温かいスープ
「来てくれたんですね。サーレイさん」
李夏は安心したような顔でサーレイを見る。
城下町の外れのちょっとした空き地に、李夏は立っていた。
夕方だった。少し冷たい風が李夏を震わせた。サーレイはそっと近づいて、自分の上着を李夏にかけた。
「やっぱり、優しいです」
李夏はサーレイの上着をきゅっと掴み、笑顔で言った。
サーレイは上着がなくなろうと寒がる様子はなく、けろっとしていた。人形には暑さや寒さといった気温に体調が左右されることはない。
「……話って、なに」
「冷たいこと言わないでください。怖いですよ」
李夏はそう言っているが、笑顔は崩さなかった。
「……あの時と、逆転しましたね」
石垣に二人で座って、空を見る。オレンジ色が二人を包みこむ。鮮やかな夕日が眩しくて、李夏は目を顰めた。
「……李夏くんだって、変わったね」
サーレイは俯いたまま。前髪の影が落ちてサーレイの顔を暗くした。
「はい。おかげさまで」
そこから、少しの間沈黙が続いた。二人とも何も言わず、ただ夕日を見ていた。
李夏が口を開けようとする。しかし中々踏ん切りがつかないのか、開いた口から声は出なかった。
「ごめんね。何も言わずに消えちゃって」
李夏の予想に反した言葉がサーレイから出た。てっきり自分のことは何も気に止めていないと思っていたから。ただの「今まで助けた人」のうちの一人だと思っていたから。
「酷いですよ。カナリヤさん……団長からそのことを聞いた僕の気持ちにもなってください」
「あはは、悪いことしちゃったね」
李夏は上着を握りしめたまま、そっと目を閉じる。
目の裏に浮かんだのは、小さな手を引かれた、あのときの記憶だった。
あの人の背中は、あのときからずっと、自分の憧れだった。
——まだ、騎士なんて考えもしなかった頃だ。
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今日は凍えるような寒さだった。李夏はあの雪山の小屋の近くで薪を割っていた。一人きりで、ただ果てしない白い世界の中で、修行をしていた時だった。
「ねぇ、ここでなにしてるの?」
ふざけているかのような、ひょうきんな声が耳元で響いた。久しぶりの他人の声だった。
「……誰」
李夏は冷たく言い放った。当時の李夏は10歳ほどで誰かに頼ることもできなかったため、心は冷たくなっていた。
「ボクはサーレイ!ちょっと迷っちゃってさー……って!置いてかないでよー!」
短い青髪に、吸い込まれるような深紅の瞳。体は小さいが、李夏よりは年上なのは分かった。
サーレイは何か言っているが、こんなこと聞く必要もない。そう結論づけた李夏は割った薪を持って小屋の中へ入ろうとする。
しかし、サーレイはめげずに李夏の後をついていく。扉を閉めようとしても、間に足を入れられて小屋の中に無理やり入った。
「いやー助かったよ!寒くて寒くて……」
僕は助けてない。お前が勝手に入ってきたのだろう。と、言いたげな李夏がサーレイを睨んだ。
「そう。なら早く出てって」
そう言う前にサーレイは李夏の目の前まで近づいてきた。早い。李夏は対応しきれなかった。これは一般人ではできない芸当。
「ねぇ、なんでこんなとこにいるの?どうして一人なの?名前は?ボクサーレイ!よろしくね!寒かったんだよー?辛かったー!ボクは最近騎士団にー……」
李夏はサーレイの言葉をほとんど聞き流した。別に聞く意味もない。それより早く追い出さないとという気持ちが強かった。
「……ね、名前だけでも教えて?」
サーレイがいきなり静かになったと思ったら、李夏の手を取って聞いてきた。先程より小さな声で、恐る恐るといった感じだ。
「……李夏」
答えるしかなかった。サーレイはぱっと明るい顔になって李夏に抱きついた。
「李夏、李夏……!うん!いい名前だね!」
「ちょっ……!離れろ!っ……!」
李夏はサーレイを引き剥がそうとしたが、サーレイは中々離れなかった。むしろもっと強い力で抱きついてくる。李夏だって鍛えているはずなのに、サーレイの力に敵うことはかった。
