなで笑い合いたい。そして、次に本物のムーシュさんに会った時は伝えよう。

 ――あなたのことが好きです、と。



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