第9話 もう泣かないで
「──『あたしは、いつでも待ってるからなーっ!』……って」
「…………!」
私、今。
重なって見えた。
「……って言っても、あたしがビビットのこと好きになっちゃっただけなんだけどさ。でも……なんていうのかな……」
高柳さんは、頬を掻いて、確かめるみたいに言葉を紡いでいた。
「小波さんの、心の声、って言うの? そういうのが詰まってて、それで、ビビットが、あたしのとこに来てくれた気がしたって言うか……何言ってんだろうね、あたし……」
「……そんなこと、ありません……。聞こえ、ました…………!」
ビビットの声が、シルエットが。高柳さんと合わさって、確かに、いた。一人称は違えど、そこに。
「……、そ。なら、今度はエリスの声、聞かせてよ」
「エリスの……」
「エリスって難しくて、わかんないんだよね。なんていうか、気骨が真面目っていうか、優しいんだけど、どこか芯の強さっていうか。あたしの性格とまるで違うからさ」
高柳さんは、一呼吸おいて。
「だから、教えてよ。エリス、今なんて言ってる?」
そう私に言った。
私は。高柳さんの言うように、耳を、傾けてみた。
風が、心地よく肌を撫ぜていく音。
目を閉じた、白む目蓋の先に。
何かが、誰かが、立っていて──。
『私は、いつだってここにいるよ。だから、もう泣かないで』
見えた。はっきりと聴こえた。
やっと……聴こえた。
「え、りす…………!」
私は。ちゃんと目を開けて、高柳さんを見つめた。
エリスの言葉を、そのまま、高柳さんに伝えた。
枯れそうになる声で。涙と鼻水でぐずぐずでも、ちゃんと届けたくて。
「……うん、…………うん! そうだよ! 絶対、そう言ってる……!」
高柳さんは大きく頷いて、鼻声になりながら言った。気付いたら、私の手は高柳さんと恋人繋ぎみたいに握られていた。
「聴こえたじゃん! 言ってるじゃん! もう、何も迷うことなんて……ないじゃん……!」
「はい……! 見えました……! エリスが……そこにいて……!」
──いや、違う。
きっと、彼女たちはずっとそばにいた。
私が、見ないようにしていただけだった。
もう、終わったことだって、〝勝手に〟フタをしていたのは、私だったんだ。
「よかった……二人は、どこにも行ってなんて……! 高柳さん……!」
「……うん! あたしにもわかる、あの子、ちゃんとそこに立ってるよ……!」
高柳さんは、感極まって涙を流していた。泣きながら、笑っていた。
私も、彼女の顔を見て、またへにゃっと頬を緩ませた。
──そして。
「……、小波さん?」
私は、するっと高柳の手を離して、立ち上がった。背を預けていたフェンスの方を向いて。
エリスに。ビビットに。
そして。
こんな私に勇気をくれた、高柳さんに向けるみたいに。
まだ暖かい手の温もりを感じつつ、ガシャンとフェンスを掴む。
ここにいる感触を確かめながら。
すぅ、と、大きく息を吸い込んで。
「……! もうっ! 書けないなんて! 言ってやるもんかぁっ!」
めいいっぱい、叫んだッ!
「さ、小波さん……!?」
「もうっ! あんなふうに悩んでやるもんかっ! 次は絶対……!」
呼吸を置くみたいにして。もう一度。
「面白いって、言わせてやるからなーッ!!」
あの嫌味な〝声〟に唾でも吐くように、声を張り上げた。
「……ふぅ」
「……小波さん、意外と大胆だね」
高柳さんの声に振り向くと、少し引いたような様子で私を見ていた。
「ご、ごめんなさい……置いて行っちゃったみたいになって」
「い、いや、あたしはいいけど……」
もごもご言ってる高柳さんが、次に何か言おうとしていた──その時だった。
金属質な轟音と怒声が耳をつんざくように、沈黙を破った。
「くぉらああああああ!! お前ら! こんなとこでなにやっとるかああああああ!!」
強烈な怒号とともに、学校一の熱血教師で知られてる先生が、扉を勢いよく開けて登場してきたのだ。
「……!?」「……げ!」
私はびっくりして、肩が跳ね上げていた。高柳さんも、マズいって顔で、後ずさりしていた。
「……高柳ぃ。お前、また懲りずにここの〝鍵〟を無断で持ち出したな?」
「い、いやぁ? 何のことですかぁ先生……」
嫌な予感がする、というかもう嫌な予感しかしない!
「に、逃げるよ、小波さん!」
そう言って高柳さんは、私の手を掴んで屋上を走り回り始めた。
「いや無理では!? 行き場ないですよぉ! というかどうして屋上の鍵持ってたか、私も知りたかったんですけど!」
「だって、その方が面白いし!」
「ええ!?」
そ、そんな理由!?
と慌ただしくやっていると、先生は私たちを追い詰めて。
「何をぶつくさやっとるかぁ! お前ら! 二人まとめて職員室に来おい!」
「「ご、ごめんなさああああああいいいぃぃぃ……!!」」
私たちは、あえなく職員室まで連行されていった……。
その後。
私たちは先生にこっぴどく叱られて。反省文を書かされる始末だった。
「ごめんね小波さん……巻き込んじゃって」
「いえ、私も……共犯者ですから」
不思議と、私は笑えていた。私の笑顔に、高柳さんも、笑ってるみたいだった。
『まったく。怪我もなく済んだからよかったものの……』
なんてため息をついて頭を抱えてるエリスの声が、右にいて。
『あっはははは! なんだよ心彩ー! こんなの、面白過ぎるってー!』
とバカにしたようにお腹を押さえて笑うビビットの声が、左にいた。
「あはは……」
私は、その二人の声に思わず乾いた笑いが出たけど。
もう、大丈夫だった。