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罪の果て  作者: 森 神奈


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1/6

プロローグ

 午前三時十二分。

 取調室の蛍光灯は、不自然なほど白く、大悟の影だけを細く床に伸ばしていた。

 荒道大悟は、両手を膝の上に置いたまま、じっと動かない。

 まるで自分の存在すら、誰かから借りてきたような静けさだった。

 「荒道大悟。君は、どうしてここに座っていると思う?」

 警察官・碇陸斗は、記録用のノートを閉じて問いかけた。

 正確には、問いかけたというより――誘った。

 相手の反応を細部まで観察するために。

 大悟は、ほんのわずかに首を傾けた。

 その角度が、どこか幼子のようにも見える。

 「……僕は、呼ばれただけですよ。ねえ、あなたが呼んだんでしょ?」

 声が変わった。語尾も、抑揚も、先ほどまでの大悟とは別人だ。

 陸斗はペンを走らせながら、淡々と続ける。

 「そうか。じゃあ“あなた”は誰だ?」

 「僕は……“大悟”ですよ? でも、さっきの大悟とは違うかも」

 幼児のような笑顔。だが、目は笑っていない。

 壁越しの監視モニターの前では、若い刑事がぼそりとつぶやいた。

 「……また変わった。これで四人目だな」

 陸斗は軽く息を吐き、録音機のスイッチを押す。

 「荒道大悟。

 君の中の“誰か”が人を殺した可能性がある。

 だから、私は君と――君の中の全員と話をするつもりだ」

 大悟の表情がふっと変わる。

 子供の影は消え、代わりに低い声が落ちてくる。

 「殺してない。あれは俺じゃない」

 短く、鋭い声。

 暴力的な人格。

 陸斗はその変化を待っていたかのように、間を置かずに質問を重ねる。

 「なら、誰だ?」

 「……さあな。俺のせいじゃない。俺じゃねえ。

  だけど――犯人はきっと“ここ”にいる」

 自分の胸を指差す。

 その仕草の滑らかさが、どこか役者めいていた。

 陸斗の脳裏を一つの疑念がよぎる。

 (人格の切り替わりが……妙に整いすぎている)

 だが、問いただすのは早い。

 陸斗は、あえて静かに椅子に腰を下ろし直した。

 「分かった。では次は“オリジナル”と話をさせてもらおう」

 大悟の肩がぴくりと揺れた。

 そして数秒の沈黙の後――

 「……僕は、どうしてここに?」

 今度は弱々しい青年の声。

 最初の大悟とは微妙に違う。

 しかし、同じ“荒道大悟”でもあるような、不気味な距離感。

 陸斗は静かに言葉を重ねた。

 「殺人事件の容疑がかかっている。

  だから、君の中の“誰か”を探している」

 大悟は俯いたまま、かすかに震えた。

 「……僕は、僕じゃない時があるんです。

   だから、分からないんです……」

 その声は哀れで、真実にも嘘にも聞こえた。

 陸斗は一切まばたきをせず、大悟の顔を見つめ続けた。

 本当に“多重人格”なのか?

  それとも、もっと別の何かを隠しているのか。

 この時、陸斗はまだ知らない。

 目の前の青年が抱える“嘘”が、

 たった一つの殺人を、これからさらに深く、歪んだものへ変えていくということを。

 そして――

 真実の“犯人”が誰なのかを知るのは、物語のずっと終盤になる。


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