でも数年ぶりの人のぬくもりが、少しだけ心地よかった。
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「ねぇ、縛る必要はなかったんじゃない?」
「あるからそうしたんだけど」
李夏は椅子に座り、サーレイは床に正座している。それに手足を縛られて。
「……一晩だけならここにいていいから、明日には出てって」
それを言うのは少し気恥ずかしくて、サーレイから目を逸らしながら言った。
サーレイはしょんぼりした顔から次第に笑顔になり、縛られたまま立ち上がった。
「ほんと!?いいの!?」
「いっ、いいから!黙って!」
今にも暴れだしそうなサーレイを抑えつけて、今度は床ではなく李夏の向かいの椅子に座らせた。今のサーレイは身動きがとれないから李夏でも抑えられた。
サーレイは座ると、不思議そうな顔で、李夏を見上げる。
「李夏くん?どうしたの?」
「いいから。黙って座ってて」
座ったのを確認した李夏はキッチンの方へ向かうと、何かを作っている途中の鍋へと手を伸ばした。
鍋の蓋を取ると、美味しそうな香りが小屋全体に漂う。
「……シチュー!?」
サーレイはテンションが上がって李夏を見る。李夏は目を合わさずに「うるさい」とだけ言った。
そして椀にシチューを入れると、サーレイの前まで持ってきた。
「寒いんでしょ。早く食べて寝て帰って」
そうぶっきらぼうに言ったが、椀を置く音はとても優しくて穏やかだった。
置かれたシチューは優しい香りがして、とても温かそうだった。サーレイは李夏を見るが、李夏はすでに自分の分をよそっていた。
「……いただきます」
サーレイは手を合わせてそう言い、スプーンを手に取った。
口に入れると、まずは温かいスープ。それから兎肉に野菜が続く。素朴だが、とても安心するような味だ。
「美味しい。これ、李夏くんが?」
「まあ……そう」
サーレイが味わいすぎたのか、李夏は食べ終わっていて、片付けをしていた。サーレイも急いで、でも味わって残りを食べると、椀を持ってキッチンで洗い物をしている李夏の元へ走っていつた。
「ありがとう。ごちそうさま」
「……どうも」
やっぱり李夏はこちらを向かないで洗い物を続けている。サーレイはそれでも笑ってまだ洗っていない椀へと手を伸ばした。
「狭い」
「狭いね」
李夏は迷惑そうに肘でサーレイを押したが、サーレイはびくともしない。諦めたのか少し端に寄って、サーレイの場所を確保した。
「ふふ、素直じゃないね。李夏くん」
サーレイは心も体も暖かくなった。
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洗い物が終わってすぐに李夏は寝る準備を始めた。薪を持って暖炉にマッチで火を付けて部屋を再度暖かくする。
次に慣れた様子で枕と毛布を整える。その様子がとても丁寧で、高貴で、李夏の育ちの良さが垣間見えた。
ベッドの上が整うと、続けて床にまた毛布を敷いた。今度は結構適当に。
そしてランタンの火を消して、小屋の中は薄暗くなった。外の景色が良く見えて、綺麗だった。サーレイが先程までこの景色を恨んでいたとは考えられないほど。きっと寒さでおかしくなっていたのだろう。
李夏は床に敷いた布団に寝転がり、毛布を被った。
「はい、おやすみ」
「ベッドで寝ないの?」
サーレイは寝ている李夏に近づいて尋ねた。李夏は目を閉じたまま「ベッドはお前が寝る場所だから」と言った。
「ふ〜〜ん?優しいね。でも……」
李夏は体が少し冷えた。そして温かいような、冷たいようなものが布団に入ってきた。
「え、何して、」
李夏は目を開けて身をよじる。サーレイが李夏の布団の中に入ってきたのだ。
「仲良くなるには物理的に近づくのが一番だよ」
そんな訳の分からない持論を言う。李夏が布団から出ようとしても、抑えつけられて出られない。
「おやすみ。李夏くん」
