白銀の獅子
「ほら...あの子よ。回りと違う色な上に、気持ち悪いしっぽまでついてるっていう...」
自分の背中でメイド達が少年を怪奇な目でみている。
少年は、生まれつき家族と違う容姿で生まれた。
家族は茶髪なのに少年は白髪、家族の目は黄色なのに少年は橙色。そしてなにより目立っていたのは少年の腰から伸びる長いしっぽ。これは家族だけでなく、他の国民と比べても長かった。
使用人の視線の先にいる少年にその陰口は聞こえている。獣人を舐めないで欲しい。
少年は自分の部屋から街の様子を見ている。
外は子供たちが走り回っている。笑っている。楽しそう。
そう少年は毎日のように思っている。自分もあの中に混ざれたらどんなに嬉しいことだろう。
でもまた陰口を言われたら...そんな心配もあったが、好奇心が勝って行動に移してみることにした。
使用人の目を盗んで窓から城の外にでることに成功。行く宛てもなかったため、目立たないように裏路地に行ったが、道が分からないので路頭に迷っていた。
「ねぇ、どうして1人でいるの?」
街の裏路地でうずくまっている少年にある少女が話しかけた。
2人とも10にも満たない小さな子供だ。
「......」
少年は何を言ったらいいのか分からなかった。
少女が視線を移した先には、少年の腰から伸びる白くて長いしっぽがある。しっぽは地面を引きずって黒くなっていた。
少女がしっぽを見ていると、少年の頭に付いている小さな耳がさらに小さくなる。
「おそろいだね」
少女の返答は少年の予想に反したものだった。
少年は目を見開いて前を見る。そこには真っ黒な体の少女が立っていた。
「黒い、ジャガー...?」
少年は立ち上がって少女を見る。
座っていたため分からなかったが、少女は少年よりも身長が大きかった。
ジャガーが大型の種なので大きいのも納得である。しかしなにより少年が驚いたのは少女の色だった。
一般的にジャガーは黄色の体毛に黒の斑点模様がある。しかし目の前のジャガーの少女は全身真っ黒だった。
「私も1人だけ黒いんだ」
少女の目には光が宿っている。未来を諦めきっていた少年にとって、少女はとても眩しかった。
「こんな暗いとこいないでさ、一緒に遊ぼうよ」
遠くから少女を呼ぶ声が聞こえる。少女は元気にその声に答える。
「ほら、行くよ」
少女は渋る少年の手を引いて、半ば無理矢理裏路地から出た。
その手は、暖かかった。
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「シャロン!今までどこに...」
シャロン。それが少女の名前だ。
シャロンの友達であろう別の少女の顔が変化する。瞳孔が知らない
だんだん笑顔が消えていく。それと同時に少年の気持ちも下がっていく。
「その子、王子さまじゃない?」
シャロンの友達が少年を指さし、驚きの感情を含めて言う。
「そうなの?まあそれは置いといてさ、この子も一緒に遊ぼう」
シャロンは笑顔で言う。友達は考えたが、すぐに笑顔になって了承した。
「王子さまと遊べるなんて!何して遊ぶ?鬼ごっこ?かくれんぼ?」
楽しそうに少年に問いかける友達をシャロンは間に入って止める。
「その前に自己紹介でしょ。私はシャロン。ジャガーの獣人」
シャロンは少年に向き、笑顔でそう言った。
「私はー...」
正直、その後のことを少年は覚えていない。目の前にいるシャロンがとても眩しくて、輝いて見えた。
シャロンは少女にとって、救いだった。
「僕は、アレクセイ。話しかけてくれて、ありがとう」
少年改め、アレクセイは精一杯慣れない笑顔を作って、自己紹介をした。
どうやら、自分を笑うのはお城の大人だけだったようだ。
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それから、アレクセイはシャロンを含めた何人かの友達と遊ぶようになった。
お城から抜け出して、教育係や家族に隠れて街にくることが増えた。
「アレク!こっちこっちー!」
すっかりアレクセイも打ち解けて、たくさん笑う機会が増えた。お城にいる時よりも解放的で、ずっと楽しかった。
しかし、そんな幸せな時間は続かなかった。
ドーン、ドーンと激しい爆発音が響く。
「早く!無事な者は城の中へ!」
アレクセイが叫ぶ。普段はこんなにも声を出さないため、長時間叫び続けた喉には限界がきていた。
戦争が始まり、ついにモーツ保護地区まで被害が出るようになってしまい、王族は自ら国民を守るため街まで降りてきた。
「シャロン!君も!」
そう言うとアレクセイは瓦礫に埋もれたシャロンを助けようとする。
するとシャロンは優しくアレクセイの腕を止めた。
「シャロン...?」
「ごめんね。もう私は助からない」
アレクセイは視線をシャロンの下半身の方へ向ける。下半身は瓦礫で見えなかったが、シャロンの言葉にだんだんアレクセイの体温は下がっていく。
なぜだか、暑いのに寒かった。
「だって、足の感覚がないもの」
シャロンは涙をボロボロとこぼして、苦痛で歪んだ顔をしていた。
「大丈夫だから!まだ助かるから!」
そう言うアレクセイの目には涙が溜まっていた。震える体でシャロンの腕をひっぱる。
シャロンは何も言わない。
アレクセイは必死で瓦礫をどかそうとするが、獣人だとしても子供1人で動かせるほど軽いものではなかった。
「いいから!私はほっといて!」
シャロンの大声にアレクセイはビクッとする。
「アレクは王子なの!王なの!何を優先するべきか散々教えてもらったでしょ!」
そう叱るシャロンは、アレクセイよりも苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
汗をだらだらとかいて、顔や体は傷だらけだった。そして、アレクセイの好きだった彼女の黒髪は毛先が燃えてチリチリになっている。
アレクセイの力が抜けたのを確認すると、シャロンは安心させるように笑った。
「大丈夫。先に天界に行ってるだけだから。また会える」
シャロンは残された僅かな力を使ってアレクセイの手を握った。その手はもう、冷たかった。
「ね?」
そう言うと、シャロンは動かなくなった。
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暖かかい地域であったはずのモーツ保護地区は、白い雪に覆われた。
希望に満ち溢れていたはすが、戦争のせいで絶望に呑まれた。
笑うようになってきたアレクセイからも、笑顔が消えた。
「やあ少年。助けが必要かな?」
ひょうきんな声が聞こえた。目の前には、小柄な人物。彼は短い青髪を揺らして言った。
そしてその少し後ろには黒髪の人物もいた。
黒髪は黙ったままだ。ただじっと、こちらをみているだけ。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「マスターの言った通りだ。これで領地拡大に繋がる」
黒髪の口調は冷たい。
「かわいそうなアレクセイくん。僕たちが助けてあげよう!」
青髪が杖を振る。
...何か紫色の光が見えた。記憶が、音をたてて溶けていく。
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戦争が終わっても、モーツ保護地区は元の活気を取り戻していなかった。
崩れた建物はそのままで、まだ煙が立っている場所もある。
国民は絶望に包まれ、今も尚仲間討ちを続けている。
それは王も例外ではなかった。
「...そうだ。このままでいいんだ」
王...アレクセイは誰にも聞こえないような声量でそう言った。
アレクセイの瞳が、紫色に光った。