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第六話②



「ど、どなたですか」

「レオニー・ルミルカ。ムーシュの兄だ」

「ムーシュさんのお兄さん……?」


 ということは、この国の王太子だ。どうしてここに。


「レオニー殿下」


 レオニー殿下の隣にいる、六十路過ぎのお爺さんが前に進み出る。黒い祭服を着ていることから、聖職者だ。


「一度、魔祓いをしてみます。お下がり下さい」

「……ああ。任せた」


 レオニー殿下は焦りを浮かべた表情で、同時に縋るような目で聖職者のお爺さんを見つめている。


「魔祓い?」


 俺がぽかんとして口を挟むと、レオニー殿下は重々しく頷いた。


「ムーシュは悪魔に憑りつかれた」

「!?」

「ゾラムが今、魔祓いをしてくれる。信じよう」


 何が、とは不思議と言わなかった。いや、違う。その意味が俺にも分かる。

 魔獣と化した生物は……今のところ、生きたまま救う手立てが見つかっていないからだ。

 俺は唇を噛みしめ、ムーシュさんの方を向いた。祈るような思いで、魔祓い中のゾラムさんの背中を見つめる。

 俺とレオニー殿下。二人の視線の先で、魔祓いに臨んだゾラムさんだったけど。


「やめろぉおおお!」


 苦しみに呻いたムーシュさんが絶叫しながら、ゾラムさんの肩口を剣で斬りつける。ゾラムさんの詠唱が止んだ隙に、どこかへ逃げていった。


「ムーシュさん!」


 俺は慌てて追おうとしたけど、レオニー殿下に引き止められた。


「待て」

「離して下さいっ! ムーシュさんを一人にはできません!」


 悪魔に憑りつかれて苦しんでいないか。一人で怯えていないか。

 今、俺が隣にいないで誰が隣にいるんだ!

 しかし、レオニー殿下は冷静に言う。


「君が向かったところでどうなる。今は一緒に考えよう。ムーシュを救える手立てを」

「でもっ!」

「冷静になれ。熱い思いだけでは、この現状を打破できない」

「…っ……」


 俺は暴れるのをやめた。ぎゅっと唇を噛みしめる。……レオニー殿下の言う通りだ。


「……はい。分かりました」


 頷くと、レオニー殿下も俺の肩から手を離した。


「ゾラム。大丈夫か」

「はい、問題ございません。掠り傷です」


 ゾラムさんは出血している肩口を手で押さえながら、気丈に笑う。レオニー殿下は痛ましげな表情をしつつも、冷静に応急処置を始めた。


「弟がすまない。ゾラム」

「とんでもございません。ムーシュ様も、私の可愛い教え子ですから」


 ムーシュさんの先生なのか?