寝心地なら絶対にベッドの方がいい。こっちは床だし、雑に寝具を敷いただけ。疲れた体にはベッドで寝るのが一番だという李夏の善意はあっけなく無下にされた。
「ほんとになんなの、この人」
李夏はサーレイに背を向けてふて寝するように目を閉じた。
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雪山の朝は寒い。普通の人なら布団から出たくないが、李夏は違う。寒さに慣れきってさも当たり前かのように布団から出た。
暖炉の火は夜のうちに消えていたので、また薪を入れて、火をつける。
なんとなく布団の方を見ると、まだサーレイは寝ていた。無作法に四肢を広げて、小さく震えている。
「(だからやめろって言ったのに)」と李夏はサーレイの体制を整えて布団をかけ直した。
次に李夏が取り掛かったのは朝食の準備。日中は狩りや鍛錬をするのだから、ここでしっかりエネルギーを補給しないといけない。
もう食料の備蓄は少なくなってきているので、今日でたくさん食料を集める必要がある。
今日は昨日残ったシチューに、干した山草。食べられる草というのは意外と存在して、探せばいくらでも生えている。
その中から有毒なものと無毒なものを選別する。これは過去に母から教えてもらった知識と、自らの体で実験した結果身についた能力だ。
またシチューを温め直していると、うとうとした状態でサーレイが起きてきた。
「ん〜……おはよ……」
「……ん」
李夏は無愛想に相槌だけする。しかしサーレイはその対応が気に入らなかったのか、李夏の背に頭をぐりぐりとして、また「おはよう」と言った。
李夏はため息をついて「おはよう」と返した。
サーレイは満足そうな顔をして身支度を整える。昨夜は気がつかなかったが、サーレイの服はとてもしっかりしたものだった。正装、というのだろうか。白と黒と少しの朱色。きちんとした素材の布で作られた軍服だった。
「その服……」
「あ、気付いた?ボク、騎士なんだよね〜」
サーレイは聞いてもいないことをペラペラと話しだした。
自分は新人の騎士なのだとか、訓練がきつくて抜け出したら迷ったとか、団長がスパルタなのだとか。李夏に必要のないことまで言う。
「そう。じゃあ帰ってください騎士様」
李夏はため息をついて身支度が終わったサーレイを追い出そうとする。
「ええ〜?朝食だけでも〜!」
「人の食料食べといて見返りもないとかあり得ないから」
ごねるサーレイをよそ目に李夏はサーレイを扉に追い出した。
追い出す直前、サーレイは李夏の耳元で「お礼、させてね」とだけ言った。
小屋の外に出たサーレイは「また来るねー!」と元気に言って離れて行った。
部屋の中は静寂に包まれる。一人いなくなっただけでこんなにも変わるのかと、李夏は痛感した。
別に、寂しいなんて思っていない。李夏は静かな方が好きだ。
サーレイが最後に言った「お礼」ってなんだろう。
李夏はハッとして朝食の準備に戻る。まるでサーレイに戻ってきて欲しいなんて思ったのではないか。そんなの信じられない。
でも、騒がしいのも悪くはないと思った一夜だった。
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「……なんでいるの」
サーレイの不法侵入から数日後、ベッドから起きた李夏は何食わぬ顔で椅子に座っているサーレイにそう言った。
「んふふ、お礼するって言ったでしょ?」
サーレイはニマニマしながら壁に立てかけている李夏の剣を手に取った。
柄の部分は少し欠けているけど、丁寧に手入れされた質の良い剣。それは李夏がずっと大切にしているものだった。
「っ……!勝手に触るな!」
李夏は焦った様子でサーレイから剣を取り上げると、剣を抱えながらサーレイを睨んだ。
「あ……ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
サーレイが柄にもなく落ち込むので、李夏も罪悪感が出てきて「こっちも、悪かった」と謝った。
