第8話 すっごく単純だ
「──面白かったっ!」
……え。
「……え」
心の声と、出た声が、一致した。
それぐらい、間抜けな声が出た。
「いや、もう、なんていうか、すっごい感動しちゃった……! お話も読みやすくて、すらすら読めちゃったし……何より! エリスとビビットのカッコいいシーンが、ホンットに痺れちゃって……! それから──!」
あれ。
なんだろう。
あんなに、悩んでたのに。
あんなに、怖かったのに。
たった一言、その言葉を聞いただけで、こんなにも、まっすぐな感想をもらっただけで。
目の前が、霞んでしまった。
「──エリスの、あの最後の決断とかさ……あれ、絶対小波さんにしか書けないよ。ビビットがさ、あそこで──」
高柳さんの声が、だんだん遠ざかる。
まるで、夢の中みたいに。
嬉しくなって。
……私、すっごく単純だ。
「う、うあ……! ああぁっ……!」
言葉にならない。零れるのは涙と嗚咽だけ。
痛かった心の全部が、カサブタが、剥がれるみたいに、私は泣き崩れた。
「え、ちょ……大丈夫!? またどっか痛いの!?」
高柳さんの心配する声に、ふるふると、頭を振った。
「そうじゃ……ないんです……! もう……! 十分、な、くらい……!」
途切れ途切れでも、伝えなきゃいけない気がして。
泣き声になってでも、言葉を尽くしたくて。
「エリスも……ビビットも……! ちゃんと、届いたんだって……! 彼女たちは、まだ〝生きてる〟って……それが……!」
なによりも、幸せだった。
今、私の中にいない二人が。
高柳さんの中では、はっきりと生きている。
もう、それで十分だった。
「小波さん……」
──それから、私はしばらく、泣き続けていた。
これまでのキズが、塞がっていくみたいで。
心地いいような、そんな気分だった。
風が通る。遠くで誰かの笑い声がして、校舎の影が少しずつ伸びていく。
空は、もう、私たちを隠すみたいに、少しだけ暗くなり始めてた。
「……ありがとうございます」
落ち着いた頃、私は高柳さんにもう一度、感謝を告げていた。
「あたしこそ、あんなに面白い小説読ませてもらって、ありがとうだよ。……少し気になったとすれば、最初のプロローグ? が、ちょっとよくわかんなかったかなって……」
「うぐ……!」
やっぱり悪いところはあったんだ……! そこは反省点だ!
「で、でも! 読み返したらそういうことか! ってなったし、あんまり気にしなくても……」
「いえ……」
それだけじゃない。
──心残りは、まだあった。
「……私、聞こえなくなったんです」
「……聞こえない?」
「以前までは、エリスと、ビビットが、私の中に、いたんです……」
……真っ正直に言うと、本当に変な子みたいで嫌だけど。
でも、本当のことだから、もう、隠したりしない。
「まだ、〝声〟は届かないんです……。二人が、遠くへ行っちゃったみたいで……」
「……そう」
胸を押さえて、そこにいない二人の姿に、私は思いを馳せた。
納得してるのかしてないのか、高柳さんはじっと考え込んだ。
「……その声ってさ。前は、どんなこと言ってたの?」
「……えっと。……笑わないでくださいね?」
「笑わないよ、もう、小波さん。心配しすぎ」
「へ、へへ……」
また変な笑いが出てしまった。
「……私が困ってたら、『そうじゃないでしょ』って導いてくれるみたいな。……ビビットだったらちょっとだけ肯定してくれるみたいに、『でも、そこが心彩』……あっ、私の下の名前……」
「うん、知ってる。素敵な名前だなって思ってた。小波さんにぴったりだよ」
……そういう言い方、ずるいです……。私は赤くなった顔を俯かせた。
「そ、それで……『そこが心彩のいいとこなんだよ。……ちょっとドジなところも含めてさ』って……」
やばい。自分で言ってて、本当に何を言ってるんだ私。
「……今は、それが聞こえないんだ?」
高柳さんは、そんな私の変なところも、認めるみたいに。
しっかり見つめていた。
「……はい。何も、聞こえてこないんです」
そう。
まだ、彼女たちの声は、私には、届いてこないままだった。
「……そうなのかな」
なのに高柳さんは、違っていたみたいで。
「あたしにはさ、ビビットがこう言ってる気がするよ」
高柳さんは、一つ息を吸い込んで、ほんの少し照れたように笑った。
そして。
「『あたしは、いつでも待ってるからなーっ!』……って」
〝ビビットの声〟で、そう叫んでいた。