 俺は二人の下へ駆け寄って、ゾラムさんの前に両膝をつく。


「大丈夫ですか」

「はは、これしきのこと平気です。サーナ様」

「! どうして俺の名前を……」


 驚きに目を見張ると、ゾラムさんではなくレオニー殿下が冷徹な表情で答えた。


「ムーシュの旦那だろう、君は。君たちの婚姻届が届いてから、気になってひそかに調べていたんだ」

「え、調べていたって……俺は何も」

「兄としての個人的な興味だ」


 苦笑いを浮かべ、応えるレオニー殿下。

 俺もまた、苦笑いを返した。兄としての個人的な興味、か。確かに弟が急に見知らぬ人と結婚したら、気になるものなのかも。

 勝手に身辺調査されていたことに不快感を抱かないわけじゃないけど、気にしすぎなのだろうし、何より今はそんな些末なことで怒っている場合じゃない。


「よし。王城へ戻ろう」


 レオニー殿下がゾラムさんの応急手当を終え、立ち上がる。次いで、俺の方を向いた。


「君もついてきてほしい。サーナ」

「は、はい。ですが、王都のみんなは……」

「問題ない。現場の指揮は騎士団長に一任してある。俺たちはムーシュ救出の策を練ろう。なんとしてでも助け出さねば」

「はい!」


 俺は泣きたくなる気持ちを必死に堪え、気丈に振る舞って応えた。

 ムーシュさん。待ってて。絶対に助けるから。





「え、神学校の先生なんですか。ゾラムさんは」

「はい。これでも教頭の地位にいます」

「ええ、すごい!」


 あれから王城に向かった俺たち。俺とゾラムさんは、王城の一室でアイスティーを飲んでいるところだ。


「あれ? じゃあ、ムーシュさんも聖職者になろうとしていたんですか?」

「いえ。ムーシュ様に教えたのは、歴史教科です。王宮でムーシュ様の家庭教師をしていた時期があったもので」

「なるほど」


 世間話をしているところへ、扉が静かに開いた。


「すまない、待たせた。そろそろムーシュのことを話し合おう」


 やってきたのは、レオニー殿下だ。コツコツと靴音を鳴らしながら歩いてきて、戸口から一番遠い席に座る。腕を組み、悠然と膝を組む。


「陛下はなんとおっしゃっていましたか」


 ゾラムさんが訊ねると、レオニー殿下はきつく唇を噛みしめた。怒りを滲ませた声色でぽつりと言った。


「すぐに殺せ、と」

「「!」」


 顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。わなわなと唇を震わせながら、レオニー殿下に訊ねる。


「こ、殺すおつもりなんですか……?」

「勘違いしないでほしい。父の命令であって、俺の考えではない」

「でも、命令に従うおつもりなんじゃ……」

「そんなわけがないだろう」


 レオニー殿下はきっぱりと断言する。真っ直ぐ、力強い目で続けた。


「生きて、ムーシュを救う。……殺すのだとしたら、それは結果的なものだ」

「え?」


 意味が分からず、俺は眉根を寄せる。殺すのが結果的なもの?


「どういうことですか」

「ムーシュとは俺が対峙する。一か八か、重傷を負わせ、悪魔が出てきたところを魔祓いする」

「じゅ、重傷を負わせる……!? ムーシュさんに!?」

「ああ。この案以外に他に手立ては浮かばない。それとも、君にはあるのか?」

「……」


 俺はきつく口元を引き結んだ。正直に言って思い浮かばない。


「でも、重傷を負わせるだなんて……」


 そのまま死んでしまう可能性が高い。そんな乱暴な作戦、許してもいいのか?

 ――ムーシュさんが死んでしまうかもしれない。

 ――ムーシュさんともう会えなくなるかもしれない。

 そう思うと、胸がずきりと痛んだ。てっきり、もっと確実性の高い救出作戦があるのではと思っていた。

 俺は俯き、声を怒りに震わせた。


「そんなこと、どうしてできるんですか……!」

「どうして、とは?」

「だって、弟を自分の手で殺すかもしれないのに…っ……どうして、そんなに冷静でいられるんですか!」

「……」


 声を荒げる俺を、レオニー殿下は……冷めたような、それでいて怒りをはらんだ目で見つめていた。


「君の方こそ、このままムーシュを放置してもいいと思っているのか。もしかしたら、悪魔のせいで悪行を重ねることになるかもしれないのに」

「え……」

「悪魔は生物の人生を破滅させる存在だ。救うか、あるいは引導を渡してやることが、ムーシュのためだろう」

「そ、そんなの…っ…」


 詭弁だ。

 そう言おうとして、でも言えなかった。だって、あの優しく高潔な騎士であるムーシュさんの人生をこんな形で破滅させるわけにいかないことは、俺でも同意できるから。

 押し黙ると、俺が納得したのだとレオニー殿下は解釈したみたいだ。席を立った。


「君はここにいるか、あるいはモカのところへ戻るといい。あとは私たちがやる」

「……いえ。俺も協力します」


 俺はぐっと顔を上げる。レオニー殿下としっかりと目を合わせ、志願した。


「俺も参加させて下さい」



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