「それでお礼なんだけど、李夏くんの修行にボクも手伝えないかなって!独学にも限界はあるしさ!」
「別にそんなのなくたって……」
李夏が続きを言いかけた瞬間、李夏に風が吹いた。
室内なのだから、風が吹く訳ない。つまり、この風はサーレイによって作られたものだ。
李夏の目の前にサーレイの剣先があり、その向こうに真剣な顔のサーレイがいる。
見えなかった。剣を抜く瞬間さえも。
「自分で言うのもなんだけど、ボクは李夏くんより強いよ」
サーレイは真剣な顔をふにゃっと崩して微笑んだ。顔と行動のギャップがありすぎてもはや呆れの境地まで来ている。
「ちょっとアドバイスするだけ!迷惑はかけない!ね?」
そう可愛らしく首をかしげておねだりするように李夏を見る。李夏は無表情のままサーレイを見ていたが、諦めたかのように息を吐いて小屋の扉を開けた。
「それなら責任持って見てください」
ドアノブに手をかけて扉を半開きにしている状態で李夏は振り向く。扉の間から見える雪景色と、李夏の金髪が反射してチカチカと光っていた。
サーレイは満足そうに笑って李夏の後をついて行った。
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「手に力入りすぎ。落ち着いて」
サーレイの声が耳元で聞こえる。剣の柄を持つ李夏の上から導くようにサーレイの手が重なる。
そしてサーレイの手が離れ、指示のままに剣を振り下ろすと、いつもより剣が軽いように思えた。まるで剣と自分が1つになったかのように。
「そう。そのまま重心を変えずに……」
足を踏み込み、一突き。これも妙にやりやすかった。
サーレイの指示は的確だった。李夏の癖や長所を見抜き、分かりやすく伝える。その瞬間、サーレイは李夏の師となった。
「(なんか悔しい……でも確実に良くなってる)」
李夏は複雑な気持ちになりながらも、サーレイにおとなしく従いって実力を伸ばして行った。
「……よし、休憩にしよう!」
サーレイの声で李夏の動きが止まり、李夏は差し出された水を受け取った。いつの間にかサーレイは、勝手に小屋を出入りして水まで用意している。
二人は近くの倒木に座った。
「……暇なの?こんなとこに来るなんて。騎士様は仕事があるんじゃないの?」
これは李夏の純粋な疑問だった。両親が騎士で忙しそうにしていたのもあり、のんびり気ままに過ごすサーレイとの違いが理解できなかった。
「うーん、ボクに仕事が回ってくることはないかな。スラム育ちの劣等生だし」
サーレイは少ししんみりとした顔でぽつりと言った。
「……あっ、李夏くんに言ってもだよね!あはは……」
「別に大丈夫」
誤魔化すように、強がるように笑うサーレイに少し腹が立った。偉そうな口聞いといて、人に頼るようなことをしない。
「誰に言うわけでもないし、弱音くらい言えば」
李夏なりの優しさだった。誰かの弱音を聞くことも初めてだった。だけど李夏がもしサーレイの立場なら、こう言って欲しい。
「李夏くん……」
李夏はサーレイと目を合わせようとしない。ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったから。サーレイは少し顔を赤くした李夏の横顔をみていた。
「んふ、李夏くんは優しいね!」
サーレイはそう言ってまたあの時と同じように李夏に抱きついた。李夏は驚いていたけど、もう振り払おうとはしなかった。
「……もしここに住めなくなったら、ボクの所に来てよ」
李夏に抱きついたまま、サーレイは呟いた。李夏は大きい目をさらに大きくする。
「……騎士団に?」
「そう。きっと李夏くんはいい騎士になれるよ」
「……まさか」
そう言いつつも、李夏の脳裏にちらりと浮かんだのは、騎士団の制服を纏った自分の姿だった。
馬鹿みたいだとすぐに打ち消したけれど、サーレイはにこにこしながらその様子を楽しげに見ていた。
「その時は、迎えに行くから」
