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深緑の兄弟


 ぼくにとって、鍛冶は生きがいだった。自分の手からどんどん武器が生み出されていく過程を見るのが楽しかった。

 

 それから溶岩の熱と鉄の匂い。火花が散って腕にかかかる痛みさえもいとわない。


 完成した武器を眺めるのも好きだ。自分の努力が、目に見えて分かる。部屋一面に武器がずらりとならんでいる様子は心が満たされる。


 だけど、最近はハンマーを持つのが少し怖い。後ろから、ものすごいスピードで弟が追いかけてくる。全く速度を変えずに、むしろ速くなっているまである。


「お兄ちゃん!」


 メイハ。ぼくの大切な弟。


 ぼくと同じ暗い茶髪に麦藁色のメッシュ。背はとても小さく、昔から背が高かったぼくと比べると巨人と小人だってよく言われた。それだけが、ぼくがメイハに勝てる唯一のところ。


 メイハは今何歳だっけ。少なくとも、10歳より下だったはず。


 メイハの小さい手から生み出される数々の装備品は輝いていた。光沢のある鋼に光が反射して眩しい。


 劣等感を抱きながらも、メイハのことはとても尊敬していた。悔しいけど。


 メイハはいつもぼくの後をついてくる。メイハは周りの鍛冶のプロにでもくっついていたらもっと技術が上がるはずなのに、それでもぼくから離れようとしなかった。


 自分より格下と付き合って、いい気分になって、影で見下しているんだろう?


 そんなメイハが、嫌いだ。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 ボクの兄は、できそこないだ。


 いつもナヨナヨしてて、下を向いてる。褒められても嬉しそうじゃないくせに、叱られた時だけへこんでる。


 はたから見たら情けない兄だろうけど、ボクは違う。ボクだけが知ってる。ボクだけが知れる兄のかっこいい姿。


 ハンマーを打ちつける時の横顔。真剣な顔で鍛冶台の武器を見る顔。その時、いつも笑っているんだ。すごく楽しそうに。


 ボクは鍛冶の才能があった。大して努力をしなくても上等な装備を作れた。それはそれで楽しいし、周りに褒められるのも気分がいい。だけど、兄ほど鍛冶に夢中になることはない。


 羨ましい。


 それがボクの兄に対する嘘偽りのない感情。




 ある日、兄がいじめられていた。まあできそこないだし、いじめられても仕方ない。


 そのまま、通りすぎるはずだった。だけど自分の体が言う事を聞いてくれなかった。


 気づいたら、兄の前に立って腕を広げていた。


「ボクのお兄ちゃんをいじめるな!」


 いじめっ子は、ボクの想像よりも大きかった。いや、あまり差はなかったのかもしれない。だけど、ボクには彼らがまるで巨人のように見えた。


 怖いなぁ、苦しいなぁ。でも、兄……クラハの方がもっと苦しかったんだろうなぁ。


「な、なんだよメイハ……いこうぜ……」


 そう言って、いじめっ子たちは去っていった。


 振り返ると、涙目のクラハがへたりこんでいる。ああ、情けない。かっこ悪い。


 クラハが怯えている。大丈夫、ボクがついてる。この先、どんなことがあってもクラハの味方だよ。


 そんなことを決意したあの日。数日後に、ボクの体がおかしくなった。


 体が熱い。いや寒い?心臓の音がうるさい。指さえも動かせない。


 これは、なんだろう。みんな心配そうな顔でボクを見下ろしている。みんなの緊張がボクにまで伝わってくる。


 だけど、クラハの目だけは違った。いつもと違う、紫色の目。それ以上におかしかったのは……笑ってる?


 ……わかっちゃった。クラハの本当の気持ち。


 今だけは、天才なことを恨んだ。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 溶岩のコポコポとした音が、子守唄のように洞窟内でこだまする。

 

 病の原因である鉱石を壊した後、急いで洞窟に戻ってきたら、メイハが汗だくで唸り声をあげていた。


 目は瞑ったままだが、起きているかのような反応をしている。


 ぼくにとって、またとない好機。これまで幾度も臨んだ結末じゃないのか?それなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだ?


 冷や汗が止まらない。なにもしなかったら、メイハは死ぬの?


 ぼくには、何ができる?メイハのために、何ができる?


「メイ……ハ」


 消えてしまうような声で、メイハを呼ぶ。これ以上刺激を与えないように、慎重にメイハの手を取る。


 メイハの目が、薄く開いた。癒やしの魔法を唱えようとしたが、メイハは震える手でぼくを止めた。


「もう、いいよ。知ってたよ、メイハがボクを良く思ってなかったこと」


 直接心臓が刺されたような痛みが走った。心が痛い。でも、ぼくの気持ちを知ってしまったメイハの方が痛いに決まってる。


「……でも、どんなにクラハがボクのこと嫌いでも、大好き。ボクの兄でいてくれて、ありがとう」 


 ぼくは、なんてことをしてしまったんだ。メイハは、最初からぼくの弟だった。


 メイハの手に、涙が落ちる。ぽたぽたとどんどん落ちてくる。


 メイハは呆れたように笑って、そのまま動かなくなった。手が、冷たくなっている。メイハの手は、綺麗だった。マメひとつない、ただの子供の手。


 その手が、そっとぼくのマメだらけの手からずり落ちる。力が、入っていなかった。


 ずっと間違っていたのはぼくの方だった。ごめんなさい、ごめんなさい。


 メイハの顔は、満足気だ。まるで、言いたいこと全部言ったから後はよろしくとでも言いたげそうに。


 メイハに、後を託されたような気持ちになった。


 少しだけ、自意識過剰になってもいいかな。あと少しだけ、メイハに勇気をもらっていいかな。


「……大好きだよ。メイハ」


ぽつり。クラハの顔は、兄だった。

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