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第一話①



「サーナ・ベルガ。本日をもって、『聖帝』の地位を剥奪するものとする!」


 聖イチア教団の教皇が高らかに叫んだ。五十路の、白髪混じりの金髪を持つ小太りの男性だ。

 俺、サーナは、苦々しく顔をしかめた。――くそっ、こうなるのかよ。

 聖宮の広場で、多くの聖騎士がいる中での断罪だった。理由は察しがつく。先日、教皇猊下から夜伽を命じられた際、断わったからだ。

 それで俺に腹を立てて、俺の『聖帝』という地位を奪い、追放しようとしているのだろう。


「……理由をお聞かせいただきたいのですが」


 地面に両膝をついたまま、教皇猊下を見上げて一応は訊ねる。すると、教皇猊下は「ふん」と鼻を鳴らし、忌々しいものを見る目つきで俺に視線を投げかけた。


「白々しい。『聖帝』という気高い地位にありながら、妻子のいるこの儂を誘惑しおって。そのような破廉恥な男、『聖帝』にふさわしいはずがないだろう」

「!?」

「よって、貴殿にはこの教団から追放を命じる。早々に出て行くがいい」


 教皇猊下は冷ややかに言い放ち、壇上から下りてそそくさと立ち去っていく。

 俺は放心したまま、その場から動けずにいた。意味が分からなかった。なんで勝手に俺が誘惑したことになっているんだよ。お前から誘ってきたんだろ、浮気野郎。

 という心のツッコミをする傍らで、居合わせた聖騎士たちがひそひそと話している。


「まさか、サーナ様がそのような破廉恥なことをするとは」

「それも相手は教皇猊下……顔に似合わず、大胆だな」

「お優しい方だと思っていたのに。幻滅した」


 聖騎士たちは愕然としている俺に侮蔑の眼差しを向けながら、さっさとその場からいなくなっていく。

 ぽつんと一人残された俺は……悔しさに歯噛みするしかなかった。

 要するに、教皇は自分が悪者にされないよう嘘をついて俺に追放を命じた。そういうことだった。こっちは……さすがに教皇の妻子の気持ちを慮って、誰にも口外しなかったのに。ただ一人の護衛騎士を除いては。

 先手を打たれてしまった。


「……なんなんだ、あのスケベ爺さん」


 村から強引に連れてきておいて、ほんの数ヶ月でこの仕打ち。最初から俺の『聖帝』としての力に興味はなく、ただ俺の顏と身体が目当てだったんじゃないのか?

 そう疑ってしまうほど、クズとしか言いようがない爺さんだ。


「ひとまず、戻ろう……」


 ぽつりと呟く。

 聖騎士のみんなに釈明しようとしても、信じてもらえるとは思えない。そもそも、教団の最高権力者を敵に回してしまった以上、たとえみんなが信じたとしてもここにはいられないわけで。だったら、もう諦めてここを去るしかない。

 俺は住まいである宮殿へと、とぼとぼと歩いて帰った……。





「申し訳ございません……! サーナ様」


 ――翌朝。

 荷造りを終え、宮殿を出ようとしたところで、護衛騎士……いや、『元・護衛騎士』であるエスリオさんがやってきて、俺に向かって頭を勢いよく下げた。

 俺は不思議に思って首を傾げるしかない。


「おはよう。何に謝っているんだ」

「昨日の件でございます。サーナ様をお守りできず、一緒についていくことができない私をお許し下さい……」


 申し訳なさそうに目を伏せ、真摯に謝罪するエスリオさん。


「別にいいよ。顔を上げてくれ」

「ですが……」

「エスリオさんには妻子がいるんだ。妻子のことを一番に考えたら、当然のことだ。気にしなくていい」

「サーナ様……」


 エスリオさんは顔を伏せたまま、ぐっと悔しげに唇を噛みしめる。しばらく押し黙っていたけど、やがて静かに面を上げた。


「ありがとうございます。……どうか、お元気で」

「うん」


 俺は努めて明るく笑う。知り合いが誰もいないこの聖宮で、護衛騎士であるエスリオさんだけが頼りになる人だった。この数ヶ月後、随分と支えられてきた。

 だから……もう心配をかけたくない。


「これからどちらへ行かれるのですか?」

「ルミルカ王国へ行くつもりだ」

「え?」


 エスリオさんは、目を丸くする。


「……ご実家には帰られないのですか?」

「俺はもう大人だ。親には迷惑をかけられない」

「ですが、これからの生活は……」

「どうにかする。せっかくだから異国暮らしをしてみたい」

「そう、ですか……」


 心配そうな顔をしているエスリオさんに、俺は精一杯の笑みを浮かべる。


「じゃあ、そろそろ行くよ。いつかまた会えたらいいな」


 多分、そのいつかはこないだろうけれど。聖騎士はあくまでこの国――ノルディーナ王国内を駆け回って魔獣討伐する仕事だ。俺はもう聖宮に立ち入ることができないし、もしどこかで再会できたとしたらそれはとんでもない奇跡的な確率だろう。

 そうして俺は、宮殿をあとにした。そのまま聖宮の敷地を出て、小高い山を下りていくと、やがて一台の箱形馬車が停まっている。

 教皇が情けで手配してくれたものだ。朝、メイドつてにそう聞いた。


「国境までお願いします」

「はいよ」


 初老の御者に声をかけてから、馬車に乗り込む。荷物を向かい側の席に置くと、ヒヒーンと馬のいななきが響いた。馬車がゆっくりと動き出す。

 国境に向かって。



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