サーレイの目は本気だった。雪山で修行してるただの子供に、情が移ったか。李夏はあしらいつつも、そのことを頭に入れてしまった。
……もし自分も騎士なら、堂々とサーレイの隣に立てるのか。
なんてことを考えてしまってぶんぶんと頭を横に振る。
そう。自分が騎士になるなんて、あり得ないんだ。騎士になる資格なんて、もっていないのだから。
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「……李夏くん?」
ハッとして横を見る。そこには心配そうにこちらを見つめるサーレイの姿があった。
前を見ると夕日がある。自分は騎士団の制服を着ている。
そうだ。自分はスラムでの出来事があった後、ここにサーレイを呼び出して……
「……少し、夢を見ました。僕たちが出会った時のことです」
「懐かしいね。あの時の李夏くんはかわいかったなぁ。もちろん今もかわいいよ?」
サーレイは石垣に寄りかかると、そっと夕空を見上げた。
「うるさいです」
李夏は冷たく言い放った。あの時と同じように。
「あは、それ前も聞いた」
もうすぐ夕日は沈んで、夜が訪れる。辺りは暗くなると同時に、スラムが動き出す。
地上の人間は眠りに入る。街がだんだん静かになる。
「今のボクは人間じゃない。任務先で死んじゃって、そこから人形になった。まあ、生き返ったって言えばいいかな」
そう。今のサーレイに触れても体温を感じることはできない。もう、布団に潜り込んで来たときのような温かい感覚になることはない。
「今はね、エルフィドール軍ってとこにいるの。楽しいところだよ。みんな人形だからね、ひとりぼっちじゃないんだ。でも……」
サーレイの目から涙のような水がこぼれる。人形は泣かないはずなのに、ポロポロと涙は止まらない。
「李夏くんの敵になるのは、ヤだなぁ……」
サーレイの声が泣き声になる。李夏も初めてみる顔だった。あのサーレイが、敵であるはずの自分に弱みを見せている。
李夏は何をすればいいのか分かっていた。以前、サーレイが自分にしてくれたように、恩返しをするように。
羽織っていた上着を再度サーレイに着せ、そっと抱きしめる。
「サーレイさん、あの時はありがとうございました。貴方がいてくれたおかげで、僕はここにいます」
本人に言ったら怒られるだろうが、子供に言い聞かせるように、安心させるように。
「李夏くん……うぇ〜〜ん」
そう言ってサーレイは李夏の背に腕を回した。
うぇ〜んなんて、ふざけているのだろうか。
でも、それでこそサーレイさんだ。
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もう、辺りは暗くなっている。街灯が道を照らして、家の明かりが城下町を装飾していた。
「あの〜……李夏くん、もう大丈夫だよ〜……?」
李夏はまだサーレイを抱きしめていた。サーレイもすっかり落ち着き、この体制を恥ずかしいと思うほどになっていた。
「そうですか?でもサーレイさんは離してくれましたっけ?」
李夏はいたずらっ子のようにサーレイの顔を覗き込み、楽しそうに笑った。
「も〜……いじわる……」
「お互い様です」
サーレイは少し顔を赤くして頬を膨らませた。
「……次会ったら、また殺し合うことになるのかな」
「サーレイさんが戻ってくればいいのに」
李夏がぼそっと呟いた。これは心からの言葉だった。できるのなら、ずっとこのままでいたい。もう一度サーレイと武器を交わしたくない。
「マスターが許してくれるかなぁ」
サーレイは困ったように笑うと、そっと李夏から離れた。
「殺し合う日が、来ないといいね」
月を背景にして、サーレイはふわっと笑った。月光がサーレイの輪郭を映し出して、青髪が揺れた。
「次会ったら、またシチューをご馳走しますね」
サーレイは一緒驚いた顔をして、笑顔になった。
そして最後にサーレイは李夏の手を優しく握り、風の音と共に姿を消した。
城下町を流れる水路の水が揺らめく音が、心地よかった。