第7話 待つのは……慣れてます
「……大丈夫かな。高柳さん、すごい顔してたけど……」
私は、自分の部屋で、そうぼやいていた。ベッドに寝転がってごろごろと寝返りを打つ。
「うぅ……第1章までで良いとか、言っとけばよかったかな……」
どうしても、気にしてしまう。たぶんあの様子じゃ、長文を読むの、慣れてないし……。
放課後、高柳さんに私の作品のwebページを紹介すると「うわ……ホントに10万字超えてる……すご……」と驚嘆しながら、口元が震えているようだった。
心配させまいと、笑おうとしてたみたいだけど、目が全然笑えてなかった。
『も、問題ないよ! た、たかが、1冊分でしょ? い、行ける行ける!』
なんて強がって言っていて。……私のために、そこまでしてくれるのが、ちょっと信じられなかった。
それと。私は別の不安もよぎっていた。
「……つまんない、って、言われちゃったらどうしよう……」
怖くなって、枕に顔を埋めた。高柳さんに限って、そんなことは言わないと思うけど……「わからない」って言われるのも、嫌だ。
それは、〝私の世界〟が、誰の心にも届かなかったってことみたいで。
「……明日なんて、来なければいいのに……」
そんなことを思った自分が、ちょっと嫌だった。
翌朝。
教室に入ると、誰とも話さず、自分の席で固まったようにスマホを眺める高柳さんの姿を見つけた。
声をかけるだけの勇気もなくて、ただただ、その後ろ姿を見ているしか出来なかったけど。
少しだけ、ちらっと覗いてしまった。
「……!」
声には出さず、息を呑んだ。高柳さんは、ちゃんと読んでくれていて。
もう、それだけで、嬉しくなった私がいた。
放課後まで、高柳さんは私に声をかけることはなく。時々、クラスの子と話をしている場面もあったけど、少ししたらまたスマホを眺めていて。
ずっと、私の小説を読んで。
時々、鼻をすする音を聞いた気もするけど。たぶん、気のせい。
そして──。
「──小波さんっ!」
帰りのホームルームが終わった途端、高柳さんがめいっぱいの声で私に話しかけた。
「……! ぇ、と……お、おはようございます……」
見当違いも甚だしい挨拶を交わしてしまった。ひ、日頃から人と話すの、慣れてないんです……。
……なのに。
「え、と、その……!」
高柳さんも、なんだか緊張してるような、困ってるような、そんな顔をしていて。
何かあったのかな、と心配していたら──。
「ちょっと、待ってて!」
そう言い残して、高柳さんは立ち去っていった。
「……、えっ」
度肝を抜かれたみたいに、私は座ったまま。他のクラスメイトの視線を受け続ける羽目になっていた。う、恥ずかしい……。思わず縮こまった。
というか、〝待ってて〟って……いつまで?
それにどうして、こんなに、真剣に向き合ってくれるんだろう。
読まれることが怖いはずなのに、心のどこかで、その言葉を欲しがっている自分もいた。
──それから、15分は経った頃。
「……! ごめん、お待たせっ!」
もう、すっかりクラスメイトたちはいなくなった頃に、高柳さんは戻ってきた。
誰もいなくなった教室で、一人座ってるだけで、机の音も自分の鼓動も、やけに大きく聞こえた。
正直、何度も帰ろうとした。でも……怖くて、立てなかった。
「なんていうか、その、いろいろ、気持ち、整理したくて……ごめんね?」
「い、いえ……! いいんです。待つのは……慣れてます」
気恥ずかしくて、少し嘘をついた。
「……そっか。それじゃ、行こっ?」
「……? 行くって、どこへ……」
「……、ふふっ」
高柳さんは、子供みたいに笑うと、隠していた手元から、あるものを取り出していた。
「──はぁー……。すっご、風、気持ちー」
「……ホント、ですね……」
風が髪をなでていく。泣きすぎた心が、少しだけほどけていく気がした。
私たちは、高柳さんが何故か隠し持っていた〝鍵〟で、屋上へと足を運んでいた。
屋上を覆うフェンスは、私たちの背丈ぐらいしかなくて、いつでも乗り越えられそうだった。……いや、そんなこと絶対しないけど。
人の声も届かないくらい静かで、ここだけ別の時間が流れてるみたいだった。
「小波さん、この辺、すっごい気持ちいいよ」
高柳さんはフェンスを背に座り込んで、手招きで私を呼んでいた。
「あ、はい……」
呼ばれるままに、私は高柳さんの隣に、拳一つぶん離して座った──のに、高柳さんはその距離も詰めてきた。
「高柳さん……どうして、屋上なんかに……?」
「ん? だって、このお話にも出てきたじゃん」
そう言えば。私の書いた小説にも、屋上で話す、エリスとビビットの様子を描いたシーンがあった。
その話は、物語の終盤にしか登場してないシーンで──。
「小波さん」
緊張する。風邪ひいた時みたいに、声がかすれる。私は今、聞く側なのに。
聞きたくないけど、聞かなきゃいけない。怖い。
気付いたら、目を瞑っていた。
高柳さんは、そんな私の葛藤なんて笑い飛ばすみたいに。
その言葉を、感想を、私にぶつけてきた──。